永訣のWAACKDANCE

雷藤和太郎

WAACK…鞭のように、しなやかに

 成人式のために久々に故郷に帰ってきた僕は、かつて高校時代に仲良くしていた友人と一緒に、近所の居酒屋に行った。そこで色々と懐かしくなって、ほんの数年前のことをあれこれと語り合っているうちに、ふと文化祭での出来事を思い出した。

「なあ、文化祭でのアレ、覚えてるか?」

「アレって何だ?」

「ほら、同級生にいたじゃないか、ホモカップルが。あの二人が文化祭で披露したダンスのことだよ」

「ああ、ああ、思い出した。そんなこともあったなァ」

「あいつらのこと、もう名前も覚えてねぇんだけど、何か突然思い出してさ」

 おそらく、酒が入っていなければ話題にも出さないようなこと。青春時代という瑞々しさの代名詞のような時期に刺さった、棘のような思い出だ。

「……僕さ、実は今でも時々思い出すんだよ、あのダンスを」

「ユーチューブに動画が上がってただろ、確か」

「マジで?」

「ああ。ちょっと見てみようか」

 友人がスマホを取り出して検索する。男子高校生、ダンス、文化祭、そんな単語を検索にかけてようやく見つかった動画は、確かにあの時の動画だ。友人はスマホの音量を上げる。質の悪いマイク特有のボーッとした音と、ざわつく体育館内。舞台に上がった二人の男子は、共にワンピースを着ている。

 くるぶしまで隠れるほどの純白のワンピースに、腰の部分を帯のような太いベルトで締め上げて、髪の毛は二人とも男子らしく短髪である。

「よく先生が許したよな」

 友人がつぶやく。

 動画内は嘲笑と怒号で溢れている。

「ハハハハ、なんだあの恰好!」

「カマホモじゃねーか!」

「あの二人付き合ってるんじゃなかったっけ?」

「マジかよ!」

 曲がかかるまえに、スピーカーから透き通った男声が流れた。


――たった一つ、願いを叶えよう。



 ※


 その日は、いつ雨が降り始めてもおかしくないような、低く立ち込める灰色の雲が空一面を覆っていた。

 男子校の文化祭など、何か特に見どころがあるような催し物があるはずもなく、強いて言えば県の大会で「ダメ金」と言われる上の大会に出場できない金賞をとった吹奏楽部と、そのおまけに合唱部が演奏を披露する程度のものである。

 僕の通う男子校は殊更で、文武両道を校是とする進学校だったものだから文化部はもともと肩身の狭い思いをしている。運動部と勉強の両立こそが文武両道であると信じて疑わないステレオタイプな学校、それが僕の通う高校の姿だった。

 そんな高校だったからこそ、異物に対して酷く偏見のある学校でもあった。あるいは、男子校ゆえにそのような関係について敏感であったというべきだろうか。僕の学年には、有名な二人組がおり、その二人は男同士で付き合っているという噂が立っていたのである。

 その真相に関して、僕は詳しく知らない。もっとも、僕はその二人の名前さえも知らないのだ。そのため、ここではイニシャルですらないAとBの二人と記させてもらう。AとBは常日頃一緒にいて、確かに一般的な仲の良さとは一線を画すような関係に見えることも多々あった。遠巻きに見てそう思われる、というのは人の妄想を逞しくさせる。二人が仲良くすればするほど、周りに同級生が寄り付かなくなり、いよいよ二人は孤立するのだが、孤立状態を注意するはずの先生もまたステレオタイプなので、注意する対象はそうせざるを得ない二人の方であり、その他「普通の」生徒には一切注意をしないのであった。

 その時の僕はそれが「普通だ」と信じて疑わなかった。学校の内にある世界は思っている以上に狭く、日々の勉強でいっぱいいっぱいの頭に普通の外にあるものへと向ける目は無かった。それは決して僕だけではないと思う。でなければ、AもBも、もっと自由な高校生活を謳歌できているはずだ。

