【80】あの日の決着
徹夜から戻って来た優也は眠りについて3~4時間後に物音によって起こされた。目が開くのとほぼ同時にノア越しの戸が静かに閉まる。誰なのかと気にはなったが眠気がその謎解きは後回しにさせた。そして再度、睡眠を続けようと反対側に寝返りを打つと枕元には1枚の二つ折りメモと箱がひとつ。それは頭にリボンを乗せおめかしをした模様の可愛らしいプレゼント箱。朝起きた時に枕元にプレゼント箱が置いてあるのは小さい頃のクリスマス以来初めての経験で、優也はこれを見た時に白髭の真っ赤な服を着たお腹の丸いおじいさんを全く想像しなかったと言えば嘘になる。しかし、幼き優也が科学では説明できないスーパーおじいちゃんS氏の姿を確認しようとビデオカメラを設置したが映像の乱れでプレゼントが置かれた瞬間だけ撮れていなかったということは思い出さなかった。そして眠気に逆らい瞼が閉じぬよう頑張りながらメモを手に取りそこに書かれた字を読む。
『やっぱり優也君がこれを持って謝りに行った方がいいと思うよ。アゲハちゃんの部屋はここね。
p.s 私も頑張ったことを伝え忘れないように 春』
簡単な間取りが書かれたメモを枕元に置くと箱を手に取り蓋を少しだけ開け中を覗く。そこにはペーパークッションの上に綺麗になったつまみ簪が優雅に座っていた。蓋をそっと閉じるとまだ睡眠の足りてない体を持ち上げ起き上がる。そしてあくびと伸びを同時にした後に充電切れのように優也の動きが止まった。2~3秒ほど停止した優也は「よしっ!」と呟き立ち上がるとラッピングされた箱とメモを手に取り静かに部屋を出て行った。そしてメモの間取りを頼りにアゲハの部屋へ向かう。閉まった障子の前で立ち止まるともう一度メモを確認する。
「うん。ここだ」
再度確認を済ませると優也は持っていたメモをポケットにしまう。だがすぐには動かず深呼吸の息と共に緊張と眠気を吐き出した。そして少し残った緊張と覚悟を持って障子の前まで足を進める。洋風の家に慣れ親しんだせいで人差し指でノックしようとした。が、直前で気が付き手を下げる。
「アゲハちゃん。起きてるかな?」
声をかけると少しして障子が開きアゲハが出てきた。ボサついた髪に目の下の隈、気にかけられてない身だしなみがまだ寝れなていないことを物語る。
「チッ。なによ」
優也の顔を見たとたん表れた露骨な嫌悪感と共に腕を組み柱にもたれかかった。
「昨日のことを謝ろうと思いまして...」
その雰囲気に圧せられついつい敬語になってしまう。
「そんなことどうでもいい。一人にしてくれる?」
「じゃあ、これだけでも」
優也は持っていた箱を差し出す。アゲハはそれを奪い取るように受け取ると部屋の中へ戻ろうとした。
「今、開けて見た方がいいかも」
その言葉に露骨なため息をつきながらも箱の蓋を開けた。だが中を見た瞬間、アゲハは目を見張る。そして蓋がすり抜けるように落ちた手を中に堂々と座る簪へゆっくりと伸ばした。簪を手に取ると箱も手から滑り落ちるが今のアゲハにそれを気にかける余裕はない。重力が主導権を握った箱は床へと一直線に落ちていき、一方選ばれた簪はアゲハと見つめ合っていた。
「なんで..アンタが持ってるのよ...」
「無くしたって聞いたから探したんだ」
すると驚きのせいで遅れてやっていた喜の感情がやっと彼女の元に到着した。喜はアゲハの中にどんどん広がっていきやがて心がそれに満たされると口角がゆっくり上がっていく。
「ありがとっ」
アゲハは体中に、心中に満たされた嬉しさのあまり優也へ跳んで抱き付いた。首に手を回し強く抱き付くアゲハだったが急に我に返ると小恥ずかしさが込み上げてきたのか顔を赤く染める。そして素早く優也から離れると周りを見て誰もいないことを確認した。
「今のは忘れなさい!記憶から欠片も残さず消すのよ」
「お望み通りに」
彼女の反応に元気を取り戻したことを嬉しく思っていた優也はしゃれたお辞儀をして見せた。
