【52滴】外れたスポットライト
隠神刑部は瓦屋根に突き刺さった菊正壱文字を抜くと夕日を反射させながらその刀身を撫でるように眺めた。
それから玉藻前を追って城の中へ。バルコニーから中へ入ると血が飛散した畳の上に仰向けの玉藻前は倒れいた。
そんな彼女の足元に立った隠神刑部は握っていた刀へ再び視線を添わせた。
「この刀が妖刀と呼ばれる由縁は、血を吸い切れ味が増す――かららしいな」
呟くように言うと隠神刑部は玉藻前を跨いだ。
「折角だ。試してみるとするか」
そう言うと刃先を下へ向け持ち替え、彼女の左肩へ勢い良く振り下ろしては突き刺す。刃先は肉を貫通し、骨を削りながら体内を進行しては、肩を貫通すると畳まで届いた。
それと同時に玉藻前は肩から走る激痛に下唇を噛み顔を歪める。
だがそんなことなど気に止める様子のない隠神刑部は刀を引き抜くと刃先を天井へ向け、刃に流れる血を眺めた。芸術的で滑らかなその刀身を流れていく赤き鮮血。それは見る者に美しさと狂気を同時に感じさせるような光景だった。今のこの刀を言い表すならば『血も滴るいい刀』といったところだろう。
そして柄に向かって流れてゆく血だったが――その最中、蒸発するとも違い染みるように刀へと吸い込まれていった。それは正に刀が血を飲んだ。そう表現せざるを得ないような光景。
「なんと美しい刀だろうか……」
それを眺めながら、その美しさに酔いしれる隠神刑部。
だが玉藻前に視線を移すと、そっと首元に刃を添えた。
「それにこの手であの金色九尾の首を取れるとはな」
だが直ぐには斬らず、まるでその瞬間を噛み締めるように沈黙の中、玉藻前を見つめる。
すると、隠神刑部は斬り付ける事無く刀を離した。
「おぬしの為に先に仲間を送っておいてやろう」
そして視線を上げ前を向き、首から提げた数珠が光り出す。
すると、磯女・海座頭・姑獲鳥の元に隠神刑部が現れた。
「もう終わりだ。やれ」
それだけを告げると三人の所に現れた隠神刑部は姿を消した。
頭からは今も血が流れ、体中に傷を負ったマーリン。
そんな彼女の前には左腕の肘から下が無くなった磯女。彼女は隠神刑部が消えると笑みを浮かべて見せた。
「もう少し遊びたかったけど残念だワ」
「いつでも殺れるように聞こえるけど?」
「そう言ってるのよ」
すると突然、マーリンの足元から磯女の尾が飛び出したかと思うと、瞬く間に体へと巻きつき自由を奪った。
マーリンはこの時やっと磯女の尾が地面に突き刺さっていることに気が付いた。
「いつの間に……」
「これで終ワりね。あぁ~、斧にしようかこのまま絞めてしまうか迷うワ~」
まるで女性がお店で服選びで迷うかのように悩む磯女。
あまり傷のない海座頭に対しレイとアゲハの見た目は一方的に攻撃を受けていたことを物語っていた。
「だ、そうじゃ」
「簡単にやられると思ってるのか?」
「ほっほっほ。お主の息の根を止めるのはワシじゃあない」
そう言うと海座頭は琵琶で今までとは違う音色を弾き始めた。
空気中を泳ぐ音色がレイの耳に侵入すると、両足が地面に固定されたかのようにその場から動けなくなってしまった。
「チッ!」
動けなくなったことに対して苛立ちの舌打ちを零すレイ。
だがその時。突然、腰からじんわりと痛みが伝わってきた。理解よりも早く口から流れる血と共にレイはゆっくりと振り返る。
後ろにはレイに突き刺した毛槍を握るアゲハが困惑した表情を浮かべ立っていた。
「え……? う……そ……」
動揺しているアゲハとは裏腹に手は冷静に毛槍を引き抜いた。空いた穴から惜しみなく溢れ出る鮮血にレイは思わずその場で片膝を着く。
「何をしやがった?」
「ほっほほ。可愛いお嬢さんにトドメをさしてもらえるとは幸せ者じゃな」
深い罅の入った壁近くに倒れていた優也の体は、速度こそ落ちていたが今も確実に負った傷を再生していた。
そして優也よりも傷だらけのノアは、空中を飛ぶ姑獲鳥の足に片腕を掴まれぶら下がっている。
「おっけー隠神様」
消えた隠神刑部に返事をした姑獲鳥はノアを優也の近くの壁まで投げ飛ばした。あまりの勢いにコンクリートの壁に跳ね返されたノアの体。その際、壁の罅は更に広がった。
一方、その間に黒羽を集合させ一枚の巨大な黒羽を作っていた姑獲鳥は、跳ねたノアへ向けてその黒羽を発射した。
「こりゃ……やべーな」
避けられないことを悟ったノアの胸に突き刺さった巨大黒羽は一瞬にして彼女を壁へと戻した。
だが、壁はその衝撃に絶えられず大きく穴を開けて崩壊。ノアは瓦礫と共に城外へ落ちていってしまった。
「ノア!」
優也は咄嗟にその開いた穴へ手を伸ばすが到底届くはずもない。
「あっはは。大丈夫よ。すぐに会わせてあげるから」
姑獲鳥は一つの巨大な竜巻を起こすとそこに大量の黒羽を巻き込ませた。黒羽により竜巻は巻き込んだモノを容赦なく切り刻む切り裂き魔となる。
そんな竜巻の風はまだ傷の治りきっていない優也を床から引き剥がし体内へ放り込んだ。優也は身動きが取れない竜巻の中で何も出来ぬままただ無抵抗で体中を切り刻まれていった。
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