【8滴】どちらの道を選ぶのか
家に帰るとそこではマーリンが一人紅茶を飲んでいた。
ノアはソファに優也を捨てるように座らせるとそんなマーリンの隣に倒れるように腰掛ける。彼女が座るとマーリンは徐に視線を向けた。
「お帰り。どうだった?」
「だいぶ動けるようになってきたぜ」
「それは良かったわ。にしても……」
言葉の続きを言う前にマーリンは正面の優也へ視線を移動させた。
「大変なことになったわねー少年」
その言葉とは裏腹にマーリンの表情には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
だが優也はその表情よりも『大変なことになった』という言葉に引っかかりを覚えていた。オークのことを大変だ言っているのであればそれはもう終わったはず。しかし彼女の言葉によるとその大変は現在進行形らしい。
そんなことを考えていた優也の頭上には自然と沢山の疑問符が浮かび上がっていた。
そしてそれを感じ取ったマーリンは忙しなく視線をノアへ。
「まさか、なんの説明もしてあげてないの?」
「しようとしたら襲われたんだよ」
仕方ないと言わんばかりに肩を竦めるノア。マーリンはそんな彼女への溜息を零し、再び優也へと視線を戻した。
「いい? 少年が襲われた理由は簡単に言うと二つあるわ」
分かり易くしてくれているのか人差し指と中指が立てられた。
「一つは、少年がこの子と一緒にいるってこと。そしてもう一つは、少年が人間だってことよ。多分、後者が一番大きな理由ね」
「僕が人間だからですか?」
理由を言われてもいまいちピンとせず首を傾げる。
「吸血鬼の血の話は聞いたわよね?」
「再生力があって血が薬にも毒にもなるってやつですよね。確か人間に混ざれば吸血鬼に近い力を手にするでしたっけ」
「大まかに言えばそうね。今はその吸血鬼に近い力を手に入れられるってところが重要よ」
マーリンは一度下げた指を――今度は人差し指だけ立てると優也へと向けた。
「つまり、今の少年はこの子を狩ろうとすれば邪魔をしてくる擬似的吸血鬼ってとこかしら」
「僕、そんなつもりは無いんですけど……」
「アタシに言われてもねー。彼らからしたら今でさえ手こずってるのに更にめんどくさい状況にしたくないのよ。だから、先に君を始末してしまおうって考えじゃないかな」
この時、やっとマーリンが最初に『大変なことになった』と言った意味を優也は理解することが出来た。
「もしかしてこれからも狙われ続けるってことですか!?」
「むしろこれからが本番よ」
「ど、どうすれば?」
オークのような存在がこれからも自分を狙ってくるかもしれないという事に焦りを感じ、思わず前のめりになって解決策を求めた。当然、自分で返り討ちに出来るとは思っておらず、どうにか穏便に済ますもしくは避けられる方法を教えて欲しかったのだ。
だが人生はいつも思い通りにいくわけではない。それは二十五年というまだ短い年月しか生きていない優也でさえ痛い程に理解していた事。
「少年が選べる選択肢は二つ。この子と離れて一人で逃げ続けて彼らが諦めるのを待つか、一緒に戦うか。決断は早めにした方がいいと思うわよ」
マーリンは優也の望んだものとは違う選択肢を提示すると颯爽と立ち上がりソファの向こう側へ歩き出す。
すると何かを思い出したように振り返った。
「一応言っておくけれど、アタシはこの子の味方であってまだ少年の味方じゃないからね。この子の力になるならアタシも少年を助ける。そういうことだから。バイバーイ」
それだけを言い残しいつものように一瞬にして消えてしまった。
すると少ししてからノアが優也に聞こえる程の声で話し始めた。
「分かるだろ? お前は戦いに向いてない。だけど恩もあるからな。だからどこかに隠れてろ。俺がすぐにケリつけてやる」
そして立ち上がると目も合わせず寝室へ歩き出した。ドアを開き中へ入る直前、振り返ったノアは頭を抱える優也を見た。
「それと巻き込んじまって悪かった」
その声は小さく自分に重い責任を感じているようだった。
だが今の優也に返事をする余裕はなく、彼女が寝室へ入ると倒れるようにソファに寝転がる。一人逃げ続けるか一緒に戦うか。その二択はどちらにせよ今の生活を捨てなければならない。当然ながらそう簡単に決断できるものではなかった。
それに戦うと言っても優也には武術などの戦う術が何一つない。逃げるにしても逃げ続ける自信もない。そして何よりノアを置いて一人逃げるという事は気が引けた。特に何か手助けができるわけではないがプライドのような何かが「それでいいのか?」と問いかけてくる。
そんなことを考え続けていると彼はいつの間にか眠りに落ちていた。だがあまり良い睡眠は取れず次の日は寝不足のまま会社へ向かう羽目となる。
そして残り続ける眠気と共に午前中の仕事をこなした後は、いつものように幼馴染の犬崎 真守、成海 愛笑と食堂で昼食。正面に座りカツ丼を食べていた真守は暗めな茶髪の明るく活発系な長身イケメン。いつもクラスの中心的人物であり中高とサッカー部キャプテンだった。彼には人を寄せ付ける魅力がありそれはその容姿にもよく表れていた。
そして真守の横で魚定食を食べていた愛笑は背まで伸びた黒髪と日に焼けていない肌のスレンダー美人。おっとりとした雰囲気だが実際はしっかり者で中高はそこまで目立つタイプではなかったが、男子には秘かに人気があった。今は両耳にはフープピアス、左手首にはシンプルな腕時計をしている。
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