【70滴】目は心の鏡

 そこは長い会議机だけが照らされた空間。光が見下ろす以外は暗闇に包まれ広さすら不明。

 そんな机端の席に座る影は二つ。一つは黒と赤を基調とした山伏装束のような服装で頭襟を被り、折りたたまれた漆黒の翼を持つ鴉天狗の八咫やた。もう一つは長大した後頭部に羽織と着物を纏い煙管を吸うぬらりひょん。

 するとそこへ頭に二本の角を生やし目尻の上辺りに深い傷跡の残るたっつけ袴に和装コート姿の巨体、大嶽丸が現れ二人の正面に腰を下ろした。


「遅いぞ」


 先に座っていた八咫は目を閉じ腕組みをしながら一言。その口調は横一線を描き高揚はない。


「あぁ? わざわざ来てやってるんだ! うるせぇぞ」

「ふんっ、全く……デカいのは図体だけにするんだな」


 だが八咫は小バカにするように鼻で笑った。


「同盟を結んでるからってあまり調子に乗るなよ? チキン野郎」


 そんな八咫に対し大嶽丸は前のめりで今にも掴みかかりそうな勢い。辺りには一瞬にして張り詰めた糸のような緊張が張り巡らされた。


「鬼神魔王とも呼ばれるお前がそんな安い挑発をするとは笑止千万だな」

「俺より勝ってんのは飛べるだけの雑魚が。死にてぇようだな?」

「止めんか。聞くに堪えん会話じゃ」


 すると間に割って入った煙管をふかしていたぬらりひょんが呆れ気味で言い放つ。


「指図してるんじゃねーぞ。老いぼれが。なんならこの場で二人まとめてぶっ殺してやろうか?」

「なんじゃと?」


 その言葉にぬらりひょんは大嶽丸を鋭く睨みつける。八咫も無言のまま鋭い眼差しを向けていた。

 沈黙と言うには余りにも殺気の飛び交うその場に居合わせたいと思う者は皆無だと断言してもいい程に、雰囲気は最悪。


「なんとも微笑ましい光景ですね。やはり仲が良いというのは素晴らしものです」


 しかしそんな雰囲気を無視するような言葉が三人を包み込む。

 そして最初からそこに居たのか、途中から現れたのか、いつの間にか議長席に座り右手のマリーと戯れるグローリへと同時に三人の視線が集まった。この日は左手にいるはずのホズキの姿はない。


「今回は何用で我々を集めた?」


 代表するように八咫がグローリへと尋ねた。


「みなさんとお会いするのに用なんていらないでしょう」

「てめぇのおふざけに付き合ってる暇はねーんだよ」

「同感だな」

「つれないですね」


 だがそう言いつつも落胆した様子は無いグローリ。

 そして彼は視線をマリーから三人へと向けた。


「さて――では、本題に入りましょう。まず例の入口は見つかりましたか?」

「痕跡すら見つかっておらん」

「こっちもなんにも見つかってねーな」

「同じく。――しかしこれだけの人数で探しても見つからんとなると存在すら疑いたくなってくるものだがな」

「それは同感じゃの。本当にこの国にあのの入り口があるのか?」

「ありますよ。ザビウムの理想郷へ続く扉が……」


 グローリは視線はそのままマリーの頭を指で撫でながら返事をした。


「この件は引き続きよろしくお願いします。それともうひとつ。吸血鬼への手出しはしないでいただきたいですね。あれは私の獲物ですから」

「独り占めしようってか?」

「どう思おうと構いませんが、もし奪うつもりならその時は……」


 言葉を止めると口に浮かべた笑みが不気味に見えるほど鋭い眼差しを大嶽丸にそっと向けた。


「容赦はしませんよ?」


 大嶽丸は眼差しと共に向けられた刺し殺されそうな殺気に思わず冷や汗を一滴流す。同時に、漏れた殺気を八咫・ぬらりひょんも感じ取り辺りには緊張感が漂った。だが先程までの一触即発の元は違い、それは肉食獣が獲物を狩る時の緊張感。


「冗談ですよ」


 だがすぐにさっきまでのが嘘のようにケロッと表情を変えて見せるグローリ。


「訳の分からんやつじゃ」

「もしほしいのであれば死体でよければ差し上げますよ」

「別に食いたかねーよ」


 大嶽丸はグローリから視線を逸らし答えた。


「下級の奴らは吸血鬼の血に侵されるリスクよりも力を得られるリターンの方が大きいかもしれんがわしらはそうじゃないからの」

「それにでは百パーセントは力を得られないですからね」

「だがあれほど猛威をふるった吸血鬼がこうもあっさりと全滅まで追い込まれてしまうとはな。それもたった一人の男の手によって」


 八咫はグローリを横目で見た。


「終わりというのは突として訪れるものですよ。まぁこの件に関してはまだ終わってませんがね」

「吸血鬼って名を聞くだけでファレスの野郎を思い出すぜ」


 目尻の少し上辺りに残る傷跡へ指をやった大嶽丸は宥めるようにそっとなぞった。


「あの野郎だけはこの手で


 その言葉からは確固たる憎しみと殺意などの負の感情が感じられた。


「私からの話は以上です。この後はご一緒にお茶でもどうですか?」


 その誘いに対して真っ先に立ち上がったのは大嶽丸。


「同盟は結んだが戯れる気はねー」


 そう言うと暗闇に向かって歩き出した。


「同盟なんて知ったこっちゃねーぜ。俺様は欲しいものは全部いただくだけだ」


 去り際に小さく呟き不敵な笑みを浮かべた。と同時にその場にいたぬらりひょんと八咫も同じことを考えていたらしく静かにそれを受け止めた。


「こればかりは大嶽丸の言う通りじゃな」


 そして次はぬらりひょんがそう言い残し立ち上がると闇へと消えていった。

 残った八咫は目を瞑り相変わらず腕組みをしている。


「おっ! 八咫さんはご一緒にお茶を?」


 少し間を空け開いた八咫の双眸はグローリを見遣る。


「お前は得体が知れず不気味だ。一体何を企んでいる?」

「何をと言われましても。私は吸血鬼を一人残らず殺し、ザビウムの扉を開きたいだけですよ」


 目を見据えながら聞いていた八咫は腑に落ちない様子だった。


「その言葉、本心ではないな。やはり不気味だ。今のお前とは湯飲みも杯も交わせんな」


 そう言うと八咫も立ち上がり去って行った。


「あらら。結局全員に振られましたね」


 机の上で蜷局を巻くマリーは心配そうにグローリを見上げる。そんなマリーの頭を指で撫でた。


「何を企んでいるのか? ですって? ――何かを企んでいるのはあなたがた全員でしょ」


 撫でる指を止め手を差し出すとマリーは滑るように登っていく。


「虎視眈々と然る可き時を待っている者ほど恐ろしく心躍る存在はありませんね。まるで空腹を抑え込みながら獲物と戯れる獣のようです」


 そう言う顔には嬉々とした笑みを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る