【78滴+】卵に入ったヒビ2

「妖狐の話はこれくらいでいい? 私、優也君に聞きたいことがあるんだよね」

「ん? なに?」

「優也君ってこの島の外に住んでるんだよね。じゃあさ、人間の街に行ったことある?」

「人間の街? あるよ」


 そりゃあ元人間ですから、とは心の中だけで付け足した。


「じゃあさ! じゃあさ! どんなところか教えて!!」


 優也のその答えに春は目を輝かせて少し前のめりになる。


「例えばとうことが知りたいの?」

「どういうお店があるのかとか、どいうところで遊ぶのかとか、女の子はどういう格好してるのかとか」

「でも話を聞くより実際に見に行った方がいいんじゃない? 別にここから出たらダメなんてことないでしょ?」

「まぁ、そうだけど……」


 すると春は手元のマグカップに視線を落とした。


「ほんとは自分で色々見たいし体験したいってずっと思ってたけど、私この島から出たことないし外の世界って未知の場所だからちょっと怖くて……。玉様や空雷くうらいさん、百鬼さんやアゲハちゃんに頼むのは忙しそうだし迷惑かなって……。だから、話だけでも聞けたらなーと思ったの」

「聞くだけでいいの?」

「多分、私は一人で行く勇気がない臆病者だしそれでいいかな」


 そう話す春は少し悲しそうな笑みを浮かべた。

 そんな彼女の横顔を見ていた優也は正面を向いてから口を開いた。


「春ちゃんがその夢を叶えられないのは一歩を踏み出せないからだと思うんだよね。たしかに他の人に頼むのは迷惑かもしれないって思う気持ちは分かるよ。忙しそうなら尚更ね。でもみんななら相談すれば喜んで連れて行ってくれると思うよ。春ちゃんもそれは分かってるんじゃない?」

「そうかもしれないけど……」

「そうしないってことはやっぱり行くのが怖いから言い出せないの?」


 春は小さく頷いた。


「誰だって未知の世界に飛び込むのは怖いよ。それに夢を叶えるためには怖い思いを沢山するかもしれない。でも僕は怖がるのは臆病じゃないと思うよ。だけど、挑戦もしないで妥協したり諦めたりするのは一番の臆病者だと思う。だから、夢を妥協しちゃう春ちゃんには話はしてあげない」

「そうだよね。私って弱虫だよね。結局自分で行く勇気がないから誰かちょっと強引に連れて行ってくれないかな、なんて考えてるし」


 自分の弱さともいうべき部分に、更に表情を落ち込ませる春。


「って実は僕も偉そうなこと言ってるけど似たような体験したことあるから春ちゃんの気持ちはよく分かるよ。未知の世界に出発する直前で怖くなって行くのを止めようとしたんだ。だけど結局、見送りに来てた親友に騙されてその未知の世界に行かざる負えなくなったんだけど」


 当時のことを思い出し優也の握った拳に力が入る。


「あの時は本気で親友をボコボコにしてやりたかったなぁ」


 だがそんな過去の一時的に感じた感情などすぐに消えた。


「でも今となっては行って良かったしその親友にも感謝してる。だから、元臆病者の好みとして妥協する春ちゃんを満足させる話は出来ないかな」


 そして優也は少し間を空けてから続きを口にした。


「だけどその代わりに実際に連れて行ってあげるよ」

「そうだよ……え? 今何て言った!?」

「僕が君に人間の街を案内してあげるって言ったんだよ」


 春はに優也の言ったことを理解するのに数秒かかった。それ程に彼女のにとって予想外な言葉だったのだろう。


「えっ! え? え、えぇぇぇ~!! うそ! ウソ! 嘘? え? うそなの?」


 まるでココアとミルクのように混じり合った嬉々と驚愕のあまりパニックになった春は自分で言ったことに自分で反応する。


「本当だよ」

「私人間の街に行けるの!? いつ? いつ?」

「そうだなぁ。僕が今かかえてる問題が解決してからでいいかな?」

「うん! いいよ! 全然大丈夫! ゆっくりでもいいからね。あっ! でも、問題っていうのは早く解決した方がいいからあまりのんびりしてるとよくないかも。私の為じゃないよ。優也君の為に早めに解決した方がいいってことね」


 興奮のあまり春は饒舌の早口になっていた。


「うん。僕もできるだけ早く解決したいからがんばるよ」

「あぁ~、私人間の街に行けるのかぁ。楽しい場所がいっぱいあって美味しい物がいっぱいあって可愛い服や物がいっぱいある街に……でも、人間から見たら私変じゃないかな? 緊張で耳が出ちゃって人間じゃないってバレて捕らえられたりしないかな?」


 コロコロとサーカスのように感情の変わっていく春。


「大丈夫だよ。僕もいるしそれに耳があっても頭に付けてるって思われるから大丈夫――なはず。分からないけど」


 すると春は急に立ち上がって手すりに近寄った。

 そして手すりを握ると思いっきり身を乗り出した。


「やっっったああぁぁぁ!!!」


 そして大きな声で叫んだ。抑えきれない感情を全て吐き出すような大きな声で。

 だが勢いのあまり手が滑り落ちそうになってしまう。それを見ていた優也は慌ててカップを置き手を伸ばした。鋭い槍の一突きの如く伸びる手。ギリギリのところで肩を掴めたお陰で外側に出ようとする体は無事に止まり春は落ちずに済んだ。


「あっ。アゲハちゃん」


 すると優也のおかげで落ちる体が止まった春が悠長に呟く。

 見張り台の下を覗き込むように止まった春の視線の先では、俯いてとぼとぼと歩くアゲハが屋敷の門を通ろうとしていた。春の声に一度彼女を引き上げてから下を覗く優也もギリギリのところでその姿を目にした。

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