【73滴】手がかりから手がかりへ
部屋に残された優也とノアは数秒、何をしていいか分からず佇んでいたが、汗をかいていた事もありとりあえず交互にお風呂に入ることにした。それから白兎の用意したご飯を食べ、置いてあった冷蔵庫にアイスを発見しては別々のを選んで半分交換しながら食後のデザート。
そして就寝前、トイレから戻った優也の視線先では人一人分が通れるほどの間隔で並ぶベッドに仰向けで寝転がるノアの姿。彼女は両手を天井に伸ばし何かを弄っていた。そんな彼女を不思議そうに見つめながらベッドの端に腰を下ろす優也。
「何してるの?」
その問いかけに対してノアは手に持っていた物を手渡した。
「お前らに救われて目を覚ました時に枕元に置てあったんだよ。何なのかわからねーけどすげー大切な物ってのは覚えてる」
手に乗のせられた物へ視線を落とすとそれは、お腹の袋から子どもが顔を出しているカンガルーのキーホルダーだった。それを見た優也の表情は自然と緩む。
「これはカンガルーのキーホルダーだよ」
「キーホルダー? 何に使うんだよ?」
「そうだなぁ」
優也は少し考えるとキーホルダーを持つ手をノアの真上まで移動させた。その手を追ったノアはカンガルーと見つめ合う。
「俺はカンガルーのまさるなり」
優也は声を低くして吹き替えをし始めた。
「なりってなんだよ」
「今のはミス」
思わず噴き出すノアに普段の声で訂正が入る。
「とにかく。俺は誰よりもちょー強いんだぜ。だから肌身離さず持っていれば絶対にお前のことを守ってやるぜ」
優也はカンガルーを少し振りながら声色を変え演じた。
「どんな奴が来ても俺にかかればあっという間だぜ」
シュッシュッとパンチの音を口で言いながら左右交互に振られるカンガルー。
「ほんとか? 俺が勝てねーやつにも勝てるのか?」
「当たり前だぜ。この重いパンチを受けてみれば分かるぜ」
左右に揺れながら繰り出されるカンガルーのパンチをノアの左手が受け止める。
「悪くはねーな」
「そうだろ。これからは俺が、お前を傷つける奴からも泣かす奴からも守ってやるぜ。安心しろ。寂しい思いはもうさせねーぜ」
「ずっと守ってくれるのか?」
「もちろんだぜ」
カンガルーは上下に体ごと揺らし頷いた。
「それは安心だ。それにユウよりも頼れそうだしな」
「えっ? ちょっ、うそ。ゆ、優也のやつも結構頼れるぜだぜ」
動揺丸出しで一瞬だけ素に戻ってしまった優也。それを見てノアは声を出して笑った。
「じょーだんだよ」
優也本体を見ながらのその言葉はやっぱり笑い交り。
「まぁ今のところは今後に期待ってとこだな」
そう言いながらノアは優也の手に持っていたカンガルーを返してもらうため手を伸ばした。そして優也を見ながら顔の横へカンガルーをもってきた。
「早くこのまさる君より頼りがいのある男になってくれよ」
「すぐに『助けてよ~、ユウ~』って言わせてあげるよ」
それに対し優也は顔の前で両手を祈るように組んだ。
「そりゃ楽しみだ。だけどその前に俺に負けたって言わせてくれよ」
「その日は着々と近づいて来てるよ」
優也は言葉の後、ベッドから立ち上がった。
「さてもう寝ようか」
そう言う頃にはこの部屋唯一の窓の外はいつの間にか暗くなっており、そこからはもう寝なさいと言うように満月が顔を覗かせていた。そんな満月に見守られながら部屋の電気を消した優也は、ベッドに入ると間のサイドテーブルで光る間接照明のランプへと手を伸ばす。
「おやすみ」
夜の別れの挨拶をしてからランプを休ませてあげると暗闇の中で瞼を閉じ睡魔に連れ去れるのを待つ優也。
だがその隣でノアは目を開けたまま。
それから少し時間が経った頃、家の外で不穏な影が動く。複数の影は鳥居を通ってこの場所へと入り、家へ近づいていた。
「ルグーグだけじゃなく吸血鬼までいるなんて俺ちゃんついてるぅ」
そう呟くのは数匹の部下を先導する全身真っ黒で尖ったくちばし、カマキリのようなカマが付いた四本の腕を持つ髪切。目は丸く腰にはふんどしを撒いていた。
『よくやった髪切』
「はは!ありがたきお言葉。ですが大嶽丸様、わたくしめは当然の事をしたまででございます」
『ほほう。さすがだ。今日からお前をわが側近としよう』
「ありがたき幸せ。この命に代えてもお守りいたします」
『お前がいれば安心だ。よし! 今日は宴だ! 呑め!』
ひとり妄想に浸る髪切とその部下は家の前へと辿り着いた。
「よし! てめーら吸血鬼が寝静まった隙にちゃっちゃとやっちまうぞ! 俺ちゃんの出世の為に! じゃなくて大嶽丸様の為に!」
振り返って演説をした髪切に部下達は片手を天高く上げ応える。
「寝込みを襲おうなんて卑怯じゃねーのか?」
「何を言うんだ。あの吸血鬼とまともに戦って勝てるわきゃないだろ――ん?」
何の疑問も無く聞こえてきた言葉に反応した髪切だったが、その声が自分の後ろ――家の屋上方向から聞こえてきたことに気が付くと小首を傾げながら振り返り見上げた。
そこにはこの暗い世界の唯一の光である満月をバックに屋上で座るノアの姿。
「な、な、なんで貴様起きている! 貴様」
「俺だってねてーよ。実際ねみーし」
そう言ってノアは大きな欠伸をすると屋根から飛び降り家と髪切の間に降り立った。
「さーて、ちゃっちゃと終わらせて温かいベッドで寝るとするかな」
「くそっ! 俺ちゃんの完璧な計画が……もうこうなったら野郎共やっちまえ!」
勇猛果敢と言うべきか、やけくそと言ういべきかその言葉で一斉にノアに立ち向かう髪切一行。
だが結果は途中経過を見るまでも無く彼女の圧勝。ものの数分でノアはベッドへと戻った。
数時間後、夢の世界を散歩した優也と夢の入る余地などないほど熟睡したノアはほぼ同時に目覚めた。そして彼らが目覚めるのを知っていたかのようなタイミングで白兎が入室。
「その顔やとよう寝れたようやな」
優也はまだぼーっとしている頭を持ち上げ起き上がると窓の外を見た。外は写真でも貼ってあるのかと思うほど寝る前と同じで変わっていない。
「あれ? まだ朝じゃないんですか?」
「あぁ忘れとったわ」
しかし白兎が手を叩くと窓の外は一変。打って変わって朝へ。
「これで朝や」
「この窓って偽物だったんですか!」
目の前で起こった摩訶不思議な出来事に眠気はどこへやら、飛んでいってしまった。
「普通の窓や。そもそもこの場所に時間なんて概念はないんやで。いらんこと言わんと飯食うて準備できたら出てきいや」
白兎はその言葉だけを残すと颯爽と部屋を出て行った。いつの間にかテーブルの上では温まった朝食が(もっとも起きて最初に食べる食事を朝食というのなら)置いてあった。
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