【53+滴】終わり無き苦痛2

 すると姑獲鳥を徐々に現れ始めた血が丸い塊となって覆った。外と内を隔離するように囲った血の塊は次第にどんどん小さくなっていき最後には姑獲鳥ごと消滅。先程まで姑獲鳥が張り付けられていた壁に残ったのは綺麗にくり抜かれた半円だけだった。


「俺がいねー間にコイツを死なせるなよ。いずれは俺のモンだからな」


 振り返ったユウヤがノアにそう言い残すと、糸の切れた傀儡のように倒れ始めた。だが間一髪、床へ倒れる前に優也の体をノアが受け止めた。

 そして少しすると優也は閉じていた目を開きノアを見上げた。


「ノア! 良かった!」


 ノアの姿に安堵が心の奥底から溢れ出す優也は声と共に思わず抱き付いた。


「お、おう。お前もな」


 だが一方でノアは先程のユウヤが気になって仕方なかった。




 喉を摩る隠神刑部。


「もうわらわの幻術は見破れへんで」

「戯言を!」


 試してみる、と言うように玉藻前は一本の短剣を出した。


「幻影だ」


 だが短剣は畳の上にある隠神刑部の左手へと突き刺さった。刃先は手を貫き痛みと血を溢れさせた後にその姿を消したが、依然と事実として残り続ける傷口と痛み。


「何故だ!」


 痛みを凌駕する感情で表情を埋め尽くす隠神刑部はそう声を上げた。


「脳が本物だと認識したからなぁ」

「ありえん! 吾輩の術が幻術を見破るはずだ!」

「確かに、そちの術は見破った。せやけど、触覚が短剣は本物やと判断した」

「吾輩の五感に幻術をかけたというのか! そんなことをすれば吾輩の術が感知するはずだ不可能だ!」

「仕込みはには既に終わってたんやで」


 隠神刑部は玉藻前が言うあの時がいつなのか記憶を探る。


「まぁ、今更、ネタバラシをしても意味あらへんからなぁ」


 すると突然、和室は果てしなく続く暗闇へと変わり、隠神刑部の目の前から玉藻前の姿も闇に紛れるように消えていった。

 そして隠神刑部は気が付くと上下が反転し、両足を闇の中から伸びた鎖で繋がれ宙釣り状態。更に彼の前にはローブを身に纏った骸骨が一人姿を現し、同時に傍に現れたはテーブル。その上にはナイフや鋸、ペンチなど様々な道具が置かれていた。しかもこれからされることを物語るように、そのテーブルや道具にはベッチョリと黒ずんだ血がこびりついていた。


「そちはこれから死ぬことも意識を失うことも出来ないまま寿命尽きるまで苦痛を受け続けることになる。ほな、な」

「ま、待て!」


 隠神刑部の声も空しくどこからか聞こえてきた玉藻前の声が消えると、骸骨はまず刃の長いナイフを手に取り彼の前へ。そしてそのナイフをを時間を掛け腹部に突き刺し始めた。その瞬間、とてつもない痛みが隠神刑部の全身を駆け回りだす。


「術が発動してもいいのか!?」


 痛みに耐えながらも叫ぶ隠神刑部は必死そのものだった。


「術の事なんて忘れてしまうくらいの痛みを与えてあげるから安心してええでぇ」

「あ、あの術は時間がくれば発動するようになってる。吾輩をここから開放すれば解術してやってもいい」


 その言葉に骸骨の手は止まる。

 だが隠神刑部の余裕を装うが必死さの隠しきれない言葉の後、期待の間を空け――玉藻前は声を出して笑った。


「まさかそちが自分の術も感じとれない三流やったとはなぁ」


 その言葉に隠神刑部は感覚で術を確認するがあったはずの術は欠片も感じとれなくなっていた。


「いつの間に! そんな馬鹿な! あれはそこら辺の術者が解術できる代物じゃないぞ」

「残念やったなぁ。――――そうや、ひとつ言うとくわ。わらわは本物の武器は持たへん主義やねん。それとわらわの幻術でわらわは傷つけられない。ほな、楽しんでなぁ」

「玉藻前ー!!」


 無限の暗闇へ虚しく響く隠神刑部の叫び声の中、骸骨は止めていた手を動かし始めた。まるで心臓が鼓動を止めぬように、天に届きそうな程の叫び声もまた響いては残響を追うように絶えることはなった。

 一方、玉藻前の前では隠神刑部が力の抜けた両腕を垂らし上を向きながら目と口を開きっぱなしにして正座をしていた。魂が抜け落ちたような隠神刑部。そんな彼の首から、提げた数珠を掴むと一気に引き千切った。


「これはあの子らがそちのような輩から身を守れるように作ったもんや」


 数珠の玉は地面に落ちるとそこから青い光が飛び出し玉藻前の中へと戻っていった。

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