【68+滴】兄弟船2

「誰かいますかー?」


 外から見たところ人けが無かったので、優也は少し大きめの声で尋ねた。


「ここだ」


 だが返ってきた声は意外にも真後ろからだった。思わぬ方向からということもあるがそれより彼の声量に対しての驚きで体が一瞬跳ねる優也。

 振り返ると背後には釣り具を担いだ大男が立っていた。着ていたタンクトップが窮屈そうに見えるほど鍛え上げられ日に焼けている体は威圧感を感じる。


「あの船を出してくれるって聞いたんですけど」

「あんたらがさっちゃんの言ってた人らか。俺は船長の魚住 誠栄せいえいだ。まぁ乗れ」


 自己紹介を返す暇もないまま二人は追い立てられるように船に乗り込む。そして最後に乗った誠栄は釣り具を置くと早速出発の準備を始めた。


「小ノ海島に行きたいんだったよな?」

「はい。よろしくお願いします」

「よし! それじゃあ出発するぞ」


 鳴り響くエンジン音の中、誠栄は舵を握った。


「どんくらいで着くんだ?」


 ノアが船の音に掻き消されないように少し大き目の声で質問を投げかけた。


「二十分ぐらいだ。それまで海でも眺めときなお嬢ちゃん」


 先程と声量は変らないが充分聞こえるその言葉通りノアは適当に座ると進路方向をぼーっと眺め始めた。


「そういえば、港で間違えて兄弟船? の方に行ってしまったんですけど船にも兄弟ってあるんですね」


 優也は聞こえ易いようにいつもより大声で話掛けた。


「これの造船者が俺のじーさん――魚住 源一郎げんいちろうなんだが、箱を造ったのがじーさんの弟子なんだ。でも設計自体は両方ともじーさんがしたんだと。じーさんが言うには所々を似せて兄弟船にしたらしんだよ。それでじーさんが造ったこの疎迂丸が兄貴船で弟子の方が造った箱が弟船っつーこった」

「それで兄弟船なんでんすか」

「実はこのじーさんがプログラマーから造船業に転職したっつー面白い人でな」

「すごい職歴ですね」

「どっちでも有能だったらしいんだが、ばーさんの話じゃ若い頃は浮気癖がすごかったらしくてな。バレてもバレても止めなかったって呆れながら話してたよ」

「随分とモテたんですね」


 そう答える優也の表情にはお婆さんと同じようにどこか呆れた笑顔が浮かんでいた。


「浮気が分かるたびに嫉妬してたばーさんはあの手この手で浮気相手との関係を崩してたって話だ」

「それにしてもよく別れなかったですよね」

「それは俺も言ったんだが、別れるって選択肢は無かったって言ってたな。だけど、何回かじーさんを殺して自分も死んでやろうかって思ったこともあるって穏やかな顔で言った時はさすがに怖ぇと思ったよ」


 誠栄はそう言うと体格に見合うほど豪快な声で笑った。


「でもそれだけおじいさんのことを愛してたっていうのは伝わります」

「まっ、浮気癖があったじーさんも嫉妬深いばーさんも最後は幸せに暮らしてるから良かったけどな。―――そういやじーさんはよく『最高のプログラムも組める、最高の船を造れる、女も喜ばせられる俺は神の子かもしれん』つってたな」


 今度は思い出を懐かしむように静かに笑う誠栄。


「まぁそんなじーさんからもらったのがこの船なんだよ」

「そういえばこの旗はどいういう意味なんですか?」


 優也ははためく『V』マークの旗を見上げながら指差した。


「何でかは知らんが、じーさんはピースサインが好きらしくてな。そのマークだと」


 それからも話をしていると誠栄の言う通り二十分ちょっとで船は小島に到着。島から伸びた木製の浮桟橋に停船したところでエンジンは沈黙した。


「俺はここで待ってるから終わったら戻ってこい」


 そう言うと誠栄は釣りの準備し始めた。


「そんなに時間は掛からないと思いますので」

「さんきゅーな」


 そして船を降りたノアと優也は浮桟橋を渡り石段を上って行く。そこには生い茂った草木に挟まれた一本の砂利道が伸びていた。

 その道を更に歩いて行くと少しして姿を見せた小さな家。そのままドアの前まで足を進めるが、そこにはインターホンが見当たらない。仕方なくノックと声で呼びかける。

 だが、返事はおろかドアが開く様子もない。


「いねーじゃん」

「留守なのかな?」


 留守だった場合を考えていなかった優也がどうしようかと考えていると、家の横側から声が聞こえてきた。


「ここにおるぞ」


 声のした方を覗くとそこには老眼を掛けた白髪の老人――森川茂正が麦わら帽子を被って立っていた。首からタオルを巻き長袖長ズボンに長靴を履いてる。そして手と長靴には土が付いていた。


「幸江さんのところの人じゃなさそうだな。だとすると……榊原くんのところの人……って雰囲気でもないな」


 優也達の正体に見当が付かず森川は首を傾げ考え始める。


「初めまして、六条優也です。こっちはノア。ここのことは榊原さんから伺ったんです」


 そんな森川が次の予測を思い付く前に優也は自己紹介と榊原の名前を出した。


「あぁ榊原くんの友人か。わざわざこんな所まで何の用だい?」


 話しをしながらも森川は傍にある水道で手を洗い始めた。


「実は、吸血鬼についての話を聞きたくて来ました」


 その言葉に手を止めることはなく首に巻いていたタオルを取ると濡れた手を拭き始める森川。


「悪いけどそれらについては他言しない約束でね」


 そう言うと老眼を外し今度は顔を拭く。


「大丈夫です。榊原さんから許可は頂いてきましたので」


 無暗に話すことが出来ないのを知っていた優也は榊原から貰った封筒を手渡す。それを受け取ると森川は老眼を掛け直し中から紙を取り出しては目を通した。


「うむ。では役に立てるかは分からないが協力しよう。まずは中に入ろうか」


 そう言って森川は水道近くに置てあったサンダルに履き替えると玄関へ向かった。

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