【74滴】何でも屋
虚現から飛ばされた優也とノアは青木ヶ原樹海の外に立っていた。彼らの上空では夕日に焼かれた空が大体の時間帯を教えてくれていた。
「白兎さんどうしたんだろう」
だが優也にとって今どこにいるかよりも気がかりは白兎だった。
「大丈夫だろ」
「他人事すぎじゃない?」
「そうか? もし何かあったとしても簡単にやられねーと思うし心配いらないだろ」
「どうして?」
「あいつからは何にも匂わなかったからだな」
ノアのその答えに優也の首は自然と傾く。
「つえーやつ、よえーやつって匂いで分かるだろ?」
まるでそれで常識で当たり前だと言いたげな彼女の言葉にゆっくり首を横に振った優也。
「いや、まぁ、正確には匂いじゃねーけど、あっ! コイツは自分より格上だなって分かる感覚だよ。勘? って言うののか? 分かんねーけど」
彼女自身それが感覚の領域であることは上手く説明出来ていないのを見ればよく伝わった。
「その感覚はまだ分からないけど言いたいことは伝わったよ。でも、どっちの匂いもしなかったなら弱くも強くもないって可能性はないの?」
「ない! とは言い切れねーな。だが、あいつに関しては違うって言い切れるぜ」
「その心は?」
「直感だ」
その二文字を口にしながらノアは少しドヤ顔をしていたがそこには確かな自信があった。
「それはなんとも信用できる答えだね」
優也は少し皮肉っぽく言うが伝わらなかったのかノアはスルー。
「自分の強さを感じさせないってーのは相当なやつだぞ。あそこまで完璧に消せるとなるとマジもんだぜ。もしあいつがそうしてるならだけどな」
「もし白兎さんがそうだとして、仮にノアが戦ったら?」
「実際、戦闘っつーのは実力以外にも勝敗を分けちまう要因あるからな。どうなるかはわからねーけど、実力だけで考えたら百パー俺が負けると思うぜ」
その予想外の数字に優也は思わず言葉を詰まらせる。普段から自信に満ちた彼女がまさかやる前から敗北を認めるとは――でもそれは同時にそれ程までに白兎が力を持っているかもしれないという事の何よりの証明でもあった。
「まっ、俺の勘違いってーのもありえるけどな。それよりどうやって玉藻前のとこ行くんだよ?」
「ん~そうなんだよなぁ……。あの島って地図にも載ってないって言ってたし。マーリンさんに頼むしかないかな」
優也は頭の中で色々な経路を考える。だがすぐに決定するにはどれも微妙なものばかり。
「やっぱりマーリンさんに……。――ん? 待ってよ? そういえば、マーリンさんの家ってどこにあるの?」
独り言のように尋ねながらノアを見るが肩をすくめ首を横に振る。
「いつも出掛けるときマーリンさんから切れば戻れるお札みたいなの貰ってたもんね。今回はもらってないの?」
「そういや貰ってねーな」
「何で今までどこにあるか疑問に思わなかったんだろう」
「どこにあったっていいだろ」
「よくないよ。いざってときに自力で帰れないじゃん。現に今だってそうだし」
「つーかマーリンに聞いたら済む話じゃねーか?」
「――確かに」
意外と足元に落ちていた悩みの答えに頷きながらポケットに手を入れる優也と隣で疲れたのかこの状況に飽きたのかしゃがみこむノア。
そして優也が連絡帳からマーリンの名前をタッチしようとした時、走ってきた黒のSUVが目の前に停車した。それは全ての窓にスモークフィルが貼られた怪しげな車。
優也が訝し気な視線を向けていると助手席の窓がゆっくりと下り始める。そこから出てきたのは見覚えのある顔だった。顎鬚を生やし体格のいい黒スーツ姿の男と運転席から少し前屈みになり顔を出すサングラスをかけた紳士そうな同じく黒スーツ姿の男。
「これはこれは、六条優也さんではありませんか。お久しぶりです」
「アディンさん。それにオトスさんも。お久しぶりです」
優也は少し驚きを見せながらもSUVに近づいていく。
「久しいな」
「ぼくもいるよ」
後部座席の窓が下りるとそこからは頭の後ろで髪を束ねヘッドホンを首から提げた黒スーツ姿の男が顔を出した。相変わらずの陽気さと共に。
「オックスさん」
この時にはもう驚きの感情も収まり懐古的な微笑みを浮かべていた。
「これからお帰りですか?」
「いえ、神家島に行こうと思っていて。今、マーリンさんに連絡しようとしていたところです」
「これまた地図にすら載らないような珍しい場所に行かれるのですね」
「神家島。神が住むって言われてる島だな。足を踏み入れた誰もが口を揃えて人ならざる者に襲われたと言うから今じゃ誰も近づきさえしないらしいが」
「へぇー。あの島ってそんな風に言われてるんですね」
多分、島まで乗せてくれる船はなさそうだと思っていた優也は心の中で自力で行くという選択肢を選ばなくてよかったとホッとしていた。
「もしよければお送りいたしましょうか?」
「え? ――そんな。悪いですよ」
突然の提案に優也は両手を振りながら断った。
「遠慮はいらねーぞ」
「そうそう。どうせ散歩する予定だったし」
「散歩?」
「何言ってんだよ。送ってくれるっつーんだからありがたく送ってもらおうぜ」
散歩の意味がよく分からない優也の後ろからノアは肩を組みながらそう言った。
「そうと決まれば乗った乗った」
オックスはそう言いながら後部座席のドアを開けた。そこからノアが、少し遅れて優也が乗り込む。ドアが閉まるとアディンはシフトレバーをニュートラルからローへ移動させクラッチを繋ぐ。
そしてSUVは最初は徐々に速度を上げ進み始めた。
「そう言えばあなたとは初めましてですね」
SUVが走り始め少ししてからアディンはバックミラーで後部座席中央に座るノアをチラッと見てそう言った。
「アディンと申します。そしてこちらは」
アディンは左手を助手席に向ける。
「オトスだ」
彼の自己紹介に続いたオトスは後ろを振り向き言葉の代わりに挙げた手で挨拶する。
「そしてぼくがオックス。って前にビデオ通話越しに会ったから顔ぐらい覚えてるよね?」
「神家島の時のやつだろ?」
「そうそう」
オックスはパチンと気持ちよく指を鳴らし満足気に頷く。
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