 三年生だからと言って、文化祭で何か華々しいことをしなければいけないなどということはまったく無く、ほとんど受験勉強の片手間のような文化祭だった。クラスで何かしら出店をしなければならないのは二学年までで、三年生になるとそのような軛は一切なく、部活動の出し物に注力したり、あるいは下級生の出店を冷やかしに行くのがほとんどである。僕のクラスも何か特別出し物をする訳でもなく、その日一日は、受験勉強の毎日という荒野に突然現れたオアシスのような日であるはずだった。

「おい、これ見ろよ」

 クラスの誰かがつぶやいた。

 当日、外部から来る保護者や地域の人に向けての催しのパンフレットの中に、興味深いプログラムを発見したのである。

 パンフレットにはどこで何が出展されているかの案内のほかに、体育館で行われる生徒会主催の催し物、そのプログラムが掲載されている。生徒会主催の催し物は吹奏楽部と合唱部が演奏会を始めるまでの空き時間を有効活用できないかと始まったのがきっかけで、学外で何か文化的な活動をしている人の発表会のようなものだ。

 漫才、落語、演劇、ライブ、ラップ、ビブリオバトル……学校の部活動では扱わない様々なプログラムがその時間内にプログラムとして組まれている。パンフレットにはプログラムの内容と共に出演者が記載されている。

 そのプログラムの一つである「ショーケース」とだけ書かれたプログラムに、AとBの名前が書かれていたのだ。

「ショーケースだってさ。何だ、ショーケースって」

「ショーケースでググってもケーキ屋にあるガラス張りのケーキ並べるラックしか出てこないんだけど」

「ケーキ出すの?」

「あいつらならデートでケーキ食べるかも知れないけど、ケーキ作って持ってくるってのはないだろ!」

 教室内が笑いに包まれる。

 この時の僕はすっかり失念していたのだが、Aはクラスが一緒だったはずで、だとすれば僕らはAがいる場所でそんな話をしていたことになる。もっともこの時Aは既に教室を無言で出ており、このプログラムのために準備をしていたので、この場がAに目撃されることは無かったのだが。

「じゃあ何だよショーケースって」

「分からん!よし、じゃあ見に行くか」

「そうだな、俺たちが“応援”してやらねぇとな、クラスメイトとして」

「そうそう、クラスメイトとして“応援”しに行こうぜ!」

 簡単に言ってしまえば、暇だったのだ。取り立てて見に行くべきものもなく、何か出し物がある訳でもない僕のようなクラスメイトは、こうして興味本位で体育館へと足を運んだ。

 渡り廊下から見えるどんよりとした空は、気温を不可思議に変化させる。その湿気に蒸し暑さを感じる者、肌寒さを感じる者、どちらの主張もあって、そのどちらとも白いワイシャツが湿気で微妙に透けて中のシャツの色を浮き彫りにしていた。

 体育館内は、外の不思議な気温の感覚とはうって変わって、照明と人いきれでこもった熱が湿度を孕んで非常に不快である。体育館正面のステージに対して入口である後方には、外部から来た客用にパイプ椅子が並べられていたが、そんなことはお構いなしとばかりに、生徒たちは並べられたパイプ椅子を手にすると、思い思いの場所に置いて、そこにドッカと座るのであった。

 そのため、並べられていたはずのパイプ椅子は虫食いになっており、外部から来た大人たちが逆に申し訳なさそうに座っている。僕らも他の生徒に倣って適当にパイプ椅子を拝借すると、おそらく吹奏楽部が演奏するスペースになるのだろうステージ前のガランとした場所に椅子を置いて腰かけた。

