【7+滴】相手と自分それだけ2

「全く、どいつもコイツも……」


 溜息交じりの声で呟きながら視線は逸らさず手は乗せたままオークに向かって歩き出すノア。


「過去の一族だの、落ちた一族だの。色々言ってくれるじゃねーか。まぁでも、時代は変わり吸血鬼がやられたのは事実だ。何を言っても構わねー」


 右手が刃を過ぎると手斧を押さえたまま左手で柄を掴むオークの手首を軽く握った。そして徐々に力を入れていく。それと同時にノアの心に感情の炎が灯り始めた。


「それに、元々落ちるようなところに居ない雑魚のお前らがいくら煽り文句を言ったとこで何とも思わねーよ。所詮は負け犬の遠吠えだ」


 そう話すノアの表情には笑みが浮かんでいたが、笑みは笑みでも相手を見下ろす嘲笑。

 そして手首を握る力が更に強まると爪が食い込み骨が軋み出す。あまりの痛みに耐えられなくなったオークが柄を離すと、同時にノアも手を離した。その後、オークの手が離れたことで持ち主の居なくなった手斧をノアは地面から軽々と引き抜き担ぎ上げる。

 激しく燃え上がってはいないものの、触れるモノを焼き尽くす確かな熱さを備えた炎はゆらゆらと彼女の中で踊るように燃えていた。


「最後にひとつ言うとすれば……いくら時代が変わって吸血鬼がオークより劣ったとしても……」


 手斧を両手で持ち真上へ跳んだ事でノアとオークとの目線は丁度同じ高さへ。互いの双眸は対等に見合っていた。


「俺がお前に負ける理由にはなんねーよ」


 そう言って首目掛け手斧を振った。手斧はつっかえること無く綺麗な断面を作り頭部を胴体から切り離した。切られた直後一瞬、宙に浮いているようにも見えた首だったがすぐさま重力に引かれ地面へと落下。

 そして頭より少し遅れて地面に降りたノアは、噴水の如く血を噴き出し倒れていく巨体を背に血の滴る手斧を担いだまま優也の元へと戻った。




 すっかり腰の抜けた優也の目の前で立ち止まったノアは見下ろしながら声をかけた。


「おーい。大丈夫かー?」

「精神的な衝撃が大きかったぐらい、かな……」


 無理に浮かべた所為で笑みは愛想笑いのようになってしまっていた。それもそのはず、今の優也は目の前で起きた非現実を受け入れるだけで精一杯。更に言えばその所為で一歩も動いていないがすっかり疲れ切ってしまっていた。


「じゃあ大丈夫だな」


 だがそんな優也の心情など分からないノアは軽くそう言うと肩から手斧を下ろし後ろに投げ捨てる。その際、刃に付いたオークの血が優也の頬へと跳ねた


「あっ。わりぃな」

「え?」


 しかし優也はそれにすら気が付いていなかった。

 そんな彼に教える為ノアはしゃがみ膝に腕を乗せながら頬を指差す。


「血ー。飛んじまった」


 指差された場所を指で触りると指に付着する少しベットリとした生暖かい液体。その液体を彼は顔の前まで運び目視で確認した。


「うわっ!」

「驚きすぎだろ」

「だって……」


 弱々しい声で呟くと色んなポケットを探りハンカチを探す。

 そして見つけたハンカチを取り出しその血を拭き取ろうとした時、ノアが地面に片手を付けながら顔を近づけてきた。かと思うと頬に付いた血を舐め取った。

 突然の行動に驚きを通り越し思考が停止し言葉を失う優也。

 そんな優也に対しノアは眉を顰め舌をだらりと出していた。


「まっずー。何だこれ。ギトギトでどろどろじゃねーか」


 するとさっきまで血の付いていた頬へ無意識で左手を当て、ぼーっとしていた優也を指先の痛みが我に返らせる。


「っつ!」


 透かさず痛みのした右手の親指に目を向けるとノアが血を吸っていた。少し吸うと小さな傷口を舐め治す。


「口直しごちそうさん」


 礼儀正しく両手を合わせそう言うとノアは立ち上がった。

 そしてまだ思考が渋滞気味で立ち上がろうとしない優也を見下ろした。


「ほら、行くぞ」

「あぁ。うん」


 一旦全ての思考する事を脇に寄せることで何とか今に集中し小さく返事をする。

 だが立ち上がろうと地面に両手を着けるが力が入らない。


「腰が抜けて力入らないや」


 自分の情けなさに優也は思わず乾いた笑い声を付け足した。


「ったく。しょーがねーな」


 するとノアは優也の横に回り何をするかと思えば背と膝裏に腕を伸ばし抱きかかえた。それはいわゆるお姫様抱っこ。

 それに気が付くまで数秒を要したがその瞬間、優也を吃驚を遥かに上回る恥ずかしさが一気に襲う。だが自分の為にわざわざ運ぼうとしてくれているノアに文句は言えずただただ両手で顔を隠すしかなった。

 そしてノアは近くの屋根まで壁や室外機などを利用し上がると屋根伝いで家まで一直線で帰って行った。

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