【73滴+】手がかりから手がかりへ2
そしてすっかり目覚めた優也はまず隣のベッドへ顔を向けてみる。ベッドの上では一度起きたが誘惑に負けたノアが胡坐をかきながら船を漕いでいた。その光景を微笑ましく見守る優也だがベッドを降り彼女の肩に手を伸ばす。
「おーい。戻っておいで―」
睡魔という魔の手からノア姫を救おうとする勇者優也だったが、そう簡単にはいかない。一瞬目が覚めたノアは体をベッドに倒し再び連れ去られてしまう。
「仕方ない。必殺技を使うとしよう」
そう呟くと勇者はテーブルへと向かった。匂いを嗅ぐたびに口の中が唾液で満たされそうなほど美味しそうな食事が乗った長方形の木製トレイ。それを持ちベッドへ戻るとノアの顔に近づけ手で扇いで匂いを送る。
すると勢いよく瞼は上がり、体は飛び起きた。彼女の食欲に比べれば睡魔など可愛い赤子のような存在なのかもしれない。そのことを良く知っていた勇者優也の完璧な戦略勝ち。
そして起き上がったノアは早々に食事へと手を伸ばすがギリギリのところで逃げられてしまう。
「まずは顔を洗ってきて下さい」
「しかたねーな」
ノアは少し不満気に返事をしするとベッドを降りた。
そして洗面台で身支度を整え食事を食べ終えると二人は部屋の外へ。最初の部屋では中央のデスクで相変わらずルグーグが分厚い本を読んでいた。
「おはようございます」
優也の挨拶に本から顔を上げたルグーグ。
「おはようございます。よく休めましたか?」
「はい」
「俺はもーちょっとねむりてーけどな」
一方で欠伸をするノア。
「いつもこうなので気にしないでください」
「それでは虚現の外には、はくちゃんがお送りいたします」
「いくでぇ」
そう言って家の外へと歩き出す白兎の後を二人も遅れて追った。そしてドアまで行くと優也は出る前にルグーグの方を振り返りお辞儀をし、ノアは軽く手を上げて見せた。
それから家を出ると白兎は当たり前のように優也の頭へ。すっかり慣れた優也も何も言わず鳥居へ向かい濃い霧が広がる虚現へと戻った。
「ちょっとまちーや兄ちゃん」
その声に立ち止まった優也を操作するように頭を回し振り返らせると白兎は鳥居を見上げる。
「外側から裏に回ってくれや」
言われるがまま裏に回ると鳥居を支える二本の柱のうち1本に大きな亀裂が入っていた。
「そうやないかと思っとったわ」
「これってそんな古い鳥居だったんですね」
「これはただの鳥居ちゃう。術そのものや。こことあの場所を繋ぐ橋みたいなもんやな」
「じゃあこれが壊れたら」
「ここからあの場所へは行かれへんし、あの場所からここには来られへん。しっかしまぁこんなんなってもうて。そりゃ、あないな小物が侵入して来れるわけや」
大きく溜息をつく白兎。
「なんだお前、気が付いてたのか?」
「当たり前やろ。姉ちゃんがやってへんかったらわいがやっとったわ」
「え? なんの話?」
昨夜の髪切を知らない優也だけが一人置き去り。
「俺の睡眠が削られた話だ」
「まぁええわ。兄ちゃん階段下りてええで」
疑問は拭えずにいたもののそう言われた優也は白兎を頭に乗せながら鳥居の前にある階段を一段一段下りていく。
そして階段下に着くと白兎は優也の頭からぴょんと飛び降りた。
「今回は特別やどこにでも送ったるで。どこに行きたいんや?」
「ん~。そうですねー」
その場で腕を組み少し考える優也。
「次は玉藻前さんの所に行こうと思ってるので神家島にお願いできますか?」
「ええで。それじゃ、そこら辺に立ちぃ」
言われた通り二人は鳥居を背に立ちその前に白兎が立つ。
「いくでぇ」
言葉と共に腕を上げようとした白兎だったが急に顔だけで後ろを振り返った。
