【15+滴】花言葉2
だが、彼女に訪れたのは想像とは違った運命。マーリンは銃口を頭から下へずらし引き金を引いた。銃弾は手錠の鎖を切り彼女に自由に与えた。
「もういいわ。さっさと出て行って」
そしてもうひとつの一人用ソファへ歩き出すマーリン。
「それともう二度と少年の前には現れないで」
ソファの前で振り返りそう言うと倒れるように腰を下ろす。逆に椅子から立ち上がったコンダクターは歩き出そうとするが、その足を止めた。
「洋服を貸してくれないかな? ほら、この格好で外を歩くの視線集めそうだから」
彼女は両手で自分のボロボロの服を指差す。
「早く出って。アモ」
アモはコンダクターに近づくと先に外に行かせ、キャスケットとメガネを拾うとマーリンを残し部屋を出て行った。
玄関まで行くとアモが開けたドアを通りコンダクターが陽の光を全身に浴びた。彼女に続いて外に出たアモは手に持っていたキャスケットとメガネを差し出す。
「ありがと」
それを受け取ると、キャスケットを頭に被ろうとするが痛みに邪魔されたのだろう腕は上がらなかった。
「被せてもらえる?」
キャスケットを受け取ったアモは言われた通り乗せるように被せた。
「こちらもどうぞ」
そう言って差し出したのは全身が隠れるほどのコートだった。
「だから途中で部屋に寄ってたんだ」
「はい」
「ありがと。でもいいのかな? ご主人様に逆らっちゃって?」
言葉を聞きながらコートを広げ着やすいようにするアモ。
「問題ありません。そもそも私は執事ではありませんので」
コンダクターはそのコートに限界ギリギリまで上げた腕を片方ずつ通していく。時折、痛みに顔を歪めながら。
「なにそれ。複雑な関係ってこと?そ れともそういうプレイ? まぁどっちでもいいや」
アモは彼女の浮かんでは消えていった疑問を聞きながら上から下へ向かいボタンを留めていった。全てを留め終えると最後は襟などを整える。
「ん~、何だかお姫様になった気分っ」
そう言いながら屋敷を見上げるコンダクター。
「でも、日本にこんな大きな屋敷があるなんて知らなかったなぁ。しかもこんなに森深くに」
「存在しない物は知りようがありませんでの当然かと」
「ん? どういうこと?」
またもやコンダクターの頭上には疑問符が浮かんだ。
「いえ。それよりそろそろ行かれた方がよろしいかと。傷の手当ての方もありますので」
「確かに。きみが加減してくれたおかげでそこまで深くはないけど早い方がいいかもね。あっ、顔に手を出さなかったのは優しさ? それともたまたま?」
「では優しさということでお願いいたします」
「じゃあそんな優しいイケメン君に最後までお姫様気分を味合わせてもらおっかな。いいでしょ?」
いつもの無邪気な笑顔で首を傾げるコンダクターを見ながらアモはすぐには返事をせず少し黙っていた。
「では……」
だがそう言うとアモは一度咳ばらいをした。
「お気を付けて行ってらっしゃいませ、お姫様」
コンダクターの目を見ながら言い切ると左手を腹部に当て右手を後ろに回し深く頭を下げた。
「あとは頼んだわよ」
すっかりお姫様気分のコンダクターはクルっと踵を返して髪をなびかせた。
「かしこまりました」
頭を下げながら返事をしたアモは彼女が見えなくなるまでその姿勢を崩さなかった。
優也が解放されてから二日後。ベッドで眠りについていた優也は目を覚ました。瞼が上がったことで光に照らされた赤みを帯びた瞳は、彼の中にまだ吸血鬼の血が混じっているという証。体中ズキズキと痛く、仄かに熱を帯びている所為か宙に浮いているのではと思わせるほど全身が軽い。
そして右手には人の温もりと重さを感じた。優也は体を刺激しないよう徐に右手の方を見遣る。
そこには手を握りしめながら眠るノアの姿があった。何故かは分からないがほろ酔いのように心地好かった優也は、包帯の巻かれた左手を彼女の方に伸ばし頭を優しく、優しく撫でた。それはまるで朝起きた時、隣でまだ寝ている愛する人を見た途端に幸せが胸を満たし思わず手を伸ばして触れたくなるような気分。
「ん~、ユウ……わりぃ、俺のせいで……」
寝言でも謝るノアの目頭には流れられずにいる泪が溜まっていた。優也は頭から手を離すと人差し指の腹でそれを掬い上げる。というよりは包帯で拭き取った。
「君のせいじゃないよ」
そう優しく呟くと再び眠りについた。
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