「それと....ありがとう」
まだアゲハの中に居座る恥ずかしさはお礼の言葉を小声にさせる。そのせいでハッキリとは聞こえていなかったが気持ちはしっかり伝わっていた。
「昨日は、」
そしてやっと昨日の事を謝ろうとした優也をアゲハは突き出した手で止めた。
「これで伝わってるから大丈夫。言葉はいらない」
「それじゃあ、仲直りの」
優也が手を差し出すとその手を一度見たアゲハが握り返す。この握手をもってアゲハの厄日が完全に幕を閉じた。
「それじゃアタシ寝ふぁ~る」
安堵のおかげで今まで溜めていた眠気が一気にこみ上げてきたのか大きくあくびをするアゲハ。
「僕ももう少し寝ようかな。それじゃあ、おやすみ」
「はいはい。ふぁ~」
まだ眠いのは優也も同じで彼も部屋に戻ろうとしたが次々と出てくるあくびと共に先に部屋に戻ろうとするアゲハの背を見て大事なことを思い出した。
「ちょっと待って」
その声にアゲハはその場で振り返った。
「春ちゃんも一緒に探してくれたからお礼言ってあげてね」
「分かった」
「じゃあ、改めておやすみ」
優也に背を向けながら手を振ったアゲハは部屋の障子を隙間なく閉めた。そして優也もスッキリとした気持ちで客室へ戻っていく。
「あーゆうところが可愛いんだよな」
アゲハの反応を思い出し微笑みながら呟く。それは妹を想う兄のようなそんな感情だった。そして優也が部屋に戻ってから数時間後。爆睡する優也の隣で2度寝から目を覚ましたノアは3度寝を検討していた。もう一度寝ることもできたが重く感じる体を起こすことを選択する。起きたノアがまず最初に向かった場所は食堂。時間は昼前、朝食を食べていない分お腹の虫はご機嫌斜めだった。そんな彼もしくは彼女への謝罪の意味も込めて3度寝はせず起きたのだろう。食堂に着くとカウンターへ行き注文する。今日カウンター内に居たのは春ではなく彼女の母親だった。ノアにとって寝起きだからということは関係ないくいつも通りの食欲を発揮し、食事を終えた頃にはお腹の虫も彼女自身も満足に満たされていた。そして食欲を満たしたノアは特に目的もなく屋敷内を歩き回っていると離れの道場を発見した。縁側から
「不意打ちか?」
ノアは防がれることを期待していたのか笑みを浮かべている。
「実践じゃよくあることだろ」
「そうだな」
そう返事をすると百鬼はノアの足首を掴むと反対側に放り投げた。きれいな放物線を描いたノアは床に両手で着地するとバク転をするように突き放し次は足で着地する。
「せっかくだ。あの日の決着でもつけるか」
「今度こそ負けたって言わせてやるよ」
そんな2人のやりとりを見ていた男達はマットから外に出て入り口側に移動した。そして2人だけが残されたマット上でノアはすぐには仕掛けず様子を伺い百鬼を中心に円を描くように歩く。百鬼も仕掛けはせずノアから視線を離さず注意を向け続ける。そんな緊張が漂う中、先に仕掛けたのはノア。それを皮切りに最初から激しい攻防戦が繰り広げられた。それはまるで予め打ち合わせをしてたかのように息の合った攻防戦。ノアの右拳が百鬼の左頬を掠め通過する。すかさず襟と腕を掴かんだ百鬼はそのまま一本背負いで叩きつけた。地震でも引き起こすのではないのかと思うほどの衝撃がノアの背中に走る。その痛みに表情を歪ませながらも百鬼の手が襟から離れる前にその手を両手で掴んだ。そして反対側に投げ飛ばそうと力任せに引くが百鬼は片足に体重をかけ耐える。僅か数秒間、力が釣り合い停止状態になるがノアは投げるのは無理だと判断するとその力の均衡を利用しようと考えた。マットを蹴りその跳ねる勢いと腕・腹筋に力を入れることで体を浮かせる。そのまま両脚を曲げながら足裏と百鬼が顔を合わせるまで体を浮かせた。そして百鬼の腕とノアの体が平行になったところで足を突き出す。両足の足裏はショットガンの如く顔に正面から突っ込んだ。