【10+滴】人間と魔女2

 その後、壁を挟み用意されていたいつも身に着けているスーツに身を包んだ。もちろん新品。

 そしてマーリンの案内で部屋を移動すると、テーブル挟み彼女と対面しながら椅子へ腰掛ける。部屋はテーブルや椅子、ソファなど家具が少なくシンプル作りだった。

 部屋に入り少しすると、紅茶とデザートが乗った丸いシルバートレイを持ったアモが隣の部屋からやってきた。


「クレームブリュレでございます」

「おいしそう」

「彼の作るものはどれも絶品だから味はアタシが保証するわ」


 クレームブリュレが並べられた後は、カップに紅茶が注がれていく。

 そして二人分を注ぎ終えティーポットをテーブルの中央に置くと会釈をしてからアモは隣へと戻って行った。

 早速、優也はスプーンでクレームブリュレを一口サイズに掬い口へと運ぶ。口に投入されたクリームブリュレの滑らかで丁寧な甘さのクリームとほんのり苦い表面のパリパリは食感だけでなく味覚でも見事なハーモニーを奏で食べる者の忘れられない時間を演出した。


「おいしぃ」


 それは食への敬意とも言える心からの感動。だが無意識に零れ呟くように小さい声だった。

 一方、その姿を見たマーリンはアモの代わりと言うように満足気な笑みを浮かべ、自分の分にスプーンを伸ばす。美味しい食べ物というのは夢中で食べてしまうもので、気が付けば言葉を交わす前にクリームブリュレを七割ほど食べてしまっていた。


「これからどうするかは決めた?」


 そんな中、突然飛んで来た質問に食べる手が止まり、優也は正面のスプーンを口に運ぶマーリンを見遣った。


「この前言っていた選択肢ってやつですか?」

「そうよ。こちら側に来るかどうか」


 優也は持っていたスプーンを置くと一度視線が下がるが、すぐにマーリンへと戻した。


「まだです」

「だと思ったわ。でも決定は早めにしたほうがいいと思うわよ。このままだと大切な人が傷ついちゃうかもしれないしね」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ。友達に両親。少年にもいるでしょ」

「それって僕みたいに襲われるってことですか!?」


 当然と言うべきか声を張り上げテーブルに両手を叩きつけた優也は思わず立ち上がってしまった。自分の身に起きたようなことが真守や愛笑だけじゃなく両親にも起こるかもしれない。そう考えただけで冷静などどこかへ消え去った。


「可能性は無くは無いとしか言えないわね。少年を捕らえる為に、身近な人を利用するっていうのは手っ取り早くて確実だからね」

「・・・」


 そんな絶望な未来を想像してしまった優也は言葉を失い俯いきながら椅子に倒れるように座った。


「この前はあの子と離れても少年は狙われ続けるって言っちゃったけど――もしかしたらあの子があの街を離れたら少年も狙われることは無くなるかも。しれないってことは言っておくわ」


 マーリンは『かも』の部分を少し強調した。それはただの可能性であり、そうならない可能性も十二分にあり得るという意味なのだろう。


「でも、ノアが街を離れるかどうかは彼女次第ですよね?」

「少年が一言「迷惑だから出て行け」って言えば出て行くと思うわよ。もっとも言えるならね」

「僕には……」


 相手がノアでなくてもそのように傷つけるかもしれない言葉を誰かに言うのは気が引けてしまう。そう思う性格の優也がそのようなこと言えるはずが無かった。それはマーリンも恐らく分かっていたのだろう。


「まぁ、結局どうするかは少年次第ってね」


 そう言うとマーリンは再びクレームブリュレを食べ始める。

 それからどれくらい時間が経ったのか時計の針は縦一直線になっていた。


「助けてくれて本当にありがとうございました」


 座ったまま頭を下げあの時助けてくれたお礼を言う。


「いいのよ。今回のは借りを返しただけだから」

「――では今日はもう帰ります」

「分かったわ。それじゃあそこに立ってちょうだい」


 マーリンは少し広い場所を指差し、その指示に従い優也はその場所まで歩いた。


「それじゃあ準備はいい?」

「はい」

「あっ! そうだ。忘れるところだったわ」


 すると近づいてきたマーリンが握った手を差し出す。何かと思いながらその手の下に受け皿の手を出すとコインが一枚、降ってきた。


「これは?」

「どうするか決めた時かアタシに用がある時に使ってね。使い方はこうよ」


 そう言うと立てた人差し指をそっと額につける。すると頭の中にコインの使い方が流れ込んできた。


「分かった?」

「わ、分かりました」


 何とも言えない不思議な感覚に少し戸惑いながらも答える。


「マーリンさん。お世話になりました」

「いいのよ。じゃあまたね」

「はい。また」


 別れの挨拶を済ますとマーリンが指を鳴らし、そのパチンという音と共に優也の姿は消えた。優也自身の感覚では瞬きをすると一瞬にして景色が変わり気が付けば自分の家のリビングに立っていた。誰しも一度は憧れるであろう瞬間移動を体験し驚きというよりは感動が心を満たしてた。


「マーリンのとこに行ってたのか?」


 そんな感動に浸っていると後ろから聞こえたノアの声に振り返る。彼女はソファに寝転がり肘置きから垂らした逆さの顔でこちらを見ていた。


「うん」


 ノアの問いかけに対し笑みを浮かべながら返事をすると、彼女の向かいのソファへ歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る