「どうしたんだよ?」
突然の事にノアは首を傾げる。それは隣の優也も同様だった。
「悪いが計画変更や」
そう言った白兎が払うように腕を上へ振ると二人は何かを言う間もなく、その場から消失。
そして入れ替わるように霧の中から人影が現れた。それは清明と白装束を身に纏った五人の陰陽師。そして彼らに加えもう一人。編まれた髪に髪飾り、着物と上から羽織りで着飾った女性。その腰にはワンポイントのアクセントで身に付けているわけではなさそうな刀が下げられている。
「えらい豪華なメンバーやな。陰陽師一族安倍家現当主安倍清明に
白兎は視線でそれぞれを見ながら自己紹介は不要だと名前を言い当てた。
「清明さん、このうさぎちゃん誰なん?」
「知らん」
だが清明と村正に全く動じている様子はない。
「わざわざ来てもろうて悪いんやが帰ってくれんか?」
「そう言われて帰るとでも思ってるのか?」
清明は相変わらずの鋭い眼差しで白兎を睨むように見る。
「思っとるんやない確信や。そこの姉ちゃんは鞘から刀を抜かんと兄ちゃんも何もせんと帰るんやで」
「こないな可愛気のあるうさちゃんを斬るんは心苦しいんやけど、斬り心地はよさそうやなぁ」
そう言いながら村正が表情に浮かべたのは想像だけで快楽に染まった狂気とも呼べる笑みだった。
「まぁ今日は気分がええから遊んでやってもええけど、やることがあるからなぁ。構ってあげられへんのや。せやから、もし、ここを通りたいんゆうんやったら力づくで通りぃや。せやけどそん時は……」
白兎は溜めるように少し間を開けてから言葉を続けた。
「人間やからって手加減せぇへんで」
その言葉と共に白兎の気配は今までとは比にならない鋭さを帯びた。
だがその変化を感じたのは清明と村正だけだった。
「貴様! ここにおられる方を清明様と知ってのその態度か!」
そして今ままで話を聞いているだけだった部下の一人が、前に歩き出しながら怒りの籠った声で叫ぶ。
しかし村正の隣を通り抜けようとした時、まだ鞘に眠る刀にその行く手を阻まれてしまった。
「な、何をするか!」
それが部下と村正の関係性なのか、それは敬語ではないものの余り強くもなれてない曖昧な口調だった。
「おい、止めろ」
しかし村正の代わりに聞こえてきた清明の声に、その部下は理由を問うような目をへ向ける。
「救われたのはお前だぞ。それ以上進んでたらアレの餌食だ」
清明はそのアレを顎でしゃくる。顎が指した先には白兎とその後ろで徐々に姿を現す何か。それは靄がかっているかのように鮮明さに欠けている。
そんな何かを目を凝らす部下はその姿がハッキリ見えると、瞬く間に言葉を失い顔には恐怖の影が差す。そしてさっきまでの威勢はどこへやら、思わず一歩後ろへ。
そんな彼の視線先には、暗闇の奥で赤く光る目。呼吸をする度に吐き出される白い息。上半身だけだと言うのに見上げるほど大きな体。白く細いはずだが細さを感じさせない骨の手と握られた剣。
白兎の後ろには姿だけでもおぞましさを感じさせる骸骨が、獲物が来るのを今か今かと待ち望んでいた。
「清明さん。うち帰るわ」
刀を下げた村正はそう告げると踵を返して去って行く。
「俺達も帰るぞ」
同じく踵を返す清明とそれに続く部下達。そして彼らが霧の中へ消えるのを見届けると白兎の後ろに居た骸骨も霧に紛れ姿を消した。
それから白兎は鳥居への階段を上り始める。
「モーグ・グローリ。あいつの仕業やろうな。まったく、無駄な仕事を増やしてくれたもんやで」
ブツブツと小言を呟きながら一段ずつ上がって行った。
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