【10滴】人間と魔女
マーリンはまるでそれは心の距離だと言わんばかりに少し離れた優也を見つめていた。
「そんなに離れたら寂しいじゃない」
そう言うと立てた人差し指を二~三回呼ぶように内側へ。
すると湯が意思を持ったように独りでに波を作り始めた。そしてその波にされるがまま為す術がなく流された優也は、いつの間にかマーリンの隣へと運んばれていた。
「これでよし。もう、逃がさないわよ少年」
逃げる前に首に手を回したマーリンは上機嫌に笑った。それに釣られ優也の表情にもまだ面映ゆさ交じりの笑みが自然と浮かぶ。
「あの、前から思ってたんですけど」
そのおかげで緊張が少しばかり和らいだ優也は言おうと思っていた事を口にし始めた。
「何かしら?」
「僕、少年っていう年じゃないんですけど……」
「いくつだっけ?」
「二十五です」
「ということは二十五年間生きてるってことよね」
「そういうことになりますね」
「じゃあ、アタシたちにとってはまだ少年よ」
言葉と共に腕が首から離れる。
だが優也は言葉の意味が分からず眉を顰め首を傾げた。見た目だけで言えばマーリンも自分と大して変わらず、いったとしても三十代前半。その年の差で少年と呼ばれるのは何だか違う気がしていた。
だとしたら自分の見立てが間違っている。優也はそう思った。
「マーリンさんっていくつなんですか?」
「おっと、女性に年齢の話をするのはどうかと思うわよ」
「すみません」
純粋に気になり何も考えず質問してしまったが、相手が魔女と言えど女性は女性。デリカシーの無い質問をしてしまったと自分でも思い、それは心からの謝罪だった。
「ふふっ、冗談よ。そうねぇ。生きた月日=年齢で答えるなら私は二百六十八歳ね」
「に、に、二百六十八!?」
予想外の回答に驚愕が勝り、滑らかに言葉を口にすることが出来なかった上に大声を出してしまった。
「まぁでも、人間とアタシ達じゃ寿命だけじゃなくて成長の仕方やスピードも違うからね」
「じゃあ、ノアも何百年も生きてるんですか?」
「そうよ。確か吸血鬼は人間でいう成人期が長いって聞いたわ」
優也にとってはあのノアは自分より人生の大先輩であることが意外で仕方なかった。それはノアにはどこか子どもっぽさがあったからだろう。
するとマーリンは立てた人差し指を優也の胸に指を当てた。
「そして、アタシ達魔女は一定まで成長したらそこから歳を取らないのよ。もちろん見た目だけだけどね」
「それって、不老ってことですよね」
不老。それは人類が恐らく絶滅するまで追い求めるであろう願いのひとつ。ファンタジーの世界でしかあり得ないはずの不老が今、目の前に存在していた。これは人類と不死との初めての遭遇かもしれない。
「そういうことね。それでどう?」
「なにがですか?」
「アタシと結婚したらいつまでもこの若い体を好きにできるわよ」
マーリンは両手を頭の後ろにもっていきセクシーポーズをとった。その言葉に優也はつい顔を赤らめ水面に顔を逸らす。
「い、いや。そういうのはまだ考えてないので……」
「そう? 残念ね。アタシは少年のこと結構気に入ってるのに」
それから雑談を交えながらゆっくりと湯に浸かり体の疲れを癒した。
そして時計の短針が隣の数字へ移動した頃、お風呂のドアが静かに開く。
「紅茶のご用意ができました」
ドアの向こう側から現れたアモの声は、反響しながら二人の耳へと届いた。
「分かったわ。ありがとう」
返事を返した後、マーリンは顔を優也へ向ける。
「お茶の時間よ。行きましょうか」
立ち上がるとマーリンは先にお風呂を出て行った。その後を追い、優也も脱衣所に入る。
するとそこでは当然と言えば当然なのだがマーリンが先に着替えを始めていた。
「わっ! ごめんなさい!」
反射的に顔逸らしながら謝る優也。
だがマーリンは特に気にしている様子はない。そんなマーリンは優也の反応を見るとまたもや意地悪な笑みを浮かべたその後、指をパチンと一度鳴らした。
すると二人の間には顔が出る程度の壁が出現した。
「これで大丈夫かしら?」
「え? あっ。はい」
突然現れた壁に動揺しつつもマーリンの顔を見て返事をする優也。今回は返事をする程度の余裕があったのは、徐々にだが耐性がついてきたのかもしれない(それは壁のお陰か)。
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