 有志の三年生による自主制作映画の上映会前で、体育館はその準備のために遮光カーテンを閉める最中だった。ショーケースまでにはまだいくらかプログラムがあるものの、一度腰を下ろしてしまうと他に行くのが面倒になってしまう。特別見たいものがある訳でもないのに点けてしまったテレビのようなもので、僕はクラスメイトと共にダラダラとその自主製作映画を見た。途中、三度ほど隣の友人に小突かれたが、僕も友人のことを二度ほど引っ叩いたのでおあいこだ。

 蒸し暑さと出し物のつまらなさとが絶妙に不快指数を上げていく。

「俺たちは何でこんな不快な思いをしているんだ」

 クラスメイトの誰かがつぶやいたが、このあまりにも不快なサウナを誰一人として退場しようというものは現れない。それどころか、昼食後に行われる吹奏楽部の発表会のためだろうか、外部からやって来る人は徐々に増えて、不快指数はいたずらに上がるばかりである。

 人が増えてくれば、パイプ椅子を自由に占有する訳にもいかず、隙を見て元の位置に並べ直し、生徒たちは壁に寄りかかったり、あるいは前方の空いているスペース、その地べたに座ったりする。そういう妙な利口さを見せるのが、進学校特有なのかどうかは分からない。

 地べたにすわった僕は、尻から感じる床の冷たさと、触れてわずかに感じる程度の結露の予感とで、寒々としていた。次のプログラムが目的のものでなければ、椅子を元に戻すついでに体育館から脱出していたかも知れない。

 そんな場面で、AとBの二人はステージの上に現れたのだった。

「うげ、なんだよあの格好」

「マジ?きっしょ……」

 隣にあぐらをかいて座る友人の言葉に、胸の内で大きく頷いた。AとBは共にくるぶしまである純白のワンピースを着ていた。腰の位置で布地を引き締めるベルトは着物の帯よりも少し細いといった程度に太い。ベルトの下方は布地をたっぷりと使ってドレープが作られており、それが男性の肩幅を見る者の意識の外へと追いやっていた。

 Aの方は細身の長身だったので、女装が全く似合わないということは無かったが、Bの方は身長が低い割に肩幅があったので、女装をするとどうしてもそのアンバランスさが浮き彫りになる。

 在校生はみんな、一瞬あっけにとられ、それから笑い始めた。

「なんだよその格好!その格好でなにするんだよ!」

「何やるんだか分かんないけど、頑張れよー!」

「面白いの期待してるからなー!」

 応援なのか野次なのか、傍から見たら判別のつかないような言葉がAとBにかけられる。その間、AとBは何も言わず、無表情でステージの上に立っていた。罵詈雑言の津波の中で、じっと荒波に耐える岩礁の貝のように、二人は佇んでいた。

 やがてひとしきりの笑いが小波となって引いていく頃に、ようやくスピーカーから澄んだバリトンボイスが聞こえてきたのである。


――たった一つ、願いを叶えよう。


 一呼吸あって、音楽が流れる。バグパイプのケルト音楽。僕はそれを聞いたことがあった。

「魔ガルだ……」

「何か言ったか?」

 友人がこちらを向いたと同時に、ステージ上の二人が動き出した。Aは喉に手を当て窒息しているような格好、Bは両手で目を覆って顔を上げた。

 かかった曲と、二人のとったポーズで僕は確信する。二人は『魔人のガールフレンド』というアニメのオープニングを演じようとしているのだ、と。

「今やってるアニメだよ。オープニング曲のイントロがバグパイプソロなんだ」

 説明している間にも、二人はステージ上で演技を始める。劇を演じるのかと思ったが、どうやらそれは僕の勘違いで、二人はステージ上で踊り始めた。腕を指先まで伸ばし、上体を反らせながら腕を上へ左右へと振り伸ばす。しなるような腕と体の動きは、バグパイプのゆったりとしたテンポに合わせて変化し、AとBそれぞれが別の動きをしていたかと思えば息を合わせて共にその場でフィギュアスケートのようにスピンをする。

