【66+滴】思う想い2

 すると、優也とノアが眺める庭へ先ほど感じた何かの正体が姿を現した。

 それは鋭い牙に先の尖った無数の足を持ち合わせせた体長二メートルはあるであろう大百足だった。その数は約二十。


「こんな貧弱そうなやつらが最強とうたわれた吸血鬼? ひゃーひゃっひゃ! 大人しくしておけば痛い目にはブファ!」


 大百足の中の一匹が甲高い声で話し始めたが、その話を遮って殴り掛かるノア。


「えっ! まだ何か言ってたけど?」


 そう言いつつも彼女に続いて優也も参戦。

 数分後、地面を覆い隠すように倒れた百足らはもう二度と高笑いが出来ない体になっていた。

 そんな光景の中、屍の上に立ち体に飛び散った体液を拭う優也とノア。


「折角、お風呂に入ったのに汚れちゃったよ」


 そうぼやく優也らの元へ縁側を歩く静かな足音が近づいて来た。


「失礼いたし……」


 縁側に現れた女将は庭に広がる光景に思わず残りの言葉と共に息を呑んだ。


「いや、あの! これはその……何というか」


 立ち尽くす女将を目にした途端、優也は一瞬にして狼狽えながらも必死に言い訳をしようとしていた。


「きょ、巨大化した百足を駆除しただけなんです!」


 自分で言いながらもこの状況説明は酷いと反省するように感じていた。

 だが、女将の反応は意外なもので口元を隠しクスクスと笑みを零している。


「そんなに焦らなくともご心配は要りません」


 そして口元の手を下ろすとまだ笑みを残しながら彼女は続けた。


「当旅館はINC対策機関公認の旅館です。しっかりと説明を受け事情を理解した上で様々な支援をさせて頂いております。機関員の皆様は既にご説明されていると思っていましたがそのご様子だとまだのようですね」

「は? 俺らは機関員じゃ――」


 優也は慌ててノアの口を塞いだ。


「この旅館がそうだったんですねー。多分、伝え忘れだと思います。もう、こういうことはしっかり伝えてほしいですよねー」

「そうでしたか。それでは、後片付けはこちらで致しますのでお風呂で汚れを落とされては如何でしょうか。入浴後にお夕食をお持ちいたしますので」

「はい。ありがとうございます」


 女将は会釈をするとまた静かに廊下を歩き去って行った。

 そして縁側から女将が居なくなっても依然と口を塞いでいた手を払うように退けるノア。


「何すんだよ」

「いやだってあそこで自分達は吸血鬼です。なんて言ったら話がややこしくなりそうだし。何より女将さんが取り乱しちゃうかもしれないじゃん」

「まっ、俺はどーでもいいけど。それより気持ちわりーから早く風呂に入りてー」


 ノアはそう言うと手に垂れてきていた大百足の体液を払い屋内へ。

 乳白色の湯が張られた檜風呂。それを照らすのはガラス張りの天井から覗き込む月光である天然のスポットライト。マーリン邸のお風呂よりは狭いもののそれは二人で入浴するには十分な広さだった。

 本日二度目とは言え最初と変わらぬ心地好さの中、優也はノア同様に肩までしっかりと湯に浸かっていた。


「檜風呂っていい香りだよね。癒される~」

「少し狭いけどな」

「マーリンさんのとこのお風呂が広すぎるだけだよ」


 そしてノアは両腕を湯から出し縁へと乗せた。


「それずっとつけてるよね」


 そう言う優也の視線は、ノアの手首にあるバングルへと向けられていた。

 その視線を追い、バングルのついた手を顔先までもってくるノア。


「物心ついた頃からだ。確か親父が母親にあげた物のひとつって言ってたな」

「じゃあお母さんから貰ったんだ。ノアのお母さんってどんな人だったの?」

「さぁーな。顔はおろか声も撫でられた記憶も何にもねーよ」

「ごめん……」


 何気ない質問のはずが、それは結果的に申し訳なさと気まずさを齎した。


「謝んなよ。記憶がない分、居ないってことに対してのショックも無いから大丈夫だっての」


 そう言われても何と返していいか分からなかった優也は少し黙り込んでから口を開いた。


「でも、あげた物のひとつってことは他にも何かあげてたってことだよね」

「確か、もうひとつは親父と母親のイニシャルが刻まれた指輪って言ってたな」

「へ~、なんかそういうのいいね。――ちなみにノアは何をプレゼントされたら嬉しいの?」

「んー。――俺は物よりもその気持ちが嬉しいかな」


 予想外な返しに優也は虚を突かれた様子で又もや少し黙ってしまった。


「ごめん。てっきりノアは物より食べ物がいいって言うかと思っちゃった」

「確かに物よりうまい食べもんがいいけどよ。プレゼントだぜ? 相手が俺に何かあげようって思って、何をあげたら喜ぶかを考えながら選んだものを渡す。それだけで何を貰っても嬉しいじゃねーかよ。貰う側からしたらそのあげたいって気持ちだけで最高のプレゼントだろ」


 その言葉に優也は良い意味で開いた口が塞がらなかった。


「かっこいい……」


 それは心から漏れるように出た一言。


「なんか無いはずの僕の乙女心がキュンってなった気がしたよ」

「は? 何訳分からないこと言ってんだよ?」


 そんな会話をしながらも、更にもう少し湯に浸かる二人。入浴中、絶えず浴室からは話し声と笑い声が響いていた。

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