【6滴】忍び寄る影
朝、優也を起こしたのは目覚ましでも太陽の光でもなく電話の着信音だった。まだ少ししか開かない瞼とぼやけた視界の中、スマホを手探りで探す。見つけると相手が誰なのかを確認せずに電話に出た。
「もしもし?」
「もしもし? じゃねーわ! 今どこだよ?」
電話の向こうからは昔からの良き親友である
「どこって、家だけど?」
「家ってお前……」
その一言は呆れて言葉も出ないと言った様子だった。
「会議まで時間無いぞ」
「え? 会議?」
最初は何のことだか分からなかったがこの日会社で重要な会議があることを思い出した。そのことを思い出した瞬間、一気に焦りが心を満たす。焦りは心臓の速度を上げ眠気を追い払いながら体をすぐにでも動けるようにした。
「あっ! やばっ! 今すぐ行く!」
「早くしろよ。今だったらまだ間に合うから」
「分かった! 真守ありがとう」
「おう」
電話を終えベッドから飛び起き大急ぎで準備を済ませた優也は、大慌てで家を出発。そんな慌しい優也を送り出した後、家は廃墟のように静まり返った。
大きな窓から夕陽が差し込む時間帯。ソファに寝転がるノアの顔は夕焼け色に染まっていた。彼女は肘置きを枕代わりにし、反対の肘置きへ組んだ足を乗せている。
すると天井を眺めぼーっとしているノアの顔先に突然、マーリンの顔が現れた。
「暇そうね」
だが突然現れたマーリンに対して一切心の乱れはなく平常心そのもので彼女の顔を見るノア。
「全く、面白味が無いわね」
驚くことを期待していたのか顔を上げたマーリンは彼女の反応に対して不満だと言いたげな表情を浮かべていた。
「驚かすセンスが無いんじゃねーのか?」
「失礼ね」
するとマーリンはいつの間にか向かいのソファに移動していた。それを見たノアも起き上がり胡坐をかく。
「それで? 何しに来たんだ?」
「あら、まるであなたの家みたいな言い方ね」
「じゃあ、あいつに会いに来たのか?」
「それも理由のひとつね。あの少年可愛いから」
そう言うと心を弾ませたような笑顔を浮かべた。だがその笑みにはどこかいたずらっ子が紛れ込んでいるようにも感じる。
「そーかよ」
「大丈夫。ちゃんとあなたへの用事もあるわよ。そう拗ねないの」
「拗ねてねーよ。で? 用事ってーのは? あいつの居場所でも分かったのか?」
「それはまだよ」
マーリンはゆっくり顔を横に振る。その表情は落胆としていて、進展すら無いのか落ち込んでいるようにも見えた。
「だけど、必ず見つけるわ。その時はしっかり働いてもらうわよ」
「あぁ。契約の役目はしっかり果たさせてもらう」
そう言うとノアは心臓に胸越しで手を添える。その向こう側で脈打つ心臓には奇妙な文字が書かれた銃弾が埋まっていた。
だが血が漏れ出している様子はなく今のところ害はない様子。
「あなたには頑張ってもらわないと目覚めさせた意味がないわ」
「全力は尽くすさ」
「アタシもできる限りのことはするわ。まぁそれは置いといて、今日来たのはあることを伝えるためよ」
「何だよ?」
マーリンは焦らすように一瞬だけ間を置いてその伝えに来たことを話し始めた。
「オーク族が動き出したわ」
「あのでけーやつらか。じゃあ、ここを離れねーと迷惑になっちまうな」
「その心配はいらないわよ」
「どういうことだ?」
首を傾げるノアには彼女の言葉の意味が見当すらついていなかった。
「あいつらが狙ってるのは六条優也。あの少年よ」
「は? あいつは人間だぞ! 関係ないだろ!」
小さな爆発を起こした怒りと共に思わずテーブルを叩き身を乗り出すノア。彼女自身マーリンに怒りをぶつけても意味ないことは分かっていたが感情素直に行動してしまった。
「彼らに言わせればそんなの関係ないってことよ。重要なのはあの少年があなたの兵隊になりうるってこと」
「兵隊って……俺はそんなの作る気はねーよ。まぁ、ちょっとは出来るやつだと思ってたたけどよ」
「思ってるじゃない」