「バレエ?」

「なんだよ女々しいダンスだなぁ!」

 友人の言葉は、ステージの上に届いていないようだった。腕で輪を作り、片足を上げてその場でスピンする様はまさしくバレエを思わせ、回転に合わせて膨らむ純白のワンピースのドレープは優雅でさえある。踊っているのが男子高校生ではなく、女子高校生だったならば、歓声があがっただろう。

 Aが足を上げるとスカートの中から細く長い脚がわずかに顔を覗かせる。

「うわっ、見たくねぇ!」

「きったなッ」

 BがAに向かって右腕を伸ばし、その手を取るようにAが近づくものの、すれ違い、手は取られず、二人の立ち位置が変わる。

 『魔人のガールフレンド』、それは少女漫画を原作とするアニメだ。

 深き山中を収める貴族の令嬢、父親の趣味である蒐集した骨董品の中にあったペルシャランプに触れると、中から魔人が現れる。スピーカーから流れてきた言葉は、その魔人の第一声だ。令嬢は答える。「私を、海に連れていってください」。魔人の出てきたランプを片手に、令嬢は家出して海に向かう。

 AとBが最初にしたポーズは、それぞれ魔人と令嬢を表していた。ペルシャランプは難破船から引き揚げられたものであり、魔人は海を嫌っている。深海で息を潜めている様子をAが表現していたのだ。一方、貴族の令嬢は目がほとんど見えない。ほとんどというのは、差し込む光の量や光に混ざる色の変化などは分かるものの、視認できるのはその程度で、健康的な日常生活を営むのは難しいという意味である。目を覆ったBは令嬢の役をしているということだった。

 しかし、ここで僕が不思議に思うのは、二人の格好は共に令嬢の格好である、ということだった。純白のワンピースは令嬢の衣装であり、魔人は肩パッドのついた膝丈ほどのワイシャツのような服装をしているはずである。

 そんな僕の疑問などお構いなしに、歌が流れる。メロディアスなケルティック音楽をハスキーな女声ボーカルが歌い始めた。


――紺碧の空、届く光、あなたの見ていた景色も、同じような世界?


 Aが一歩後ろに下がり、Bがわずかに前に出ると、上体と共に腕をしならせて、鞭のように動かす。背を丸めて、また伸ばして、ターンと同時にステージを移動し、ある時はバレエのように、またある時は曲のリズムに合わせて、Bという存在でステージを満たしていく。


――たった一人残された世界、さざ波のように声が聞こえる

――遠く離れて、思い出は色褪せ、あなたと出会って、もう一度願った


 Bのダンスが激しさを増して、最初のコーラスが終わると同時にポーズをとってその場に片膝をつけて座った。ワンピースの裾の陰影がスポットライトを反映している。そのポーズは、魔人の「たった一つ、願いを叶えよう」という言葉に返答するときの令嬢のポーズだ。令嬢の手のひらよりも少し大きめのペルシャランプを、窓の外から入ってくる月光に照らして答えるシーン。目が見えないので魔人の方を向いてはおらず、代わりに令嬢の視界はペルシャランプに反射した黄金の月光で満たされる。


――海を、潮風を、この身に感じることさえできれば、思い残すことは無いと

――そう信じるあなたに、もう一度世界を願った


 セカンドコーラスでダンスをするのはAだ。全身を使って海と潮風をステージの上に幻視させる。Bに比べて動きが粗雑に感じるのは、手足の長さのためだろうか。スピンによってひらめくワンピースのスカートが、波しぶきを思わせる。

