【64滴】榊原真人と六条優也
「そういえばディンドから君に教会で言いかけてた話を聞けと言われてたんだが、一体何の話なんだ?」
一瞬記憶を遡り、その話とやらを思い出そうとするが意外にもそれはすぐそこにあった。
「多分それは、僕が人間から吸血鬼になった。っていう話のことだと思います」
その一言を聞いた榊原は思わず手に持っていた食べかけのドーナッツを置いた。
「もしや吸血鬼の心臓を使ったのか?」
「えっ? あっ……はい。知ってるんですか?」
榊原が優也の言葉に吃驚したように、優也もまた彼の言葉に驚きを隠せなかった。
「私も資料で読んだだけだがな。まだ君らが御伽と呼ばれていなかった頃、陰陽師一族と政府の科学者数人がとある実験計画を始めた。それは――生きた吸血鬼の心臓を取り出し人に移植するというものだ。彼らは吸血鬼の力だけを人に移せないかと期待していたらしい。結局、失敗に終わり移植された人々は激しい苦痛の末に死んでしまったらしいがな」
同じ政府の人間だからか榊原は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「それって人体実験……ですよね?」
「あぁ。もちろん公にはされていない。資料を読みながら成功するはずないと思っていたが……。だがまさか成功者とこうやって話をすることになるとはな。――しかし、一体誰が現代でそんな人体実験紛いな事をしたんだ? 成功したから良かったものの失敗していたらとんでもないことだぞ」
「僕の口からは魔女、としか言えません。それにこれは僕が望んでやったこなので」
自分の望んだことで強制されたわけじゃない。そう言いたかった優也だが、榊原は別の言葉に反応していた。
――魔女。その単語に榊原は更に興味をそそられたような表情を見せていた。
「ほう――魔術を扱う一族か。極めて情報の少ない種族だ。その存在すら疑われる程のな。だが、人ならざる者である魔女がやったのなら成功したのも多少は納得だ。ディンドに口止めされてたのはこの話か?」
「はい」
「ヤツの判断は正しいな。昔から。――確かに人には言わない方がいい。特に政府のお偉い方やその類の科学者が知れば是が非でも君を捕らえ解剖なりして成功の秘訣を探ろうとするかもしれないからな」
そう言うと榊原は湯気の出る湯呑を手に取り一息ついた。
「折角の機会だ。何か訊きたいことはあるか? 答えられる範囲なら答えよう」
その言葉に優也は僅かな間を空けたが、疑問は直ぐに思い付いた。
「それじゃあ、INC対策機関というのはいつからあるんですか? 色々調べた時は全く出てこなかったので」
「INC対策機関が正式に結成されたのは最近のことだ。基本的にはINC、陰陽師一族、御伽関係の情報は極秘扱いだからそう易々と調べられるモノじゃない。私達の存在が知られるということは御伽の存在も知られるということ。そう簡単には信じないとは思うが、知れ渡れば接触を試みる者が現れるのは目に見えている。政府としてはそういう者を出したくないのと対策がまだ万全ではないため公開は出来ないという考えらしい。INCが結成される前は、陰陽師一族が対応していたんだが他国の後押しもありこのINC対策機関が結成されたんだ。と言ってもまだ機関名すら仮なんだがな」
「訊いておいてなんなんですけど、極秘なのに話して大丈夫なんですか?」
それに対し榊原は最もな質問だと言わんばかりに笑いを零した。
「君は既に私達の存在も御伽の存在も知っている。それにそもそも人間ではないから大丈夫だ。それに私も未完成ではあるがINC対策機関という組織を指揮する身、人を見る目はあると思うがな」
「要らない心配だったみたいですね」
「それと君は信じられる気がするんだよ」
言葉と共に優也を指差す榊原。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけどそんなに簡単に信じていいんですか?」
「時折出会うんだよ。良く知っている訳でも長い時間共に過ごした訳でもない、全く知らないのにも関わらず信じられる気がする者に。経験なのか直感なのか根拠は分からないがな。だがこの感覚は確かなものだと私は知っている」
「……僕も一度だけ感じたことがあります」
優也はその感覚を感じた思い当たる出会いを、彼の人生を変えた出会いを脳裏で思い出していた。
「なら私の気持ちも分かるはずだ」
そして榊原は少し間を空けて再び口を開いた。
「ところで実は君に依頼したいことがあるんだ」
すると榊原はそう言うと座り直し軽く身なりを整えた。
「先に言っておくがこれからするのはINC対策機関の総司令官としての依頼だ。それと引き受けるも断るも君の意思次第。自由だ」
「はぁ」
突然のことに気の抜けたような返事をしてしまう優也。
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