「とにかく、俺は兵隊なんてもんはいらねー。それで? いつ来る?」
「そうねー。あの一族の性格からして今日決行するんじゃないかしら。予測が正しければそろそろ動き出してると思うわよ」
それを聞いたノアは勢い良く立ち上がりドアへ歩き出す。
そんな彼女をマーリンは呼びとめ、紙袋を投げて渡した。受け取った瞬間、その紙袋は消えて無くなり煙が瞬く間にノアを包み込む。その煙が晴れると服装は黒いスキニーパンツに黒のレザージャケットとジップパーカー、黒い薄手インナー姿へと変わっていた。
「その格好好きでしょ」
「さんきゅー。んじゃ、行って来る」
マーリンは力無い手を軽く上げて振りドアに歩き出すノアを見送った。フローリングを走る音は徐々に遠のいていきドアの閉まる音が家に響くと入れ替わるように静けさが代わりにやってきた。
「そう数は来ないだろうし、オークぐらいならあの子だけでも楽勝ね。――アモ。紅茶もらえるかしら」
「かしこまりました」
いつからそこにいたのかソファの後ろに立つアモはキッチンに向かいお湯を沸かし始めた。
一方、会議にはギリギリ間に合いその日の仕事を早めに終わらせた優也は帰路についていた。家に帰るため道を歩いていると急に伸びてきた手に路地へ攫われる。口を覆う右手の所為で必死に上げる声は外界に出られず、体の自由を奪う左手の所為で身動きがとれずにいた。
「んー! んー!」
「あーもう。うるせーな!」
聞き覚えのある声に優也は少し落ち着きを取り戻した。そして顔を動かし自分を拘束している人物を見る。それは周りを警戒するノアだった。
「んー。んんー。んんんんん?」
「大声出すなよ」
「ん」
その言葉に何度も頷くと両手から解放された。やっと自由になれた優也は彼女の方を向きとりあえず聞きたいことがあった。
「なに? 急になに?」
「説明は後だ。とりあえず行くぞ」
だがその答えをくれないだけでなく返事も聞かず、彼女はさっさと歩き出だしてしまった。
「ちょっと待ってよ」
訳は分からないままだったが仕方なくその後を追う優也。
そしてしばらく彼女について行くと、少し開け三方を壁に囲まれた行き止りに出た。立ち止まったノアは辺りをキョロキョロとしている。
そんな彼女を後ろから覗き込むように見る優也はど訝しげな視線を向けていた。
「ねー。迷ってないよね?」
「……」
「……おーい?」
「あーもう、迷ってねーよ」
するとノアは(図星だったのか)苛立ちを露わにした声を上げながら後ろを振り返った。
「説明してやるから黙ってついて来いよ」
「まぁ説明は聞きたいかな」
「まず簡単に言うとだな……」
望み通り説明を始めた直後、彼女の後ろに何か大きなモノが降ってきた。
それが地面と接触すると衝撃音が空気を揺らし、砂埃が一斉に舞い上がった。煙幕のような砂埃の所為で視界は最悪。
だがその中に薄っすらと巨大な影が見えたかと思うと、上半身だけで振り返ったノアは横へと吹き飛ばされた。目の前に居たはず突如ノアが消え、固まる優也は恐怖というより何が起こったか分からず唖然としていた。
その間にも砂埃が徐々に晴れていき中からは、優也の何十倍もあるであろう巨体が姿を現す。それは鎧のように硬そうな苔色の肌で口には角が如く伸びる立派な牙とビール腹のように出た丸いお腹のオークだった。ふんどしに似たものを腰に締めているだけでその他は何も身に纏っていない。そして右手にはその巨体に見合う程の手斧を握っていた。
そんなオークと目が合った優也は今度こそ恐怖に支配され声も出せぬまま腰を抜かしてしまう。まさに蛇に睨まれた蛙のようになっていた彼をオークは特に何をするわけでもなく黙って観察し始めた。
「相変わらず人間っでーのは貧弱で弱ぞうだ。ごんなのに何の脅威を感じだんだが不思議でじょうがねぇぜ」
オークは低く濁った声でそう呟くと怯える優也へ向け歩みを進め始めた。
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