【75滴】空からお邪魔します

 優也とアディンの乗るDB九の車内にはエンジン音の他に時折聞こえるギアチェンジ、チャンネルを変え流れ始めたラジオDJの声が響いていた。


「それでは素振すぶりな素振そぶりさん頑張ってくださいね」

「あっ! この人知ってます。声が好きでたまに聞いてるんですよね」


 その優也の言葉にアディンはラジオの音量を少し上げた。


「さて続いてのお便りです。ペンネーム、心理学の大家たいか大家おおやさんから頂きました。MAMUさんこんにちは。こんにちは。いつも楽しく聴かせてもらってます。ありがとうございます。私はフィギュアを集めるのが趣味なのですが、残念ながら妻にはそれが理解出来ないようです。それは仕方ないと思っていたのですが先日、知らない間に全てのフィギュアを売られてしまいました。ついカッとなってしまい少々喧嘩になったものの、売ってしまったものはどうにもできないと今では仲直りしました。ですが、私自身はまだショックで立ち直れません。もしよければ励ましの一言をくれませんか? これからも応援してます」

「結婚は墓場。とはよく言ったものですね」


 ラジオを聴いたアディンは少し哀れむように言った。


「実は偶然にもこれと似たお便りを二通いただいていまして。えーっと―――ペンネーム血痕で書かれた結婚さんとペンネーム三歩と散歩さんからのお便りです。血痕で書かれた結婚さんは旦那さんに三歩と散歩さんは同じく奥さんに趣味で収集していた物を捨てられてしまったようですね」


 それからラジオDJのMAMUはこのお便りのコメントを語り始めた。


「こういうのが原因で離婚なんてこともあるんですよね。きっと」

「そうですね。ですが自分以外の人の気持ちを完全には理解出来ない代わりに高度なコミュニケーション能力を有しているにも関わらず、このようなことが起きてしまうというのは少し理解しがたいですね」


 アディンは少し呆れた表情をしながら軽く顔を横に振った。


「でも物に対する価値観って人によって天と地ほどの差があって難しいですもんね。興味がある人からしたら宝のような物でも全く興味がない人からすればただのゴミに見えるかもしれないし。――でも物の価値を理解してもらうのは難しくても自分がどれほど大切に思ってるかはちゃんと話せば伝わると思うんですけどね。この夫婦にはそこが少し足りなかったんですかね?」

「確かにそうかもしれませんね。ですがもしかしたら、彼らは共に過ごす時間が長すぎて相手が自分ではない他の人であることを忘れてしまったのかもしれませんよ」

「自分ではない他の人ですか?」


 優也は更なる説明を求めるように運手するアディンの横顔に目をやった。


「夫婦といえど、どこまでいっても相手は他人です。自分とは違った考え、違った好み、違った感覚を持った他人。想像は出来ても完全には理解することの出来ない他人。そんな相手を思いやるという部分はどれだけ近い存在になろうとも忘れてはいけないものだと思いますけどね」

「そうですよねぇ。相手の事が分かるって言っても心が読めるわけじゃないですもんね」


 優也にとっては正論だったその説明に、何度か頷きながら小さな声で返した。


「アレスさんは愛と恋の違いは何だと思います?」

「これは随分と難問を投げかけてきたものですね」


 突然の質問に零すような笑みを見せたアディンだったが、適当に返す事はせず少し黙って考え始めた。


「相手に笑顔になってもらいたいのが恋、相手と笑顔になりたいのが愛でしょうか。優也さんどう思いますか?」

「そうですねぇ。相手の好きなところだけ好きなのが恋、相手の嫌いなところも好きなのが愛ですかね」

「自分の良い部分を見せようとするのが恋、ありのままをさらけ出せるのが愛かもしれませんよ」

「自分を満たそうとするのが恋、相手を満たそうとするのが愛かも」


 意外にも恋と愛の違いはどんどん思い浮かび二人は交互に頭に浮かんだ相違点を言葉にしていく。


「考えれば考えるほど思い浮かぶこの問いに答えを出せる人などいないようですね」

「それもそうですね」


 そして偶然にもアディンと優也に派生ではあるが哲学的な話題を提供したこのラジオを彼らの車を後ろから追いかけるオトスも聴いていた。


「哀れなやつだ。何人たりとも否定することも、押し付けることも、勝手な干渉が許されない聖域である趣味を土足で荒らされるとはな。自分の為だけの時間すら得られない、哀れだな」


 そう呟くとチャンネルを切り替えてしまった。

 優也、アディン、オトスがとあるラジオ番組によって深い領域へと誘われていた頃―――一方でノアとオックスは……車の外にも聞こえる程の音量でノリノリな音楽を流し盛り上がっていた。

 そして整備工場から出発し約三十分、三台は目的の場所へと到着。そこは入口が厳重な警備で固められている場所だった。

 だがその厳重さとは裏腹にアディンが顔を見せるとゲートはあっさりと開かれ中へ。初めはこの場所がどこだか分からなかった優也だが三つの特徴からすぐに検討をつける事が出来た。

 それは――。


 ・銃砲刀剣類所持等取締法が存在するのにも関わらずこうも堂々と銃を携帯しているということ。

 ・迷彩服を着た警備の人が日本人ではないということ。

 ・外と隔離するかのようにフェンスで囲まれていたということ。


 この三つのことから優也は自分が訪れている場所が軍事基地だと確信した。

 そして軍事施設に入った三台の車は滑走路に隣接する格納庫に入り停車。そこでは一機の小型ジェット機が停機していた。


「あの。ここは?」


 確信しつつもより的確な答えを求め優也は下りる前にアディンに尋ねた。


「米軍基地ですよ」


 そう答えたアディンはドアを開けた。

 そして三台の車からそれぞれが降りていると軍服を着た若いとは言い難い男が近づいて来た。


「やぁ、アディン。まさかここで会うとはな」

「チェスラー大佐」


 親し気に話しかけてきたその男にアディンは会釈で答えた。


「君らはいつ会っても全く変わらんな」


 チェスラー大佐と呼ばれた男はニコやかにアディンと握手するとオトス、オックスとも交わす。


「こちらにいらしてたんですか」

「一時的だがな。あっ、そういえば……」


 チェスラーは思い出したかのようにオトスの方へ視線を移動させる。


「この前送ってくれたあのワイン、非常においしかったよ。妻にも好評でね」

「それは良かった。もしよかったら買ったところを教えるか?」

「あぁ是非たのむよ」

「あとでメールしとこう」


 オトスは言葉と共に頷いて見せた。


「それじゃあ、私はこれで。また今度一杯やろうじゃないか」

「その時は奥様も連れてきてくださいね」

「もちろんだオックス君。それじゃあ」


 そう言うとチェスラーはその場を去った。


「それでは行きましょうか」


 チェスラーとの会話を見ていた二人にそう告げたアディンは先に歩き出していたオトスとオックスの後を追った。


「あの人達。一緒にいればいるほど何者か分からなくなるよ」


 一人呟いたつもりだったその声はノアに聞こえていたらしく返事が隣から返ってきた。


「誰もでもいいだろ」


 そしてノアと優也も遅れてジェット機へと乗り込んだ。

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