【72滴】心臓の主
外見は小さな家だった。でもドアを開いてみると天井がないのではないかと思わせるほど上へ続いている円形の部屋が一つ。壁全体が本棚となったその部屋には中央あるデスクと二人用と一人用のソファがあるだけ。
そして黒電話と湯気の出ている湯呑みが置いてある中央のデスクでは老眼鏡をかけた亀が辞書のように厚い本を読んでいた。亀の大きさは人と比べても大差ないほど。
「ルグーグ様。ただいま戻りました」
優也の頭から下りた白兎は、先程までの陽気さが嘘のように丁重な姿勢でデスクの前へ行くと片膝を着き頭を下げる。その声にルグーグ呼ばれた亀は老眼鏡を外しながら顔を上げた。白兎の姿が視界に入ると同時に優也とノアの姿も丸い瞳が捉える。
「僕達」
するとルグーグは手で優也の言葉を止め、口を動かし始めるが二人には全く声が聞こえない。それを感じ取ったルグーグは白兎の方を向き口を動かす。
「申し訳ございません。忘れておりました」
そう言うと白兎は優也とノア、それぞれに向かって手を一振りした。
すると二人の頭上にヘッドホンが現れゆっくりと降下し両耳を覆う。最初は付けている感覚があったもののすぐにその感覚が消えヘッドホンの姿も見えなくなった。
「これで私の声が聞こえますね」
ヘッドホンのおかげだろうルグーグのゆっくりとした口調の声が聞こえてきた。そのルグーグの声は優也にとって亡き祖父を思わせた。
「はい。聞こえてます」
「先程私が言っていたことですが、貴方方のことは知っています。人としての人生と引き換えに吸血鬼になられた六条優也さん。この国の数少ない吸血鬼となってしまったレベッカ・アーデン・ディートハルト・ウィン・パリッシュ・スタインフェルドさん。現在はノアさんの方が呼ばれ慣れているようなのでそうお呼びいたしましょう」
この一言がまだ半信半疑だった優也とノアの心を確信へと変えた。
「じゃあ僕達が何しにここへ来たのかも知ってるんですか?」
「はい。その前にひとつ言っておくことがあります。これはモーグ・グローリさんにも言ったことですが、私とはくちゃんは貴方方の味方ではありません。もちろん、敵でもありません。完全なる中立。片方に一を与えるのならばもう片方にも一を与える。そういう立場です」
「モーグ・グローリ!? ここに来たんですか!?」
思い掛けない名前に優也は一歩踏み出した。
「はい。入口を追い求めるのなら私に接触しようとするのは予想出来ることでした。そして数日前、ここへ現れました」
ルグーグはデスクに置いてあった湯呑みを手に取りお茶で喉を潤す。
「初めは両サイドどちらにも会わないはずでしたが彼の、私達の予測を超えた力に称賛の意を込めてお話を聞きました。ですが残念ながら彼の求めるモノはお渡しできませんでした」
「結界を突破したんは流石に驚いたわ」
腕組みをしていた白兎は感心した声を出した。
「その入口ってなんだよ?」
「なんや姉ちゃんらも探しとるんちゃうんか?」
白兎は少し驚いた表情で訊き返した。ノアは優也の顔を見るが彼も分からないと身振りで伝える。
「マーリンさんそれっぽいこと言ってたっけ?」
「さぁ?」
「困りました。この件に関しては私の独断でお教えはできません。はくちゃんはどう思いますか?」
終始、緩慢とした動作のルグーグは白兎の方を向く。
「わいの意見を言わせてもらいますと、この情報は両側が知っていて対等だと思います。ですので知るべきかと。しかし、これはわいの意見であり決定を左右することは出来ません」
「んー。ではあの方に電話でお訊きする他ないですね」
「その方が確実かと思います」
「六条優也さんノアさん少々お待ちください」
するとルグーグは黒電話に手を伸ばした。ダイヤルは回すことはなく相手が出るのを待つ。
「お疲れ様です。ルグーグでございます。お時間よろしいでしょうか? ――はい、流石でございます」
「誰と話してんだ?」
ノアはルグーグを指差しながら白兎に訊く。
「それは教えられへんな」
だが白兎は首を横に振りながらそう答えた。
「はい。畏まりました」
電話越しでも頭を下げたルグーグは顔を上げると受話器を戻す。
「それではモーグ・グローリさんが探している入口について出来る範囲でお教えいたしましょう。まず入口とはザビウムの扉に続く入口の事です。この扉は六年間世界のどこかで開き続け、十三年間は固く閉じ姿を消します。そして、五年前程から貴方がたの国である日本のどこかで扉が開いているとの噂が広まっているのです。モーグ・グロ―リさんはこの扉をぬらりひょんさんと八咫さん大嶽丸さんと共に探し続けているようです」
「そのザビウム? へ行くと何があるんですか?」
「何があるかは分かりませんが、なんでもそこに辿り着けたのなら望みが叶うと言われています」
「その扉ってやつはどこにあんだよ?」
「それはお教えできません。というより私にも教えられていないのです」
ルグーグは首を横に振りながら言った。
「誰かの家のドア、洞窟の中、森の中、はたまたそのあたりに置いてあるただの箱。どこにでも可能性はあります。ですので発見することは非常に困難なのです。それに加え、仮に発見できたとしても扉の前には獰猛な門番がいるとも言われていますので開くのもそう簡単ではないでしょう」
「モーグ・グローリもそれを訊きに来たんですね」
「その通りです」
「彼らにはノア以外の別の目的があった。うん。それなら納得がいく」
優也はそう呟きながら自己完結させた。
「何にだよ?」
一方でノアは首を傾げたまま。
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