【86】吸血鬼に次ぐ鬼を喰らう者

グローリが去り残された3人組と玉藻前、心。


「随分と成長したようじゃの。璃奈りなこう弥次芦やじろ


心は右から順に美人、白銀の髪、筋肉の男を見ながら名前を呼んだ。


「あんたは老いたな。あの時の借りを返せるかと思ったが、がっかりだ」


淡々と話す幸は小さく首を横に振る。


「だが」


その言葉と共に幸は玉藻前に鋭い目を向けた。


「来た甲斐はあったようだな」

「そないわらわに会いたかったん?嬉しいなぁ」

「そんな訳ないでしょ!」


すると玉藻前の声に璃奈が噛みつくように反応した。


「絶世の美女なんて呼ばれて随分と調子に乗ってるようね玉藻前。でも、あんたのことは嫌いだけど同じ野狐のよしみとして顔は狙わないであげるわ」

「同じ野狐ゆうてもそっちは追放されたんやろ。一族としての道を捨ててなぁ」

「あんたに何が分かんのよ!」


その言葉を聞いた璃奈は急に声を荒らげる。眉間に皺を寄せ酷くイラついているようだった。


「詳しく聞いとる訳ちゃうし分からへん。そもそもそち以外に会うんも初めてやしなぁ。覚えとるか分からへんけど」


玉藻前がそう言いながら扇子で指したのは弥次芦。


「覚えてるぜぇ!まだオレッチが地狐になって間もない頃だったな。たしか...」

「弥次芦。昔話をしに来たわけじゃない」


だが幸が2人の出会い話を遮った。


「そうだったな幸」

「残念やなぁ。せっかく子どもん頃の話ができる思っとったのにぃ」


少しだけ残念そうな表情を浮かべる玉藻前。


「わしはずっと気がかかりじゃった。おまえさんには天狐や空狐になれる素質は十二分にあったはずじゃ。なのになぜあのようなことをしでかしたんじゃ?自分の師を殺すなどと」

「あんたには関係ない。あんたの友が俺の師だっただけの話。あの人はただあんたを本気にさせるためにやっただけだ」

「いつでも稽古ならつけてやると言ったじゃろ」


心は理解できないというように首を振る。


「稽古?そんな生温いものでは何の意味も無い。殺す気でなければ本気は引き出せないだろ。俺は本気のあんたを倒し証明するはずだった。だから、あんたに殺し合いを申し出た。だが、あんたはそれを断った」

「じゃからあやつを殺したというのか...」

「そういうことだ。だが、見込みは甘かったようだな。結局、あんたは本気を出さなかった。俺がこうして生きていることがその証拠だ」


幸はがっかりしたような失望したようなそんな様子だった。


「本気を出してへんじぃにすら勝てんかったゆうことは殺し合いなんてしとったら死んどったやろ。命拾いしたやない。よかったなぁ」

「そうだな」


少し嫌味っぽく言ったつもりだったが幸は気にも留めてなかった。


「だがあいつはあの時、俺を殺しておくべきだった」


玉藻前の言葉を軽く受け流した幸は視線を心に向ける。


「だがもうどうでもいい。もうあんたと話すことはない。そろそろ借りを返させてもらう」


すると幸の足元に2匹の狐が現れた。その狐の瞳と毛の色は普通とは異なり蘇比そひ


「老いたあんたにもう興味はない。今回は本気を出そうが出さまいが好きにするといい。どちらにしろ殺す」


意思に従っているのか自分の意思があるのか蘇比の狐【蘇比狐そひぎつね】は幸が何の指示を出さなくとも走り出した。そんな2匹の蘇比狐の後ろには後を追うように足跡のような波紋が現れ広がっては消える。だが蘇狐が迫りくる中、玉藻前と心は一切動こうとしなかった。しかしそんなことなどお構いなしと襲い掛かるにはまだ遠いが蘇比狐はその跳躍力を見せつけるかのように同時に飛び掛かる。それを見てもなお動きだす気配のないその様子はまさに余裕の表れ。そして狼のように大口を開け襲い掛かる蘇比狐。だが標的まであと一歩というところで甲冑の籠手を着けた左前腕がそれを阻んだ。その前腕は四肢の一部でしかなかったが、玉藻前・心を覆うには十分な大きさ。行く手を阻まれた蘇比狐は籠手の前腕と接触した瞬間、炸裂するがそれも防がれ無駄に終わった。爆発の煙の中からは傷ひとつ無い籠手の前腕が何もなかったかのように現れた。


「成長したのは見た目だけじゃないようじゃの。安心じゃ」


心の言葉と共に籠手の前腕はフェードアウトするように段々と消えていった。玉藻前と心の視界から籠手の前腕が消えるとそこにいたのは幸だけ。弥次芦と璃奈の姿はどこにも見当たらなかった。だがこれに対しても2人は予想していたのか居場所に検討がつくのか動じていない。そして2人の後ろに回り込んでいた璃奈は片手を地面につける。すると玉藻前・心の3mほど後ろの地面から腕ぐらいの太さはあるであろうツタが4本、地面を突き破り小さな水しぶきをあげながら出現した。身をくねらせているツタたちは鋭く尖った頭を掛け声でもかけられたかのように同時に後ろに引き勢いをつけてから2人に向かって突っ込んでいく。しかし蘇比狐同様その行く手は阻まれた。違っていたのは籠手の腕ではなく地面から燃え上がった炎の壁【炎壁えんへき】であり炸裂はせず燃えて灰となったこと。