その威力も中々のもので鼻から弾けるように血を出しながら百鬼は後ろに倒れそうになったがなんとか耐える。その隙に腕から離れようと手を離すノアだが逃がさないと言わんばかりに百鬼の手は襟を掴んだままだった。百鬼はノアに暴れられる前に襟を掴んだ手を高々と上げマットに叩きつけた。そして再び背を強打したノアの襟から手を離し上半身を起こした百鬼は追い打ちとして上げた足で踏みつぶそうとする。だがノアが横に転がり躱したため空気だけを踏みつぶした。そこからも両者一歩も譲らない攻防が続けられたが長期戦になればなるほど再生力のある吸血鬼が有利になるのは必然なことであった。
「これ以上やっても俺様の負けは見えてる。負けだ」
それを悟った百鬼は両手を上げて降参の意を示した。
「いい勝負だった」
ノアは拳を軽く突き出し百鬼も握った拳を軽く当て互いを称える。
「お前さんらは再開していーぞ。俺様は休憩だ」
2人は周りで観戦していた男達と入れ替わるように端まで歩く。端の方にノアが腰を下ろしその隣に2本のペットボトルを持ってきた百鬼が座った。ノアは水の入ったペットボトルを1本もらうと消費した水分を補給する。
「そういや優也は一緒じゃないんだな」
「まだ寝てんじゃねーか?俺が起きた時は寝てたからな」
「意外だな。午前には起きる規則正しい生活してると思ったんだが」
「いつもは俺より早く起きてるぞ。何時に起きてるかはわかんねーけど」
ノアは肩を竦めた。
「いつもやってんのか?コレ」
「まぁ日課に近いな」
「お前ひとりで教えてんのか?」
「アゲハがいるときもあるんだが、あいつは基本的に気分屋だからな。居たり居なかったりだ」
少し呆れたような笑いを浮かべる百鬼。
「なぁ、お前とアゲハってどっちつえーんだ?」
「力なら俺様、素早さならあいつだな。まぁ、五分五分ってところだ」
「んじゃここのNo.2の座には2人いるっつーことか」
「俺様とアゲハがNo.2?」
百鬼は思わずといった感じで訊き返した。
「玉藻前がトップでお前らが次だろ?」
「いや、うちには玉藻家と玉様を支える大黒柱がいる。―――
ノアは玉藻家のNo.2というまだ見ぬ存在に心躍らせた。
「空雷か...。そんなヤツがいるならやり合ってみてーな」
「お前さんでもそう簡単にはいかないと思うぜ。あの人は柔よく剛を制すって感じだからな」
「なかなか面白そーなやつじゃねーか」
「まぁ空雷さんが帰って来た時に一度やってみんるんだな。他人の評価を聞くより自分で体験する方が正確な情報が得られるからな」
そう言うと百鬼は立ち上がった。
「それじゃあ、俺様は戻るがお前さんはどうする?一緒にやるか?」
「いや、俺はもういいや」
「そうか。またいつでも寄ってくれ」
百鬼はそう言い残して稽古を続ける男達のとろこに戻って行った。そして道場から出たノアは特にやることもないので客室へ戻る。障子を開けるとまだ寝ていた優也が悪夢を見ているのかうなされていた。ノアは枕元に行き顔を覗き込む。何かを否定するように左右に振る顔には汗が滲み出ていた。すると突然、覚醒したかのように勢いよく目が開く。そして少し荒れた息の中、腕を目に乗せた。
「大丈夫か?」
「え?あぁ、うん」
「ほら」
ノアは先ほど貰った水のペットボトルを差し出す。
「ありがとう」
優也は目の前に垂らされたペットボトルを受け取るとゆっくりと起き上がった。そして蓋を開けごくりと一口。
「もう時間が無い気がする」
「何のだよ?」
「分からないけど、早くどうにかしないと僕が僕じゃなくなる気がするんだ」
そう言いながら袖で汗を拭った。
「大丈夫、お前はずっとお前だ。それに次は俺が助けてやるからよ」
ノアのその言葉に安心というより心が温かくなるのを感じ自然と笑みが浮かぶ。
「ありがとう。僕も最後まで足掻くよ」
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