【53滴】終わり無き苦痛
床に仰向けで転がる優也の傷は、最早ほぼ再生していなかった。そんな無数の傷の所為で動けずにいる彼の元へ悠々と降下してきた姑獲鳥。
「まだ息があるの?」
そう言うと足で首を絞め優也の薄れゆく意識を加速させる。
「(僕にもっと力があればノアも……)」
心の中で悔恨の念に駆られながらも抵抗する力はなく段々と瞼が閉じていく。
――気がつくと優也は色の無い草原で寝ていた。こんな白黒の世界では現実か夢世界かすら分からない。
すると突然、頭の上から顔が覗く。しかもそれは自分と瓜二つの顔だった。ただ違うのは瞳が青いということだけ。その人はこの白黒の世界で唯一の色を持っていた。
「よう」
「――誰?」
「誰? だ?」
「でも、何でだろう。なんだか懐かしい感じがする? ――いや、ここじゃない」
郷愁にも似た感覚を感じながらも、しこりの様な小さな違和感は素直に懐かしさを味合わせてくれなかった。
そんな優也の双眸を青目のユウヤが片手で覆うと、誘われるように瞼は閉じ視界は暗闇に包み込まれる。
そして草達に連れ去られるように、優也は地面へと呑み込まれていった。
「俺が誰かだと? 俺はお前だ」
そう言い残し青目のユウヤは草原の彼方へと消えていった。
姑獲鳥の足に首を絞められ意識を失っていた優也だったが、目覚めるように瞼が上がり始める。徐々に姿を見せる瞳――それは深紅ではなく深い青色をしていた。
そして目を覚ましたユウヤは、苦悶に表情を歪める事なく首を絞めている姑獲鳥の足首を片手で握るともう片手で拳を握ってはその足へ。握られていた部分の骨は砕け、殴られた部分は折れた骨が皮膚を突き破りそこから血が噴水のように噴き出した。
突然の事に姑獲鳥は思わずユウヤの顔をもう片足で蹴り宙に飛び上がる。足の激痛に顔を歪めた姑獲鳥に見下ろされながらユウヤは立ち上がると前髪を掻き上げた。
そして挑発的な余裕の笑みを浮かべる。そんな彼の傷はもう既に全て再生し切っていた。
「死に損ないが!」
足をやられた上に嘲笑するようなユウヤに対し、怒りに身を任せた叫び声を上げる姑獲鳥。
だが彼女の視界から突然ユウヤが消えたかと思うと次の瞬間、その姿は眼前へ。薄笑いを浮かべたユウヤは姑獲鳥の顔を鷲掴みにすると、勢いのまま壁へと投げ飛ばした。そして常人の目は追えな程の速度で壁にぶつけられ、ボールのように跳ね返った姑獲鳥の顔を再度掴むとそのまま壁に叩きつけてしまう。それから壁へ削るように押し付けながら床まで投げ飛ばした。
後を追いユウヤが床に降りると這いつくばる姑獲鳥の真下から鬼手が現れ三度、壁へと叩きつけた。既にかなりのダメージを受けたであろう姑獲鳥がふらつきながも立ち上がると、壁から出てきた首錠と鬼手が彼女を捕らえる。
その間にユウヤは血で作られたナイフを二本、手に出していた。そしてまるでダーツでもするように投げられたナイフは、姑獲鳥を押さえつけている鬼手を貫通して両翼を壁へと貼り付ける。ナイフが貫通すると鬼手は消え、両翼を広げた姑獲鳥は壁に十字型で捕らえられた。
「雑魚が。準備運動にすらならねぇ」
愚痴るように呟きながらユウヤはボロボロの姑獲鳥に近づく。
「殺しなさい」
姑獲鳥の鋭い目に睨まれるユウヤの手にはいつの間にか赤と黒で彩られた鍔の無い太刀が握られていた。
そして返事はせずその太刀で折れていない方の脚を斬った。彼へ向けられていた眼光は消え、痛みに声を上げる姑獲鳥。
「どうだ? 生きてる感覚は?」
そうニヤリとした表情のユウヤだったが、背後に人影を感じると自分のペースで振り返った。
そこに立っていたのはノア。
「――お前誰だ? ユウはどうした?」
「安心しろココだ」
ユウヤはそう言って立てた親指で胸を軽く叩く。
「さっさと殺しなさいよ!」
そんなユウヤの後ろで姑獲鳥が痛みに耐えながら叫ぶ。彼女に対しユウヤが鬱陶しいと言いたげに頭を掻きながら振り向くと顔横の壁から鬼手が生え口を塞いだ。
そして再びノアの方を向きながら太刀を姑獲鳥の脇腹に刺す。鬼手からは苦痛に染まった声が微かに漏れた。
「わりぃな。うるさくて」
「お前、誰だ?」
「知る必要はねーよ。それだけか?」
「お前を潰したらユウは戻ってくるのか?」
「俺を潰す?」
その言葉を鼻で笑い飛ばすとユウヤは太刀のように鋭い眼差しを向けた。
すると、突如ノアの正面から胸へ侵入した手が心臓を貫いてはそのまま背中から飛び出した。体を貫通し顔を出した手は血で濡れ、艶やかに赤く染まっている。
だがハッと我に返ったノア。額からは冷汗が流れる。
実際は体など貫かれておらず今のは彼女が見たただの幻覚だった。しかしながら胸には貫かれた生々しい感覚が残り妙に気持ち悪い。
そんな感覚に表情を歪めるノアに対しユウヤは澄ました顔をしていた。が、急に舌打ちを零す。
「チッ! はえーな」
そう呟くと姑獲鳥の方に軽く開いた手を向ける。
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