【5滴】イメージと現実
マーリンが去った後、しばらくの間は沈黙が部屋を支配していた。
そんな沈黙を破ったのはノアのお腹の虫。その鳴き声で優也は自分もお腹が減っていることに気が付く。
「やっぱり、吸血鬼ってことは血を吸ったりするんだよね?」
「まぁ、飲むな」
「おいしいの?」
「味はそれぞれだな。ちなみにお前の血は少し甘かったな」
「うっ」
優也は大のスイーツ好きで特にプリンが大好物なのである。自分の血が少し甘いと言われ食べすぎかと心配になってしまった。
そんなことを考えていると再びノアのお腹の虫が鳴き声をあげる。
「お腹すいてるんだもんね」
そう呟きノアの隣に移動すると覚悟を決めた。
「よし! どうぞ!」
意気込みながらノアとは反対を向くと頭を横に傾けながら襟を引っ張り首元を差し出す。そして目を瞑り首にくるであろう痛みに対して心の準備をしていた。
だがいつまでたっても痛みはこない。不思議に思い後ろを振り返ると胡坐をかいたノアが同じように不思議そうな表情でじっとこちらを見ていた。
「あれっ?いらないの?」
「なにやってんだ?お前」
「???。何って……お腹すいたって言うから僕の血を……」
するとノアは急に笑い出した。それはそれは大きな声でお腹を抱えて。
「あっはっは。俺たちが腹減ったら血を吸うと思ってんのか?」
「え?吸血鬼ってそういうもんじゃないの?」
「ちげーよ。ふつーに肉や魚とか食うんだよ」
「じゃあ、十字架やにんにくが苦手っていうのは?」
「苦手だったらこんなのつけられねーだろ。俺はむしろ好きだなこの形」
耳につけられた十字架のピアスを軽く叩いて揺らすノア。どうやら優也の持っていた吸血鬼像と実際の吸血鬼には相違点があるらしい。
「えー。僕の吸血鬼イメージが総崩れだよ」
「しらねーよ。そんな勝手なイメージ」
「じゃあ何でも食べられるんだ」
「そうだな」
「んー。じゃあ……」
優也は家に何があるかを思い出す。
「昨日のあまりのカレーでもいい?」
「カレー? なんでもいいぜ」
「すぐ温めるからちょっと待ってて」
そう言いキッチンに行くと炊飯器を早炊きでセットして、冷蔵庫から鍋を取り出しIHコンロに置いた。時間が経つにつれカレーのいい香りが部屋中に広がる。
そしてご飯が炊けると2人分のカレーライスを盛り付けた。
「チーズかける?」
「おん」
こちらの質問を聞いているのかよく分からない返事を聞くと冷蔵庫を開けチーズを探す。と同時にカレーの定番お供を探した。
「あっ、福神漬け昨日で食べちゃったんだ」
仕方なくチーズだけを乗せて完成したとろーりチーズの熱々カレーライスを手に持ちテーブルに戻った。
ノアは目の前にカレーライスが置かれるとスプーンで掬い早速、口に運んだ。咀嚼するたびにどんどん上がっていく口角。
そして飲み込んだ時には子供のように無邪気な笑顔を浮かべていた。
「おぉー! うめーなぁ!」
その言葉を皮切りにノアはどんどんとカレーを口に運んでいく。美味しそうに食べる彼女の隣で優也も二夜連続でありながらも美味しいカレーを食べ始める。
そしてお互いのお皿の上が半分ほど片付いた頃、水を飲んで一息ついた優也は食べてる途中で思い浮かんだ疑問を口にした。
「ねぇ、思ったんだけど吸血鬼って普通の食べ物でお腹を満たすことできるなら血を吸う必要なくない?」
「あるぞ」
一旦、答えるとノアはを口に入っていたカレーを飲み込んでから続きを答えた。口の横に米粒が付いてるとも知らずに。
「吸血鬼にとって血ってーのは力の源だ。血を吸わねーでいると再生力は下がって、力は使えなくなって最終的には動くことすらできなくなっちまう」
「へー。やっぱり吸血鬼と血はきっても切り離せないんだね」
吸血鬼と血。それは優也の中の、というより人間の吸血鬼像の源ともなるべき部分でありそこが繋がっているということに自然と笑みが零れた。
「よかったな、お前のイメージ通りで」
「大丈夫。目の前で吸血鬼がカレー食べてる時点でイメージは崩れてるよ」
