【68滴】兄弟船

 眠りについたはずの優也は、気が付くと枯れた草原に立っていた。上を見上げれば灰色の空。足元の草もよいく見れば枯れているのではなく、ただ色を失っているだけ。そして風も無ければ、音もない。

 そこは静寂が充満したモノクロの世界だった。

 だが、困惑の中に不思議と存在していた懐古の情。それはまるで昔馴染みの場所を久方ぶりに訪れたような感覚だった。


「時間切れは近いぞ。それに俺自身の限界もな」


 すると突然聞こえてきた低く静寂に紛れるような声に辺りを見渡すが、人影は無くただ只管にどこまでも同じ景色が続いているだけ。


「どこにいるの?」


 声に対し優也が訊いたのは居場所。誰なのかは訊かず――というより彼にとってそれは重要な事ではなかった。それは意識の光が届かない深い心の奥底では何者か見当がついていたからなのかもしれない。


「この場所が最後の砦。だが見つかるのも時間の問題だ」

「どういうこと?」


 声には優也の言葉が届いていないのか答えは返ってこない。


「だが、はなからお前には期待してないがな」


 そう言い残すと視界は電源を切ったテレビのように途切れた。

 だがそれと入れ替わる様に目を覚ました優也。外ではすでに太陽が新たな朝を告げ終え何度も味わった朝を迎えていた。

 しかし今日のはあまり気持ち良いとは言えない。そんな気分を抱えながら優也はベッドから出ると囲炉裏の傍に腰を下ろし茶釜でお茶を入れ始めた。冷えた朝の空間に漂う湯気。飲み込まれても存在感を放つ熱いお茶と鼻腔から抜けていく香りは心地好い。

 そんな目覚めた時とは一変した朝の時間をまったりと過ごしていると、ノック音が三回揺り籠のように響いた。優也の返事で開いたドア。向こうには正座をした女将の姿があった。


「失礼致します」


 平伏の後、横に置いてあった(布でコーティングされた)籠を二つ手前へと移動させては静かに差し出した。


「お洗濯させて頂きましたお洋服でございます」

「ありがとうございます」


 そんな女将へ座りながらだが頭を下げる優也。


「また船の修理が完了したとのことですので、出航の方はいつに致しましょうか?」

「もう直ったんですか! じゃあ、早速今日お願いします」

「かしこまりました。それでは朝食の方はいつお持ちいたしましょう?」

「えーっと……一時間後にお願いします」

「かしこまりました」


 見ていなければ閉めた事にすら気が付かない程にそっとドアが閉しまると、優也はまず露天風呂に入ってから黒いパンツと白いシャツに着替えた。

 それからまだ夢の世界を満喫しているノアを起こしに行く。だが無理やり現実世界に連れ戻された所為であまり機嫌は良くなかった。


「ん~、もう少し……」


 そう言いながら毛布を頭まで被るノア。優也はまるで娘を起こす母親のように中々起きないノアに対して溜息を零す。そして十五分後、再び起こしに行くが反応は相変わらず。だが今度は心を鬼にして無理やり起こした。

 渋々といった様子のまだ覚束ない足取りのままハンモックから降りたノアの髪の毛は寝癖の巣窟。しかしそんな事など微塵も気にもせず、彼女は枕を片手に抱えながら欠伸をした。


「お風呂でも入ってスッキリしてきたら?」


 生返事をしたノアは言われるがままお風呂へ足を運んだ。そして出てくるころにはぽかぽかとした体にいつもの格好を身に纏っていたノアだったが、依然と眠気は残っている様子。

 そんな彼女が和室へ向かうとそこには既に美味しそうな朝食が用意されていた。それを目にするや否や早足で既に食べ始めていた優也の向かいに座り、すぐさまお箸を手に取るノア。


「目は覚めた?」

「この匂いで今覚めた」


 そしてすっかり目覚めたノアも並べられた朝食へと箸を伸ばし始めた。


「で? これからどうすんだ?」


 食べている合間の隙を突くように今後の事を質問するノア。


「ご飯食べたら船に乗って森川茂正さんって人に会いに行く予定だよ」

「誰だよそれ」

「こっち側を研究している人らしいけど」

「そんなやつに会ってどうすんだ?」

「吸血鬼について訊こうかなって思ってね。僕の問題を解決するヒントがあるかもしれないし」

「なるほどな。これおかわりないのか?」


 分かっているのかいないのか、そんな様子のノアは米粒一つ残ってないお碗を紋所のように突き付ける。それを見た優也は少し得意気に隣に置いてあった木製おひつを持ち上げて見せた。


「そういうと思って持って来てもらったよ」

「やるじゃねーか! んじゃ、入れてくれ」


 優也はお碗を受け取ると大大盛でご飯の山を築く。それからも美味しく楽しい朝食は続いた。

 そして朝食を食べ終えると女将が手配してくれていた車で港へ。港に着くと運転手にお礼を言い、小さな波に揺られリズミカルに踊る船達を見ながら目的の船を探す。


「Vって書かれた旗があるって言ってっけ……」

「V? あれじゃねーか?」


 ノアの指差す方を見遣るとそこには風にはためくVのマークがあった。

 その船を外から覗くと作業をしている男がいたので早速声を掛けてみる優也。男は声に気が付くと作業の手を止め近づいて来た。


「『疎迂丸そうまる』ってこの船ですか?」

「それは隣の船だよ。これは兄弟船の『そう』」


 男は隣の船を指を差しながら教えてくれた。その指の先にある船を見ると似たような船の上で同じ様にVの旗が揺れている。

 お礼を言った優也はノアと隣の船へ。

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