【9+滴】空からの刺客2
その間も錫杖は進み先端が数本の髪を掻き分けついに頭皮へ手を伸ばす。だがその時、横から飛び出してきた黒い影が鴉天狗を襲った。一瞬にして影と共に近くの車まで飛ばされた鴉天狗。立ち込める煙の中では赤い点滅と防犯ブザーが鳴り響き鴉天狗が黒い影と争っていた。
すると、逃げろと言わんばかりに体に少し力が入るようになった。優也は全身に力を入れ立ち上がると、鴉天狗が飛ばされた所など見向きもせず一心不乱に走り出した。息は乱れ滝のように汗を流しながらも走って走る。
そんな風にがむしゃらに走っていると時間切れと言うように再び脚に力が入らなくなり自分の足に躓き豪快に転んでしまった。
それでも、少しでもあの場所から離れようと優也は這いながらでも前へ進んだ。
そんな彼の前へ突如現れた編み上げのロングブーツと革靴。そのうちのロングブーツは近づいてくると目の前でしゃがんだ。
「やぁ、少年」
聞き覚えのある声にゆっくりと顔を上げる。そこには微笑むマーリンと大量の紙袋を持つアモが立っていた。口を開き説明しようとするが、もうどこからかも分からない痛みにただ歯を食い縛る事しか出来なかった。
だがマーリンはそんな優也の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「大丈夫。少年にはあの子を助けてもらった借りがあるからね。今回は助けてあげるわ」
そう言い片手で両目を優しく撫でると優也は眠るように目を閉じた。
それからどれくらい時間が経ったのか。大きなベッドの上で目を覚ました優也にとってはほんの一瞬だった。目を開くとまだ少しぼーっとしている頭のまま天井を眺める。
そして徐々に意識がハッキリしてくると、ここがどこで何故ここにいるのか、様々な疑問が頭を埋め尽くした。更に不思議と体から痛みは消え驚くほど軽くなっている。
だが色々と解決すべき疑問はあるがとにかく今は起き上がると、辺りを見回した。部屋はあの出来事が嘘のように森閑としていて、客室なのか必要最低限の家具しか置いてないが決して質素ではなかった。一通り部屋を見回すが、やはりこれだけでは名探偵でもない優也が得られる情報は皆無に等しくただ戸惑いが続くばかり。
すると部屋にあった唯一のドアが音を立てて開きマーリンの執事だと思われるアモが入ってきた。
「失礼いたします」
言い切ってから前で手を組みお手本のように綺麗な会釈をする。優也はキョトンとした目でその姿を見ていた。
「お体の方はいかがでしょうか?」
「あっ……はい。大丈夫です」
「それではこちらへどうぞ」
そしてアモに誘導されるがままベッドを降りた。その時、初めて気が付いたのだが服装はスーツからシルクのパジャマへと変わっていた。初めて着るシルクのパジャマに若干の感動を覚えながらも、どうやって着替えたのかという疑問が更に積もる。
だがそんなことを気にかけている間にアモは廊下へ出ており優也もその後に続いた。
そして周りを見回しながらしばらくついていき辿り着いたのは、大きなお風呂。そのまま『湯』の文字が書かれた暖簾を潜り脱衣所まで行くと前を歩いていたアモが立ち止まり振り返った。
「我が家のお風呂は様々な効果がありますのでゆっくりとお入りになってください。お洋服は同じ物をあちらにご用意させていただきました」
アモの手が示す方を見遣るといつも身に付いているスーツが綺麗に畳まれ置かれていた。
「それではごっゆくりどうぞ」
再び会釈したアモはそのまま外へ。
少しの間、戸惑い立ち尽くしてしまっていたが、自分の匂いを嗅ぐとすぐに入ることを決断。
そして早速、服を脱いでドアを開いてみるとそこには温泉にでも来たかと錯覚させる程に大きく立派なお風呂が広がっていた。思わず感動の声が口から独りでに飛び出す。
そしてどこか特別な気持ちのまま潤った煙の中で体を洗い、メインの湯に足からゆっくり浸かっていく。足先から徐々に湯に呑み込まれていき、最後は肩まで。全身があまりにもいい湯加減に包み込まれると自然と口から大きく息が出て行き体の力が抜けていった。
「アタシのお風呂はどう?」
「はい。最高です」
答えた直後に気が付いた違和感に優也はすぐさま声の方へ顔を動かした。そこには体にタオルを巻いたマーリンが立っていた。
「ま、マーリンさん!?」
そして足先からゆっくりと湯に入ってきた彼女はまだ愕然としている優也の隣に腰へと下ろした。
「それだけ元気があれば大丈夫ね」
笑みを浮かべ安心した様子でそう言うと、そんな彼女から少し離れた優也は遅刻してきた戸惑いと共に身を縮めた。
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