「現実はいつもイメージ通りにいかないんだよ。いいこと学んだな」
「ありがとうござます」
それから残りのカレーを食べ終えるとちゃっかりデザートとしてプリンも食べた。
そして胃と食欲が満たされた二人がソファに座っているとふと今朝の出来事が脳裏に蘇った。あの手首を噛まれた出来事だ。
「あっ。そういえば、今日の朝僕に何したの?」
「朝? あぁ~。お前がうるさかったから眠らせただけだ」
「刺したよね? というより噛んだよね?」
「ちゃんと傷は治したんだからいいだろ?」
そう言われ自分の手首を見遣るが確かに傷ひとつ無い。それどころか傷跡すらなく、もし彼女が夢だと言えば信じてしまいそうなほど無傷。
「本当だ。全く残ってない。どうやったの?」
「舐めた」
「なにその、唾つけたら治るみたいな感じ」
「俺たちの体液にも少しだが再生力があるんだよ。だからあの程度の傷なら舐めるだけでちゃちゃっと治るってわけだ。ちなみに、吸血鬼の血は他の血と混ざると薬にも毒にもなるんだぜ」
「吸血鬼の血ってすごいんだね……」
実際に体験したということもありその魔法の秘薬のような説明に疑いの目を向けようとは思わず腕を組み頷きながら感心していた。
「人間に混ざれば俺達と同じぐらいの身体能力やパワーを与えることができるんだぜ。まぁ、血が抜けるまで眷族になっちまって絶対服従になるけどな」
「なんで人間だけ?」
「さぁ? 相性がいいんじゃないか?」
ノアはどうやら理由などに関しては全く興味がないらしい。一方、優也は少し気になってはいたがそれを解明するほどの知識も無かった為、諦めることにした。
すると隣でノアが大きな欠伸に大口を開けた。それはこっちまで眠くなりそうな欠伸。
「ふぁ~。眠て~」
「夕方まで寝てたのに!? って思ったけど確かに眠たいね」
人間だろうが吸血鬼だろうが抗う事の出来ない最強の睡魔に平伏した二人は寝室へと足を運んだ。寝室に入るや否やベッドに飛び込むノア。
するとその姿を見ていた優也の脳裏にある考えが過った。
「(あれっ。冷静に考えると同じベッドで寝ようとしている?)」
そのことに気が付くと急に面映ゆくなり顔を赤らめてしまった。
「ぼ、ぼくやっぱりあっちのソファで眠ろうかなぁ~」
不自然極まりない動揺しまくった声。
だが寝室を出ようとするがノアに手を掴まれ止められた。
「急に何ってるんだよ」
「いや、ほら、なんか冷静になると恥ずかしいというか緊張するというかなんというか……」
六条優也二十五歳は、中高大合わせて五度彼女ができたが彼女よりも勉強を優先することが多くなってしまいどれも長続きはしなかった。ちなみに、当時の優也は特に気にしていなかったが大人になり悪いことをしたなと後悔している。
「じゃあ、俺があっちで寝る」
「いや、いーよ。あんなとこで寝たら明日、体が痛くなるよ」
「なに言ってんだよ。世話になってんのに一人だけちゃんとしたとこで寝るわけにはいかねーだろ」
「ノアにも、そういう常識はあったんだ」
「うるせぇ」
イラっときたのかノアの拳が肩へ伸びる。
「とにかく、俺があっちで寝るか一緒にここで寝るかの二択だ。選べ」
「――分かったよ」
その二択に渋々とベッドに入る。
だが電気を消し目が暗闇に慣れ始めても優也はまだ、落ち着けずにただ天井を眺めていた。ふと、横を見てみるとノアは既に心地よい寝息を立てている。
「やっぱり寝られないや。今のうちにあっちに行こうかな」
そう思い静かにベッドを抜け出そうとするが、腕に何かが絡み付いて動けない。首を傾げながら腕を見遣るとノアの両腕が抱き枕でも抱くように抱き締めていた。それを見た優也はバレずにそっとベッドを抜け出すことができないと分かり大きな溜息を零す。
そして再び枕に頭を沈め睡魔に連れ去れるのをただ待ち続けていると、いつの間にか本人も気が付かないうちに夢の世界へ招待されていた。
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