【76滴+】転がる先の川2

 そして二人は玉藻家の食事を一手に担う食堂へと向かった。時間帯の所為かまばらにしか人がいない。そんな空いている食堂を進み注文の為、上にメニューが書かれた看板があるカウンターに向かった。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こう側には頭巾とエプロンを付け背中まで伸びた髪を束ねた明るい声のお姉さんが立っていた。彼女は明るく陽気であろう性格が見て取れるそんな容姿をしていた。


「あらっ、お客さんなんて珍しい」

「お邪魔してます」


 会釈をする優也と上を見上げメニューを選ぶノア。お姉さんはカウンターに頬杖をつきにこやかな笑みを浮かべながら優也の顔を見ていた。


「お兄さん結構カッコいいね。私タイプかも」

「え? あ、ありがとう。お世辞でも可愛い子にそう言われると嬉しいよ」


 突然そんなことを言われ一瞬戸惑ったがすぐに笑みを浮かべ言葉を返した。


「お世辞じゃないよ~。それに可愛いだなんて。またまたぁ~。褒めても何にも出ないぞ」


 優也に褒め返しされたお姉さんは満更でもない様子で照れる。


「お兄さん名前は?」

「六条優也」

「優也君ね。私は春。よろしく」


 春はカウンター越しから手を差し出し、それを握る優也。


「ご飯食べたら帰っちゃうの?」

「帰らないよ。玉藻前さんに用があって来たんだけど留守みたいだから戻ってくるまで待つつもり。だからそれまでお世話になります」

「じゃあじゃあ! 今夜お話しよ。もちろん二人で」


 最後に付け足した二人を指でも強調する春。


「僕は……構わないけど……」


 突然言葉に詰まった優也の視線は明らかに春の後ろを見ており、その表情には少しばかりの恐怖が浮かんでいた。その視線に気が付いた春は小首を傾げながら後ろを振り返る。

 彼女の後ろには頭巾を被り血の滴る中華包丁を右手に握りしめた白いエプロンの巨体な男が仁王立ちしていたのだ。だが優也の視線を一番引き付けたのは中華包丁でもその巨体でもなく顔につけた面。それは今にも手に持った包丁で襲い掛かってくるのではと思わせるほど恐ろしい般若の面。その般若面と巨体が相まってかとてつもない威圧感醸し出していた。


「もう! パパそんな顔したら優也君怖がっちゃうじゃない!」


 威圧感は見た目や中華包丁の所為ではなく実際に威嚇されていたのが原因だったらしい。

 すると娘である春に怒られた父親はさっきとは別人のようにオドオドとしながら何かを伝えようと必死で手を動かししている。優也には全く何が言いたいのか分からなかったが春には伝わっているようで「大丈夫だって」と言いながら奥のキッチンへと父親を追いやった。そんなキッチンへ戻る父親は背中を丸めシュンとした雰囲気を漂わせ最初とは別人のようだった。


「ごめんね。あれうちのパパ。ちょっと心配性で。でも、あんなこと言ってたけど根は優しい人だから怖がらないであげて」

「よし! 決めた。何食うか決めたかユウ?」


 先程の会話を理解できている前提で話をしていた春に彼女の父親が何を言っていたのか訊こうとしたがその前にメニューをじっと見ていたノアが迷いの森から脱した。


「僕は……えーっと。魚定食にしようかな」

「魚定食ね」


 春は手元のメモ用紙の上でペンを動かす。


「俺は、カツ丼とそばと焼肉定食と刺身盛り合わせとソーキそばと焼うどんとうな重と味噌ラーメンとタコライスと餃子と天ぷらとハンバーガーと海鮮丼とポテトと炒飯とミートソースパスタとラザニアとビーフストロガノフとたこ焼きとカレーライス。あっ、チーズトッピングしてくれ」

「ほ、本当に全部食べるの?」


 メモを取りながら春はその量に戸惑いを見せる。


「当たり前だろ。あと、デザートにケーキ全種類と杏仁豆腐とゼリーとみたらし団子とクッキーとプリン」

「あっ! 僕もプリン追加でお願いします」


 驚きを隠せない春とすっかり慣れ反応しない優也。


「じゃあ出来上がったら運ぶから適当な席に座って待っててね」


 春は注文を書いたメモを持ちキッチンへ行き、ノアと優也は一番近くの席に向かい合って座った。料理ができるのを待っていると腹に住む虫も思わず鳴いてしまうほどの匂いが漂い始める。

 それから暫くして春が両手に料理の乗ったトレイを持って二人の所へやってきた。


「おまたせ。残りは今運んでくるから待ってて。デザートは食べ終わってから持ってくるから」


 そう言うと春はノアと優也の前に料理を置きカウンターへと戻って行った。


「僕、運ぶの手伝ってくるからノアは先に食べてていいよ」


 優也は立ち上がりながら既にお箸を手に持つノアに言うと、春の後を追い沢山の料理が並ぶカウンターへ。


「僕も手伝うよ」


 春の隣に並んだ優也は重そうなトレイから手に取った。


「ゆっくり食べてていいのに。私の仕事だし」

「じゃあ、君一人に運んでもらったら気になって美味しく料理を味わえないから僕が美味しく食べられるように手伝わせてよ」


 彼の言葉に春は零すように笑った。


「美味しいご飯を食べさせてあげるのが仕事だからそう言われちゃったらお願いするしかないね」


 そして五往復分の話をした二人は最後のトレイをテーブルに置いた。


「これは俺のじゃねーぞ」


 どんぶりを片手に米粒の付いたお箸で優也の置いたトレイを指す。


「えっ!? 間違えて持ってきちゃったかも」


 優也はすぐに元に戻そうとトレイを持ち上げる。


「これは私の」


 それを阻止するように隣に立っていた春がトレイに手を伸ばす。そしてトレイを受け取ると魚定食の隣の席まで向かった。


「お隣いい?」

「どうぞ」


 優也は隣の席を手で指し自分も魚定食の前に戻った。

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