【86滴】吸血鬼に次ぐ鬼を喰らう者
グローリが去り、その場に残された三人組と玉藻前に心は出方を伺うように互いへ視線を向け続けていた。
「随分と成長したようじゃの。
先に口を開いた心は右から順に美人、白銀の髪、筋肉の男を見ながら名前を呼んだ。その口調はグローリが連れて来た相手とは思えない柔らかなものだった。
「あんたは老いたな。あの時の借りを返せるかと思ったが……ガッカリだ」
落胆の色は見せず淡々と話す幸は小さく首を横に振る。
「だが――」
その言葉と共に幸は玉藻前に突き刺すような視線の双眸を向けた。
「来た甲斐はあったようだな」
「そないわらわに会いたかったん? 嬉しいなぁ」
「そんな訳ないでしょ!」
すると玉藻前の声へ透かさず璃奈が噛みつくように反応した。
「絶世の美女なんて呼ばれて随分と調子に乗ってるようね玉藻前。まぁでも、あんたのことは嫌いだけど同じ野狐の誼みとして顔は狙わないであげるわ」
璃奈は勝ち誇り見下すような笑みを挑発的に浮かべて見せる。
だが玉藻前は表情一つ変えない。
「同じ野狐ゆうてもそっちは追放されたんやろ。一族としての道を捨ててなぁ」
「あんたに何が分かんのよ!」
するとその言葉を聞いた璃奈が突如、声を荒らげた。眉間に皺を寄せ酷く苛立っているようだった。
「詳しく聞いとる訳ちゃうし分からへん。そもそもそち以外に会うんも初めてやしなぁ。覚えとるか分からへんけど」
玉藻前がそう言いながら扇子で軽く指したのは弥次芦。
「覚えてるぜぇ! あれはまだオレッチが地狐になって間もない頃だったな。確か……」
「弥次芦。昔話をしに来たわけじゃない」
だが幸が二人の出会い話を遮った。
「そうだったな幸」
「残念やなぁ。折角子どもん頃の話ができる思っとったのにぃ」
少しだけ残念そうな表情を浮かべる玉藻前だったが、どこか話が出来ないのも分かっていたようだった。
「わしはずっと気がかかりじゃった。おまえさんには天狐や空狐になれる素質は十二分にあったはずじゃ。なのになぜあのようなことをしでかしたんじゃ? 自分の師を殺すなどと」
「あんたには関係ない。あんたの友が俺の師だっただけの話。あの人はただあんたを本気にさせるためにやっただけだ」
「いつでも稽古ならつけてやると言ったじゃろ」
心は理解できないというように首を振る。
「稽古? そんな生温いものでは何の意味も無い。殺す気でなければ本気は引き出せないだろ。俺は本気のあんたを倒し証明するはずだった。だから、あんたに殺し合いを申し出た。だが、あんたはそれを断った」
「じゃからあやつを殺したというのか……」
「そういうことだ。だが、見込みは甘かったようだな。結局、あんたは本気を出さなかった。俺がこうして生きていることがその証拠だ」
幸の表情には落胆したような失望したような、そんな様子が微かだが浮かんでいた。
「本気を出してへんじぃにすら勝てんかったゆうことは殺し合いなんてしとったら死んどったやろ。命拾いしたやない。よかったなぁ」
「そうだな」
それは少し嫌味っぽい言葉だったが、幸は気にも留めてない様子。あっさりと受け入れた。
「だがあいつはあの時、俺を殺しておくべきだった」
そして玉藻前の言葉を軽く受け流した幸は視線を心へと向ける。
「だがもうどうでもいい。もうあんたと話すことはない。そろそろ借りを返させてもらう」
すると幸の足元に二匹の狐が現れた。その狐の瞳と毛の色は普通とは異なり
「老いたあんたにもう興味はない。今回は本気を出そうが出さまいが好きにするといい。どちらにしろ殺す」
意思に従っているのか自分の意思があるのか蘇比の狐【
だが蘇狐が迫りくる中、玉藻前と心は一切動こうとしなかった。
しかしそんなことなどお構いなしと、襲い掛かるにはまだ遠いが蘇比狐はその跳躍力を見せつけるかのように同時に飛び掛かる。それを見てもなお動きだす気配のないその様子はまさに余裕の表れ。
そして狼のように大口を開け襲い掛かる蘇比狐。だが標的まであと一歩というところで甲冑の籠手を着けた左前腕がそれを阻んだ。その前腕は四肢の一部でしかなかったが、玉藻前と心を覆うには十分な大きさ。行く手を阻まれた蘇比狐は籠手の前腕と接触した瞬間、炸裂するがそれも防がれ無駄に終わった。
そして爆煙の中からは傷ひとつ無い籠手の前腕が何もなかったかのように現れた。
「成長したのは見た目だけじゃないようじゃの。安心じゃ」
心の言葉と共に籠手の前腕は幽霊のように段々と消えていった。
そして玉藻前と心の視界から籠手の前腕が消えると――そこにあったのは幸の姿だけ。弥次芦と璃奈の姿はどこにも見当たらない。
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