【76滴】転がる先の川
ゆらゆらと空中ブランコのように揺られていた優也とノアだったが、ベルトを外した途端に地面へと一直線で落下。だが腰辺りまで伸びた元気一杯な草のおかげであまり衝撃はなかった。
「ここどこだろう?」
「楽しすぎだろ!」
何とか無事に着陸できたことに胸を撫で下ろす優也とは裏腹にスカイダイビングの余韻に浸るノア。
そんな彼女を他所にとりあえず歩き出した優也だったが数歩歩いたその瞬間――彼の姿は一瞬にして草へと呑み込まれてしまった。伸びに伸びた草のお陰で下り坂になっていたのに気が付かず足を踏み出してしまったのだ。
「うわっ!」
だが一度バランスを崩し転がり落ちるとその勢いに歯止めはきかず、咄嗟に掴んだ草をも連れ去りどんどん転がっていく。そして最終的には坂下に流れていた川へ突っ込んだ。
全身びしょ濡れになりながら気が付けば水中へ突っ込んでいた顔を慌てながら上げる。酸素を取り込もうとしながらも突然の事で変に水を飲んでしまい激しい咳を何度か繰り返した。
そして少し落ち着きを取り戻した優也は状況を確認しようとするが、目の前に誰かが立っている事に気が付くと先に少し荒れた呼吸のままそっと視線をやる。同じ様に水に浸かった肌色の脚が水面から上へ伸びており、それをなぞるように上へと更に視線を上げた。
だが人影は夕日を背にし誰かまでは分からない。見上げていてもあまり身長が高くない事は明白で、すらっとした体型に髪を触る両手は降伏するように上げている。
しかしそんな事よりも優也は見上げた状態で思わず目を瞠った。水浴びをしていたのかその人物は、一糸まとわぬ生まれた頃の姿だったのだ。そんな人影は体は横を向きで丁度、顔だけが優也の方向へ向こうとしている状態。
そして顔が優也の方を向き角度が変わったところで、まるで示し合わせていたかのように夕日が雲に隠れその人物の顔がハッキリと露わになった。
目の前で被写体がポーズを決めているかのような立ち姿をしていたのは玉藻家のアゲハ。余りにも意想外の出来事に互いが相手の正体に気が付いてから数秒間、時は止まった。
そしてその沈黙だけが悠々と泳ぐ数秒の後、森全体を揺らしてしまいそうな程の悲鳴が響き渡る。
一方、消えた優也を探していたノアはその悲鳴を聞きつけ坂を下り川へ姿を現した。そんな彼女が目にしたのは水中に頭を押し付けられ藻掻き苦しむ優也の姿。
ノアは川に足を踏み入れると掴めない液体にすがる優也と殺意の籠った手で頭を押さえつけるアゲハの元へ向かった。二人の傍まで行くとアゲハの手を頭から離し優也の肩を掴んで水中から引き上げた。
「それ以上はマジで死んじまうぞ」
優也は海に放り出された者が流木に縋るが如くノアに抱き付いた。
「そんな変態野郎、殺したほうが世の為よ」
まだ怒りの治まらないアゲハと荒れた息のまま咳き込む優也。
「本当に……悪気……は。なかった……んだって」
まだ整わぬ息のせいで途切れ途切れに話す優也は目を見て謝ろうとまだ服を着ていないアゲハの方を向こうとする。そんな目をノアが片手で覆い視界を暗闇に閉じ込めた。
「次は確実に殺されちまうぞ」
「また同じことをしちゃうとこだった。ありがとうノア。できればそのまま見ても大丈夫になるまで塞いででよ」
自分が地獄の一歩手前まで足を進めていた事に気が付きホッと胸を撫で下ろす優也。
「それより今すぐ目を潰して二度と光を見られないようにした方がいいんじゃない?」
「吸血鬼だから治るんじゃねーか? 試してみるか?」
「もし治るとしても痛いから嫌だよ」
そして川岸に上がったアゲハは体を拭き畳んで置いてあった着物を身に付ける。ノアはその間も優也の目を覆いながら岸まで誘導した。
「ところでなんでここにいるのよ?」
アゲハが着物を整え右近下駄を履くと安全確認を終えたノアは手を離し、優也の目は無事に再び光を拝むことができた。
「玉藻前さんに……」
「次話しかけてきたら殺すわよ」
鋭い睨みつきで言葉を遮られた優也はそっとノアの後ろに隠れた。その姿はさながらライオンに睨まれる小動物。
「今、話しかけたら火に油だからよろしく」
陰に隠れながらノアに聞こえるぐらいの声で囁く。
「玉藻前のやつに用があって来たんだよ」
「そう。だけど残念ね。玉様は出掛けてるわよ」
そう言うとアゲハは歩き出しその後ろをノアと彼女に隠れる優也が追うようについて行った。暫く歩き森を抜けると一度焼けたとは思えない屋敷がそこには建っていた。
「すごい! 元通りだね」
その光景に思わず声を上げる優也。
だがアゲハは自分に言っているのか? と問いただすように優也を睨みつけた。
「だよねーノア」
その刺し殺すように鋭い視線を感じた優也はノアへの言葉だとアピールするように付け足す。そして足を進め屋敷の中に入るとアゲハはさっさとどこかへ行ってしまった。
それからノアと縁側を歩いていた優也は安堵も含む深い溜息を零した。
「はぁー。どうしたらいいかなぁ」
「なんで俺に聞くんだよ」
「だって同じ女の子でしょ」
「とりあえず話しかけても殺されないぐらい落ち着いたら謝ればいいんじゃねーか?」
「今は近づかないほうがいいかもね」
「視界にも入らない方がいいかもな」
そんなことを笑いながら言うノアとあながち間違いではないと思う優也は苦笑いを浮かべる。
するとそんな二人の進行方向から百鬼が歩いて来た。
「おう百鬼! げんきしってか?」
彼の姿にノアは軽く手を上げる。
「なんだお前さんら来てたのか」
「玉藻前さんに会いに来たんですが留守みたいですね」
「二~三日で戻るはずだ。待つならそれまで客室を使うといい」
「ありがとうございます」
「それとアゲハには近づかん方がいいぞ。理由は分からんが随分と気が立ってるようだからな」
「あはは。それ僕のせいですね……」
優也から事情を聞いた百鬼は声を上げて笑った。
「お前さんも運がないな。少なくとも今日は視界に入らんことだな」
百鬼はそう言い残すと優也たちが来た方向へと歩いて行った。
「そう落ち込むなって。今はどうすることも出来ねーんだからとりあえず飯食いに行くぞ」
「うん」
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