【52+滴】外れたスポットライト2

 畳の上に仰向けで倒れていた玉藻前の脇腹には刀が突き刺さっていた。

 一方、隠神刑部はというとバルコニーから夕日が沈みきるのを悠然とした様子で眺めていた。

 そして最後の光が消え夕日が沈みきったのを確認すると玉藻前へ視線を移す。


「そろそろ吾輩の術が発動する頃だ。寂しくないようおぬしの愛する家族達も送っておいてやろう」


 言葉を並べながら中へ足を進め、刀を引き抜いた隠神刑部は刃先を彼女の首へ。その際、刀に付いた血が一滴だけ首へと落ち残りは染みるように消えていった。


「さらばだ」


 その言葉の後、隠神刑部は刀を振り上げた。

 するとその時――マーリンの耳に入っていた通信機にアモの声が届いた。


「マーリン様、完了です」

「分かったわ」


 その言葉に返事をしたマーリンは尾に体を縛られながらも安堵の混じった笑みを浮かべる。


「こちらはもう大丈夫ですので」

「みんな反撃開始よ」


 他の五人の耳へ同時に届けられたマーリンの言葉。

 隠神刑部が振り下ろした刀は首に到達する直前で割り込んだ扇子に阻まれた。そんな玉藻前はマーリン同様、安堵に満ちた笑みを浮かべた。


「もうダメかと思ったわ」

「何を言っている?」


 自分の勝ちを微塵も疑っていない隠神刑部は危機的状況にいるはずの玉藻前がなぜ安堵しているのか分からないといった様子。

 すると、隠神刑部の首に提げた数珠は輪を縮め、主人の首を絞め始めた。突然の事に刀を落とし、後ずさりしながら数珠を両手で掴んではどうにかしようと必死で踠くが、数珠はビクともしない。

 その間に立ち上がろうとする玉藻前だったが、体中の痛みに一瞬動きが止まる。


「っつ! 手ぇ抜きすぎたみたいやなぁ」


 苦悶の中しゃがみ込む隠神刑部の前へ傷だらけの玉藻前が来ると、首を絞めていた数珠は何事もなかったかのように元に戻った。

 だがそれどころではない隠神刑部は、顔を伏せ片手を畳に着けては荒々しく呼吸を繰り返していた。

 そして少し息を整えてから顔を上げ目の前にに立つ玉藻前を見上げた。


「何をした?」

「幻を見破れるんや無かったん?」





 尾に縛られ体の自由を失ったマーリンの顔先に突如現れた古書。分厚い古書は独りでに開いたかと思うととどんどんページが捲れいく。

 一方それと同時にマーリンは呪文を呟き始め、それに反応した古書からは光と纏った古代文字が文字通り本の中から飛び出してきた。次々と浮遊する文字はマーリンを囲い回り始める。


「何をしようとしてるか知らないけどもう遅いワ」


 そんなマーリンを眺めていた磯女は平然としており、尾に力を込め徐々にマーリンの体を絞めていった。

 それに伴い息苦しさに襲われるマーリンだったが、何とか呪文へ意識を集中させ続ける。

 そして更に絞める力を強めた尾はついにマーリンの意識を奪ってしまった。それと同時に古書は音をたてて閉じ、周りを回る文字達の光が消え、ボロボロと落ちてゆく。


「さようなら」


 だがそう言葉を口にした磯女の後ろには、いつの間にか黒くボロボロなローブを纏い大きな鎌を持った巨大な死神の姿が。フードの中では白い髑髏が闇よりも深い双眸で磯女を見つめ、剥き出しになった歯は命を狩ることを楽しんでいるようだった。

 その禍々しい気配に表情を一変させては勢いよく振り返る磯女。

 しかしその姿を目にしたのと同時に死神の鎌が首を刎ねた。磯女の首が宙を舞う中、役目を終えた死神は闇に紛れるように消えていく。

 そして力の抜けた尾から解放されたマーリンはぐったりと床へ転がった。

 だが少しして激しい咳を何度もしながら意識を取り戻した。まだ息が整わないまま寝返りを打ち天井を眺める。


「最後はギリギリだったわね」





 少しでも血を止めようと傷口を押さえ、片膝を着きながら俯くレイと近くで毛槍を手に未だ動揺から抜け出せないアゲハ。

 そんな中、海座頭の琵琶が危機迫るような音色を奏で始めると、アゲハの意思などは関係なく彼女の両手は毛槍を振り上げた。


「ほれ、楽にしてあげるんじゃ」


 その時、海座頭の後ろの壁が音を立てて崩壊し始めた。

 青天の霹靂に海座頭は琵琶を引くことを止め音の方を振り返る。

 一方で音色が止まったことによりレイは呪縛から解かれ、アゲハも体が自由になった。

 しかし休む暇など無くレイは痛みに耐えながらも隙の生まれた海座頭へと走り出す。そして崩れた壁から薄暗くなった外へ顔を向ける海座頭は、レイのその足音にすぐさま顔を戻した。

 だが既にすぐそこまで迫ってきていたレイは、左足を突き出し琵琶ごと海座頭を蹴り飛ばした。二つに割れた琵琶を提げ壁まで飛んでいく海座頭。あと数センチでもずれていれば崩れた部分から外へ放り出されていたのだが、狙ったのか彼の体は壁に受け止められた。

 そんな海座頭にレイに続いていたアゲハは今までやられた分を返すように力を込めて毛槍でトドメを刺す。アゲハの気持ちとは相反し冷たい鉄の穂に貫かれた心臓は、血涙を流しながらその長きに渡る鼓動に終奏を迎えた。

 一方、海座頭を蹴り飛ばしたレイは依然と血が溢れる脇腹を押さえその場に腰を下ろしていた。


「ちょっと大丈夫!?」


 そんなレイにアゲハが駆け寄る。

 すると、崩れた壁の外からノアが鬼手を使い上がってきた。ノアの姿を目にしたレイは微笑を浮かべる。


「本当に助かったぜ」

「なんか知らねーけど大丈夫か? すげー血だぞ」

「まぁな」


 そんなレイに近づいたノアはアゲハの手に持つ毛槍に目をやる。


「ちょっとコレ借りるぜ」


 返事より先に毛槍を取ると掌を軽く切った。それから軽く手を握り血をレイの傷に数滴垂らす。


「そんなに効果はねーと思うけど少しはマシになるだろ」

「わりぃな」

「じゃあ、俺はユウのとこに戻るから」

「あぁ」


 そしてレイとアゲハをその場に残し、ノアは上の階へと戻って行った。

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