【51+滴】真実と嘘2

 僅かに遅れて玉藻前は後ろに気配を感じ振り向く。短剣を弾き振り向くまではほんの数秒。その合間に背後へと移動していた隠神刑部と目が合うと、衝撃波を纏った拳が腹部に減り込む。痛みより一歩先に玉藻前の体は瓦屋根をバウンドしながら吹き飛ばされた。

 しかし彼女の体を他所に隠神刑部の足元からは二本の蔦がその姿を見せていた。先端が尖鋭な蔦は真っすぐ槍の如く隠神刑部へと頭を突き出す。

 だが体を貫く前にその首根っこを掴むとそのまま勢いよく引き抜いた。

 その間、吹き飛ばされながらも体勢を立て直した玉藻前。口元から溢れる一滴の鮮赤が綺麗な肌を彩りながら流れ顎先から瓦へと滴る。


「老体にしては随分と素早いもんやなぁ」

「おぬしが遅いだけだ」


 そしてツタを処理した隠神刑部が両手を空に向け少し開くと、掌からは唐紅色のシャボン玉が次々と溢れ出してきた。シャボン玉たちは緩慢と青空へ上昇していくが、突如、先頭のひとつがパッと弾けるように消失。

 次の瞬間、玉藻前の前に瞬間移動してきたシャボン玉は音を轟かせながら爆発。

 咄嗟だったがそれを何とか躱したものの、玉藻前と隠神刑部の間には大量の唐紅色のシャボン玉が浮いていた。ふわふわと浮遊するシャボン玉は皮肉も美しさすら感じる。

 するとその内のひとつ――玉藻前に近いシャボン玉が何の前触れもなく突撃してきた。それを避けたことが開始の合図となり、シャボン玉は次々と襲い掛かる。玉藻前はそんな代わり替わり襲ってくるシャボン玉を上手く躱しながらも前進し、隠神刑部との距離を詰めて行った。

 そしてシャボン玉に一つとして当たることなく眼前まで迫った玉藻前だったが、隠神刑部の刃物に変化させた腕のタイミングを見計らった一振りにその体は切り裂かれてしまった。

 だが肩から斜めに切られたが彼女は蜃気楼のように消えてゆく。

 すると、今度は隠神刑部の足元の瓦屋根が何の前触れも無く崩壊し始めた。崩れる瓦屋根の破片と共に暗闇へ落下していく隠神刑部だったが、相変わらず一切焦ることなく静かに目を閉じる。

 数秒、自ら暗闇へと飛び込んだ後――ゆっくり瞼を上げると崩れたはずの足元は何事もなかったと言うように元通り。幻術から抜け出した隠神刑部だったが直後、即座にその場を離れた。

 すると、先程まで隠神刑部がいた場所では炎で造られた竜が入れ違い火柱のように空へと昇った。

 だが既にその場を離れていた隠神刑部を食い損ねた炎の竜は、空高くまで泳ぐと口寂しそうに雲へと消えていく。


「食べ応えありそうやのに勿体ないなぁ」

「吾輩はあんな奴にはもったいない」


 そんな玉藻前の後ろにはいつの間にか五体の鎧武者がその姿を現していた。

 隠神刑部がそれを見ると首の数珠が再び光を放ち、手に青白く燃える火玉が出現。火玉は独りでに飛ぶと城の中へ。

 少しして障子を切り裂きながら飾られていたあの武将鎧が現れ、瓦屋根を一蹴。武将鎧は隠神刑部の前に着地し、鎧武者達は玉藻前を守るように前へ。それぞれは主人の為、相手と対峙する。

 そして一対五という状況下で同時に互いの鎧は動き出した。

 だが結果はあっという間。鎧武者とは比べ物のにならない動きの武将鎧がビル群を駆ける風のように全てを斬り捨ててしまったのだ。そのまま続けて玉藻前の首も狙う武将鎧だが、その一振りは頭部へ地面替わりに手を置かれ空中回転で飛び越え躱される。

 着地後、背中合わせになった武将鎧と玉藻前。

 すると突然、武将鎧は刀を落とし悶絶するように頭を抱えて天を仰ぐとバラバラになって崩れてしまった。


「滅したか」


 そう言った隠神刑部は上げた足で瓦屋根を叩いた。足元から出た衝撃波は這うように瓦を巻き込みながら玉藻前へ迫る。

 玉藻前はそれを更に上の瓦屋根(二人がいた和室の屋根)へ跳んで避けた。瓦屋根に着地し隠神刑部を見下ろすと、その周りには瓦が飛んでおり彼が手を突き出すのに合わせ目では追えない速度で玉藻前へと襲い掛かる。

 だが、瓦は当たることは無く玉藻前の前で全て粉々になり砕け散った。隠神刑部の目に映ったのは焼けた空を背景にした長い刀身と柄の白い美しい刀。


「それが噂の妖刀――菊正壱文字きくまさいちもんじか……」

「あんまり剣術は得意ちゃうんやけどな」


 玉藻前は刀を構えると隠神刑部へ向かって飛び降りる。

 一方、隠神刑部は武将鎧が持っていた刀を手元に引き寄せ玉藻前の刀を受け止めた。刀の質が違うと言い捨てるように菊正壱文字を何とか受け止めたもののその刀身には少し切れ目が入る。

 そして何とかの鍔迫り合いの末、弾き返された玉藻前は瓦を蹴散らすように滑り後退。勢いも無くなり止まると玉藻前はすぐさま地を一蹴し斬りかかる。

 それから辺りには金属と金属がぶつかりあう音が繰り返し響き渡った。その音が響く度に隠神刑部の持つ刀は欠けてゆき、白装束だけでなく中身にも一つまた一つと増えていく切傷。

 そして再び鍔迫り合いになると隠神刑部の体には衝撃波が纏い、爆発するように一気に広がった。

 だが玉藻前は爆発する前に後ろに跳んで避けた。


「時間だ。終わりにするか」


 沈みきっていく夕日を見ながら隠神刑部が呟く。

 その姿を見ていた玉藻前はハッとした表情を浮かべ視線を自分の足元へ。

 そこには三つの唐紅色のシャボン玉が危険を知らせるように点滅していた。点滅はどんどん速まりついには爆発。それが誘爆し大きな爆発となった。

 その場から逃げようとしたが爆風に呑まれ吹き飛ばされた玉藻前は隅棟に背中から激突した。衝撃で開いた口からは鮮血が吐き出されるが刀を瓦屋根に刺し体が倒れぬよう何とか支える。

 服はボロボロ。顔や手足には爆発により無数の傷ができていた。

 一方で隠神刑部は持っていた刀を捨てながら悠々とした足取りで近づく。そして眼前で立ち止まった隠神刑部は肩で息をする玉藻前の頭を鷲掴みにし持ち上げた。


「これが最後のチャンスだ。吾輩らと組む気は無いか?」

「ヘドが出るなぁ」


 玉藻前は何の迷いもなく答えながら嘲笑して見せた。


「残念だ」


 呟くような声の後、隠神刑部は玉藻前を城の中へ投げ飛ばした。

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