【70+滴】目は心の鏡2

 一方、ノアと優也は青木ヶ原――富士の樹海へ足を踏み入れていた。この日の樹海は運悪く濃霧に覆われていた。


「初めて来たけど聞いてた通り神秘的な場所だよ」

「視界悪すぎんだろ」

「霧がすごいからね。これは離れないほうがいいかも。見つけられる自信ないし」


 そう言って振り向くがさっきまで居たはずのノアの姿は既にない。


「あれっ!?」


 辺りを見回すがどこもかしこも霧に呑まれた樹海が広がっているだけ。

 すると一人取り残された途端、濃霧は飢えた獣が潜んでいるのではないかと思わせる程恐ろしい存在へと変貌し始める。更に風が吹く度に騒めく木々がより一層不気味さを増幅させていた。

 するとそんな優也の肩を何者かが後ろからポンポンと叩かく。その瞬間、弾む体。強く、速く鼓動する心臓。恐怖一色に染まった優也は恐々と振り返った。


「わっ!!!」


 両手を開き大声を出すのはノア。顔を近づけながら驚かしてきたのだ。

 だが優也は恐怖も相俟って腰を抜かし、一方ノアはしてやったりと笑う。

 しかし立ち上がった優也は腕組みをしながらムスッとした顔を逸らした。それを見たノアの笑い声は段々と小さくなっていく。


「怒ってんのか?」


 ノアが顔を覗き込むと反対方向へ逸らす。


「これはヒドイと思う」


 その言葉から十分伝わる優也の怒り。


「わりぃ」

「本当に反省してる?」


 ノアは何度か頷いた。


「じゃあ……いいけど」


 そして優也の表情はいつも通りに戻り組んでいた腕も体の横へと戻った。

 するとノアが少し顔を傾け優也の後ろを見遣る。


「おい。今、あそこに何かいたぞ?」

「もう止めてよ」


 また脅かそうとしていると思った優也は溜息交りに返す。


「ほんとだって!」


 その必死そうな声に半信半疑で振り返るとそこに生えていた木へ向かう。


「誰かいますかー?」


 そう言いながら木の裏を覗こうとすると真っ白な兎がひょいっと裏側から顔を出した。まん丸い目に長く堂々と立つ耳、穢れの無い白い毛に覆われた兎。


「ほらいたじゃねーか!」


 兎を指差し声を上げるノア。


「疑ってごめんなさい」

「これでお相子だな」


 素直に疑ったことを謝った優也は視線を兎の方へ。そしてしゃがんで手を差し出した。


「ほら。怖くないからおいで」


 兎はピョンピョンと軽快に優也の方へ寄って来ると手に鼻を近づけてきた。そして何度か匂いを嗅ぐと優也の顔を見上げる。


「なんや。兄ちゃん、人間ちゃうな」

「え……?」


 突然、二足歩行になり話し出した兎に優也の目は点になった。


「コイツしゃべったぞ!」


 その一歩後ろで目を輝かせたノアが兎に近づく。


「コイツちゃうわ! 白兎はくとっちゅー立派な名前があんねん!」


 自らを白兎と名乗る兎は少し苛立ちを見せるがそこまで怒っている様子ではなかった。


「人間ちゃうっちゅーことは……。見たところ吸血鬼ってとこやろ?」

「あぁ、はぃ」


 理解の追いついていない優也は一応返事だけした。


「こんなとこに何しに来たんや? 怪我する前にはよ帰ったほうがええで。今日はからな」

「アレってなんだよ?」

「なんや? そんなことも知らんとここへ来たんかいな?」


 すると突然、地面が一定のリズムで地震の如く揺れ始めた。


「ほれ噂をすれば来よったで」


 白兎が顎でしゃくった方向、後ろを振り返ったノアと優也の視線の先では人型の大木がこちらへと向かって歩いてきていた。腕のように生えた太い枝を振り途中から二股になっている幹で歩みを進める。その大きさはトロール族を思わせた。


「えーっと……これはなんでしょうか?」

「どーみても木のバケモンだろ」


 二人は突如現れた人型の大木に呆気に取られていた。

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