【38+滴】狐面の少女2

 だが冷静なレイは向かってくる優也の背中を足場にして少女の元まで一気に跳ぶ。そして狐のお面目掛け繰り出された蹴りだったが、それは小さく細い腕に受け止められた。蹴りを防いだ少女は間髪を容れずに毛槍を突き出す。近距離かつ地に足がついていないこともありその毛槍を避けることは不可能。圧倒的に優勢な槍頭が悠々とレイへ狙いを定めるが、その磨き上げられた銀白色が鮮血に染まるより先に優也が手を引っ張り無理やり避けさせた。


「助かった」

「それよりどうする?」


 二人の視線の先で突き出した槍を器用に回しながら引っ込める表情の読めない少女。だが心理的な部分の所為か余裕といった表情に見える狐面と二人は目を合わせた。


「あいつには悪いが、ちょっと痛めつけて話をさせてもらおうか」


 レイと優也は顔を見合わせると一度頷き同時に少女へ向かって走り出す。そんな彼らを迎え撃つように少女が毛槍を地面に突き刺すと色々な種類の槍が数十本、一斉に地面から突き出した。数十本の槍は波のようにウェーブしながら地面を移動し二人へと向かっていく。

 それを左右に躱し止まることなく走り続けた二人は、一気に少女へ接近すると挟撃し優勢を取った。だが少女は槍を地面に刺したままそれぞれを半身だけで捌いてみせた。


「なかなかいい動きだな」


 レイは攻撃の手を緩めることなく感心した様子で呟く。

 しかしさすがに一人で二人を相手にし続けるのはキツかったのだろうか、一瞬の隙を突き優也の足を掬いその場に転ばせた。そのまま流れるように回転した少女はレイと向き合う。

 数十秒、激しい攻防をしたのちつま先だけを上げた右足が地面を叩いた。するとつま先より少し前方の地面から突き出した一本の槍。槍は顔を貫こうと勢い良く伸びるがレイは体を反らしてこれを躱した。そしてそのままバク転をし距離を離す。

 その間に少女は立ち上がろうとしていた優也の方を向くと腹部を容赦なく蹴り飛ばした。まるで屈強な男に蹴られたのかと錯覚する程に重い衝撃を感じると木まで飛ばされ、優しいとは言い難い受け止められ方をされてしまう。腹部よりマシとは言え背中にもそれなりの衝撃が走り優也は思わず声にならない声を上げた。

 そんな優也を他所に蹴り飛ばし直ぐ走り出した少女は地面に突き刺さったままの毛槍を引き抜きながらレイとの間合いを詰めていた。近づくや否や連続で鋭く何度も突く。レイは後ろに下がりながら毛槍の動きを読み、反応し確実に躱した。躱しながらもタイミングを見計らっていたのかある突きを躱した直後、今度は逆に足を一歩前へ。彼の読み通りの場所に突き出された毛槍とすれ違いながら少女に接近すると握った拳を振り上げた。


「悪いな」


 そして拳を振った。

 だが少女は片手で拳を受け流すと毛槍を前へ投げ捨てながら後方まで跳んで距離を離す。着地するとしゃがんだ状態のまま顔を上げ面越しにレイを見た。

 一方、レイは追いはせず立ったまま少女の方を向いているだけ。すると頬の傷から遅れて溢れ出した血が流れ赤い線を描いた。手で触り指に付いたその血を目視で確認するレイ。


「チッ。読みが少し外れて掠っちまったか」


 そう呟くレイの背後からは、暗殺者の如くさっき投げ捨てた毛槍が独りでに飛んできた。

 しかし後ろが見えているかのように当たる直前でレイは首を少し傾ける。毛槍は顔の真横を通過し少女の手元に戻った。

 そして惜しくも目的を果たせなかった槍を手にした後、少女はすぐさま頭上を見上げた。彼女の視線先には優也の姿があり、振り上げた足で今まさに踵落としを浴びせようとしている。戻ってきたばかりの毛槍を両手で持った少女は一瞬の判断に優也の足を柄部分で受け止め直撃を防ぐ。少女を中心に地面へ入った罅が彼女へ掛かった力の強さを表していた。

 そのまま押し切れる。最初はそう思ったが逆に押し返されてしまった優也は空中で一回転した着地後、間髪いれず拳を握り殴り掛かった。だが少女は何度も襲い掛かる拳を毛槍で防ぎ続けた。

 すると突然その場にしゃがみ足を払おうとする少女だったが、それを見事な反応で跳び躱す優也。そして空宙で体を捻り左足で蹴りかかるが、またもや毛槍で防がれてしまった。しかし防ぎはしたもののバランスの悪い体勢だった少女は、蹴られた衝撃を上手く受け止め切れず毛槍を構えながら数メートル滑った。

 そんな少女が止まった時には、既に優也は目の前。着地後すぐさま接近し次の攻撃を喰らわせようとしていた。その攻撃に少女の咄嗟のガードは間に合ったものの力がまともに入っておらず両手は左右に開き重心は後ろに寄り体勢は更に崩れてしまった。


「っ!」


 舌打ちにも似た声を零す少女の正面は隙だらけ。

 だが、先に攻撃されたのは毛槍を握った右手。いつの間にかそこまで来ていたレイに蹴り上げられ握っていた毛槍は回転しながら宙を舞う。

 先に右手を蹴られたことで隙を作っていた一瞬の硬直が解け動けるようになった少女は、両手を前に突き出した。それに構わず追い打ちをかけようとする二人。

 だがそれぞれに向けられた袂からは二人の顔目掛け、無数の槍が飛び出してきた。その事に気付くのに一瞬を要したが、間一髪のところで二人はシンクロしながらもなんとか後ろへ跳び槍を躱した。

 それにより少女との間合いは大きく開いた。

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