「腕を上げたのぉ。もえ。さすがじゃ」

「ええ師匠のおかげやわ」

「失敗はわしのもん、成功はおまえさんのもん。成長はおまえさんが努力した結果じゃて」


そんな師弟の話している彼らの上空からは弥次芦が降ってきていた。体に着けた筋トレ器具に抵抗しながら拳を構え物理法則に従いって落下してきている。そんな弥次芦を受け止めたのは受け皿のように現れた籠手の左前腕だったが、拳と掌が触れると籠手側が一気に押し込まれた。だが、瞬時に新たな籠手の右前腕が出現し左前腕を支えたことで弥次芦は止まった。そして両手でやっと止めることのできた弥次芦を次は一気に押し返す。押し返された弥次芦はそのまま幸と既に戻っていた璃奈の所まで戻り着地。弥次芦を加えて再び3人が一ヶ所に集合した。


「やはり止めにせんか?幸や」

「あんたひとりで止めればいい」


そう答える幸の足元に再び狐が1匹現れたが、今度は色が違っていた。先程は蘇比だったのに対し、この狐の瞳と毛は白群びゃくぐん。この白群の狐【白狐びゃくぎつね】はすぐには動き出さず幸の足元で呼吸に体を揺らしていた。そんな中、先陣を切ったのは璃奈。一歩前に出ると今度は両手を地面に着ける。すると地面からは先程の倍以上のツタが現れ体をくねらせていたかと思うとダイブするように頭から地面に潜った。心・玉藻前の5m程前から再び地上に現れたツタは少しでも早く辿り着こうとしているのか体を目一杯伸ばしその距離を縮める。それに対し玉藻前は先程よりも範囲を広げ炎壁を目の前で燃え上がらせた。デジャブのように炎壁に向かっていくツタだが今回はそのツタ群の中を白狐が走っていた。白狐はツタを追い越し先に炎壁に着くと大きく口を開け吠えながら吹雪の如く冷気の息を吐き出す。冷気の息は燃え盛る炎をも凍り付け息のかかった一部分だけではあるがただの氷壁と化した。そのタイミングで白狐と氷壁の間に弥次芦が上空から登場。着地するや否や曲げた腕を身に寄せタックルの姿勢をとり氷壁へ突撃していった。気持ちのいいほど綺麗に砕けた氷壁。破片となった氷は宙を煌びやかに舞う。それはまるで宝石の雨が降っているかのような光景だった。だがその光景を楽しむ者などこの場にはおらず、弥次芦の正面に拳を握った籠手の前腕が現れると突破された炎壁に蓋をするように殴りかかる。それに対し弥次芦は逃げるどころか両手を広げ腰を落とし真正面から迎え入れた。全身で拳を受け止めるとほんの数㎝ほど押されただけでピタリと止まる。そして弥次芦が開けた突破口から遅れてツタが入り込むがその全てが玉藻前の方に向かった。その場に鎧武者を出現させ自身は後方へ下がるが3本だけすり抜け玉藻前を追う。どうにか貫こうと鋭い頭を何度も突き出すツタたちだったが扇子一本に防がれ続け思惑通りにはいかない。一方、心の元に敵影は一切なかった。わけでもない。心の前方で燃え盛る炎壁も白狐によって凍り破壊され、舞い落ちる氷の破片の中にいたのは幸。付き従う白狐は3匹に増えていた。その3匹の白狐は上空に跳ぶと体を丸め回転し始める。段々と回転速度は増していき丸い球体になると3匹はひとつになった。そしてひとつになり大きな球体となった3匹の白狐は弥次芦と心の間に落ち、見上げるほど高い氷壁を築き上げる。上下左右に果てしなさを思わせるほど広がっていった氷壁はちょうど2つのグループ(幸・心と弥次芦・璃奈・玉藻前)に区切る形で二分した。


「やはり気乗りはせんのぉ」

「なら次は玉藻前を殺してやろうか?そうしたらあんたも本気で俺を殺しにくるだろう?」


幸が冗談でも煽りでもなく本気で言っていることはその目を見れば明白。


「もしそのようなことをすればわしは確実におまえさんを殺すじゃろう。じゃが、あの子はそう簡単にはやられんぞ」

「それはいい。だが、今はあんただ」


幸の両側の足元にはまた新たな狐、猩々緋しょうじょうひに染まった狐【猩々狐しょうじょうぎつね】が姿を現した。2匹の猩々狐は口から火炎放射器の如き焔を吐き出す。それぞれの焔は標的を焼き尽くすために途中から混じり合うと大きさを増し心を飲み込んだ。かと思われたが焔は心を避けるように2つに裂かれていた。心の前では何者かが握った刀で焔を受け止めていた。そしてそのまま断ち切るように焔をかき消す。名残として辺りに散る火の粉の中から現れた者は、地面に届きそうな程明るい緑色の長髪に太刀を握っていた。そして全身が真っ白な肌で顔には赤い線で描かれた隈取くまどり、下は黒地に金の模様の行灯袴あんどんばかま、上は真っ赤な長着と金の模様が入った真っ赤な羽織りを着ていた。


「たった1体で鬼をも凌ぐといわれる喰鬼かぶき。それがあんたの十八番か」

「引退してからは出すのは初めてじゃがの」


心の前に立つ喰鬼は右手に持っていた太刀を左手に持つ赤に金の装飾が施された鞘に納めた。

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