【74滴+】何でも屋2

「そういえば、少し気になってたことなんですけど、グラニスってどういう意味なんですか?」

「グラニス……?」


 その質問に対しなぜか聞き覚えないといった様子のアディン。


「あれだろ。仕事を請け負った時にオックスのやつが勝手に言った」


 すると隣のオトスがアレスに記憶を引き出す手掛かりを渡す。


「あぁ~、あれですか」


 埋もれた記憶を見つけることが出来たのかそんなこともあったと言わんばかりに何度か軽く頷いた。


「今、彼も言いましたがあれはオクスが思い付きでつけた名前ですよ。ですので意味はありません」

「ぼく、そんな名前つけてないけどなぁ」

「今まで何回も勝手に名前つけたくせによく言うぜ」


 だがオックスはふざけてる訳ではなさそうで本当に覚えていない様子だった。


「じゃあ名前はないんですか?」

「そうですねー。強いて言えば、顧客からは『何でも屋』と呼ばれてますね」

「何でもできるなんてすげーな」

「そうですね。猫探しやベビーシッター、車の改造に様々なレースの運営、要人の運転手から逃走車の運転まで」

「護衛や用心棒、ありとあらゆる荷物の運送に依頼された荷物の仕入れ、専門家の紹介から仲介役まで」

「情報の収集や売買、ハッキングにクラッキング、新たな人生の提供からその逆まで」


 アディンからオトスへそしてオックスにバトンのように渡された仕事内容の説明は一周すると再びアディンの元へ戻った。


「依頼されれば大統領だって暗殺しますよ」


 そう言いながらアディンがバックミラー越しに浮かべた不敵な笑みに優也はどこか不気味さを感じた。だがその笑みはすぐにただの変哲もない笑みへ変わる。


「冗談ですよ。いえ、冗談ではないですね。実際に依頼され、私達がそれを引き受けると判断したのであればやります」

「お前ら退屈しなさそうだな」

「おっ、ぼくらの仕事に興味あるの」

「吸血鬼ならいつでも歓迎ですよ」

 ……


 それからノアと彼らの会話を右から左にただの音として聞いていた優也は頭の中で独り言のように考えていた。


『彼らはいわゆる裏の世界に生きているんだろう。映画や漫画のように華やかではない現実的で情け容赦なく危険な場所。その環境が彼らからこの恐れでも危機感でもない何とも言えない感じを、あえて表現するなら違和感を感じさせてるのだろう』と。


「言い忘れていましたけれど、先に荷物を渡しに行かせていただきますがよろしいでしょうか?」

「――え? あっ、はい。全然大丈夫ですよ」


 それから数十分後、SUVが停まったのはまだ開店準備中のバー。一斉に降りていく三人に流されるようにノアと優也もSUVから降りる。その間にトランクを開け大小様々なバッグを降ろし店内へ運んでいく三人。

 店内に入るとバーカウンターの内側にはグラスを拭くバーテン服の無表情な男。男は顔の皺と口髭、白髪が良く似合う老紳士。そして一往復で荷物を店内に運び終えた三人はカウンター席に腰を下ろした。

 一方、彼らの背中を眺めるように立っていた優也とノアの方をアディンが振り返る。


「少々時間がかかりますので座ってお待ちください。お好きな飲み物をどうぞ。私の奢りです」


 そう言われ真っすぐの席、アディンの隣に並んで座る。


「マスター、テキーラをください」

「ぼくはジン」

「ウォッカ」

「お二人は何にしますか?」


 覗き込むように二人の方を見るアディン。


「じゃあ烏龍茶でお願いします」

「俺は腹減ったしな。なんかこう米と肉のガッツリしたもん食いたい」

「さすがにそういうのは無いと思うけど?」

「いいよ」


 マスターは一言そう言うと先にお酒を出してから裏にあるキッチンへ。少しして戻ってきたマスターがノアに出した丼ぶりは肉丼という名前がピッタリなほど肉が乗ったものだった。


「おぉ~こーゆうのだよ! 求めてたのは! あと水もくれ」


 黙ってグラスにお酒のように水を注ぐマスター。

 そして注文を全て出し終えると三人が運んできた荷物を裏へ運び数分間戻って来なかった。再びカウンターに戻って来たマスターはアディンに膨らんだ紙袋を渡す。ちょうどお札がピッタリ入りそうな紙袋。その紙袋の口を開き中を覗くとアディンはスーツの内ポケットに仕舞った。


「それじゃあ私達はこれで失礼いたします。行きましょうか」


 そして彼らが立ち上がり店を出るとカウンターには呑み切っていない四つのグラスと米一粒残っていないどんぶりが残った。

 店を出た五人は停めていたSUVに乗り込む。


「あとは私達の車を整備工場に取りに行きまして、お二人を神家島に送ってさしあげるだけですね」


 エンジンをかけながら確認するように言うアディン。


「この車は違うんですか?」

「今日新車が届く予定でな」

「これよりもずっっっっとイケてるやつね」

「そういうことです」


 そして発進したSUVは想像よりも早く整備工場に着いた。工場内まで入った後、SUVから降りた三人は彼らが降りる前から近づいて来ていた少し年のいった男と親しそうに握手を交わした。


「では一軌いつきさん宜しくお願いします」


 握手の後にアディンは車のキーを手渡す。


「あれはあそこに届いてるぜ。鍵はサンバイザーにある」


 一軌と呼ばれた男が指差した方向にはシートのかかった三台の車。それを見るや否やオトスとオックスはそこへ足を進め始める。アディンも二人の後を追い向かうとしたが一軌に呼び止められた。


「Rからこれが届いてたぞ」


 そう言って一軌が手渡したブリーフケースを受け取りお礼を言うと彼も車の方へ。

 三人はそれぞれの車の前に立つと同時にシートを捲った。その下からはそれぞれ別の車が姿を現した。

 オトスの前にGT-R、アディンの前にDB9、オックスの前にスープラ。

 そして三人は姿を見せた車のボディを愛でるように撫で始める。


「素晴らしい。ずっと眺めていたいですがお楽しみは後にとっておくとしましょう」


 言葉を言い切るとアディンは車から優也とノアへ視線を向ける。


「それでは行きましょうか。優也さんは私の助手席に乗ってください。ノアさんはオックスの助手席に乗ってください」

「楽しいドライブになるね」

「オトスの助手席には……」


 アディンは言葉の続きの代わりに持っていたブリーフケースを投げる。


「それをよろしくお願いします」

「こりゃいい。楽しいドライブになりそうだ」


 そしてそれぞれ車に乗り込むと工場内には興奮を煽るエンジン音が鳴り響き次の目的地までのドライブが始まった。

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