【4+滴】裏舞台2
するとマーリンが脚を組み直したことで彼女がブーツを履いていることにやっと気が付いた。
「あの、それ脱いでもらっていいですか?土足で上がられるのはちょっと」
「あら。ごめんなさい。もっと早く言ってくれたらよかったのに」
言われた通りブーツを脱ぎ捨てると帽子同様に煙となって消える。ここまできたら優也も慣れたものでそれが当たり前であるかのように特に何とも思わなかった。
「さて、こころからが本題よ。なぜ犬族に襲われていたのかについてね」
「種族間の問題とかそういうことですか?」
「種族間というよりはこちら側全体の問題ね」
「こちら側...ですか」
「そう。あなたたち人間を表舞台と例えるのならこちら側は裏舞台。以前はアタシたち側にも裏舞台のまとめ役がいたんだけどね。簡単に言うなら王。だけど王って言っても代々受け継がれてきたような存在じゃないんだけど。まぁその王をしてたのが……」
言葉を止めたマーリンは顔を横に向け隣で船を漕ぐノアの方を見た。その視線を追い優也の目もノアを見る。
「吸血鬼ですか」
「えぇ。ちなみに王をしてたっていうのはこの子の父親ね」
「ということは、王女様!?」
ノアを指差し目を見張りながら少し大きめの声を出す。それは彼女が優也の想像する王女様像とはかけ離れていたからだった。
「王女ではないと思うけど」
「でも、なら早く家族のところに帰してあげたほうがいいんじゃ……」
「家族ねー」
するとその言葉にマーリンはどこか哀愁漂う笑みを浮かべた。
「吸血鬼一族はもうこの子だけよ」
「え?」
「元々数の少ない種族だったんだけどあるヤツに狩られてしまったの……」
「それって僕たちが色んな国に分かれてるようにいろんな勢力があってその争いに負けたってことですか?」
「少し似てるわね。だけどこれはこの国に住む者の問題。海の向こう側にもアタシたちのような存在はいると思うけど、今回の件に関しての関わりは一切無いわ。恐らくだけどね。まぁ今回のことを分かりやすく言うとすればクーデター。ってところかしら」
「王様である吸血鬼を良く思ってない者たちがいたってことですね」
優也は軽く頷きながら自分で呟くように言った理由に納得していた。それは彼女が言い表した表舞台でも起きたことがある事で、実際にそのクーデターにより指導者が変ったというニュースを優也も目にしたことがあったからだ。
「良く思ってないのはほぼ全種族だと思うわよ」
「でも、その王様は裏舞台のまとめ役だってさっき言ってましたよね?」
「言い方を変えたほうがいいようね。まとめ役というよりは抑制していたと言った方が正しいかしら。王といってもみんなに支持されてなったわけじゃない。誰も彼に勝てないって分かってから従ってたのよ」
「それって独裁じゃ?」
「弱肉強食。強者に従うか死ぬかそういう世界なのよ」
彼女は一息つくためかカップを手に取った。その様子を人間の世界とは違い野性的な彼女らの世界に少し気圧された優也はただ見つめていた。
「じゃあ、今狙われてるのって。残党狩りってことですよね?」
ココアを流し込んだマーリンはカップをテーブルに戻してから優也の確認のような疑問に答え始めた。
「あるやつにとってはそうだけど、他の種族がこの子を狙う理由は別よ」
「他の理由ですか?」
すると瞬きをしたほんの一瞬の間に、座っていたはずのマーリンは消えソファを挟んでノアの後ろに立っていた。あまりにも一瞬のことで最初はどこに行ったか分からなかったが視界の端にその姿を捉えると彼女へと遅れて視線を合わせた。
「それは……」
マーリンはそう言いながら前屈みになり、座ったまま眠るノアの首に両手を回して軽く抱きしめた。そして、右手の指先で首筋から耳までをなぞり始まる。ノアは眠りながらくすぐったそうにしていた。
「この子を食べるためよ」
そう言うと左耳を甘噛みした。
その言葉は最初聞き間違いかと思うほど物騒で人に使う言葉とは思えない単語だった。
「た、食べる、ですか……?」
優也は動揺で言葉を詰まらせてしまう。
そして噛まれたことで目を覚ましたノアは特に痛がる様子は無くただ眠そうに大きなあくびをした。
「そうよ。分かっている範囲は。だけど」
「ど、どういう意味ですか?」
まだまだ聞きたいことは山積みで質問のマシンガンを撃ち込みたい程だったがその時、マーリンの少し後ろへどこからともなく男が現れた。
お手本のようにきれいな立ち姿の男は容易に執事を連想させる燕尾服を着て、両手には白手袋を嵌めている。鋭くも知的さを感じる切れ長の目、長身でしっかりとセットされたオールバックが良く似合うその執事は男の優也から見てもカッコいいと思える容姿をしていた。
そんな男の登場にノア以外の視線が集まる。
「失礼いたします」
男はまず優也に向かって丁寧に頭を下げた。
「マーリン様、ご夕食の準備が整いました」
「あらアモ。もうそんな時間なのね」
「はい」
男から報告を受けたマーリンは優也へ視線を戻した。
「それじゃあ、話の続きはまた今度ってことで」
そう言って笑顔で手を振るとマーリンは、優也の返事は待たず近づいてきたアモと共に姿を消してしまった。
様々な本が至る所で山を成し、棚や本の山頂などには様々な種類の雑貨が置かれた部屋。そこにマーリンとアモは姿を現した。
そして先に歩き出したアモが丸いテーブルの近くに置かれた椅子を引きそこにマーリンが座る。
「なぜあのような人間に我々のことを話したんだ?」
「我々って随分と馴染んできたようね」
「……」
「ふふ。別に怒ってるわけじゃなわ。――そうねぇ。アタシの勘だけどね」
「勘?」
「彼なら適正だと思うわ。多分、成功する」
「あの男がそれを拒んだらどうする?」
「もちろんその時は……」
言葉を続ける代わりにマーリンは不気味な笑みを浮かべた。
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