 「願った」の歌詞に合わせて二人が立ち上がる。虚空にある何かを掴むように指先を動かして顔の前で拳を作りながら、ステージの前面ギリギリ、その両端に二人が位置取る。


――無慈悲な暴風が二人を切り裂く、雷よ止め、少女の願いを叶えるために


 ステージの上の二人は両手を広げ、体の前で手を打ち鳴らし、その両手を神に祈るように天へと向けた。曲調がガラリと変わる。

 ケルティックな四拍子の曲は、歌詞に呼応するように八分の六拍子へと変化する。大海原の上で嵐に見舞われたガレオン船の上にいるような錯覚に、僕は襲われた。


――孤独な二人のしじまに、悲しく冴えゆく月光

――沈み、揺らぎ、泡沫、踊るランプ

――瞳に映るは明日か、それとも地を這う嵐か

――魔人はたった一つ願う……少女の幸せを


 貴族の令嬢である少女は旅立ち、魔人に助けられながら海を目指す。しかし魔人は海底深くに沈められていたために、海が苦手であった。それでも魔人の矜持が彼らを海へと目指していたが、令嬢の親は少女を連れ戻そうとし、周りは目の見えぬ少女に侮蔑の目を向ける。

 それでも必死に海を目指す少女に、魔人は情が湧いてくる。「海に到着したら、どうするんだ?」魔人が問うと「分からない……。海を見て、潮風を感じて、それで終わってしまうのならそれでいい」と少女は答えた。

 魔人は少女に海の恐ろしさを説くものの、その言葉は少女を勇気づけることはあっても、引き返す材料にはならなかった。少女は命を諦めたいのでは、と思い始めた矢先に、少女の持っていたランプが誰かに盗まれてしまう。

 放送されているのはここまでで、この後どうなるのかはまだアニメでは放送されていなかった。原作を尊重されていながら、徐々に路線が変わってきていることが一部ネットで賛否両論なされており、さまざまな憶測が流れている。

 閑話休題。二人のダンスは歌詞をなぞるように、丁寧に、注意深く構成されている。AもBも互いに目を合わせることなく、ダンスの種類は恐らく同じなのだろうが、意図的に同じ動きを避けている。時々ダンスがユニゾンし、足と腕を大きく広げてスピンをしたりすると、その動きだけが浮き彫りになって、また動きが別れてしまうために寂しさが一層募る。

 曲は二番を飛ばして最後のサビに入る前のブリッジへとつながる。

 もう、誰も二人に野次を飛ばしていなかった。


――明けの空、明星は嘲笑い、再び沈むランプに、少女が手を伸ばす


 自分自身を抱きしめるようにして背中を掻きむしり、その場にうずくまる二人。ステージ上を縦横無尽に踊っていたはずなのに、サビ前と同じ場所に立っており、二人の間は離れている。

 沈むランプの表現なのか、音に合わせて二人の指が虚空に一瞬だけ花開き、すぐに小指から握るようにしてつぼみとなる。

 「少女が手を伸ばす」の歌詞に合わせて、Bが片腕を空に伸ばした。曲はそこからアカペラになる。


――互いの幸せ願って それでも心は痛んだ

――犠牲はいらない そういって互いに傷ついた


 固唾を飲む、というのはこう言うことを言うのだと思った。既に僕は二人の演技に夢中になって、次の展開に目が離せなくなっている。それは他の友人も同様で、蒸し暑い体育館は、蒸し暑い潮風のなびく月夜の大海原を不安げに漂っているようにさえ感じられた。


――孤独な二人のしじまに、それでも心が叫んだ

――擁き、灯り、陽光、冴える地平線

――瞳に映るは孤独か、それとも海行くイルカか

――少女はたった一つ願う……魔人の幸せを


 再び、全身を鞭のようにしならせる二人のダンス。短いスパンにダンスを受け渡すように、交互に踊る。AがBに腕を伸ばすとAはそのポーズで止まり、Bが動き出す、Bがその場で回転してAに向かって振り回した腕を伸ばすと今度はBが止まりAが動き出す、といった風に。

 ユニゾンで動くことは全くないのに、その息の合ったダンスの受け渡しが深い信頼によって成り立っていることが痛いほどに伝わってくる。

 サビでは嵐のように掻き鳴らされていたクラシックギターが、凪のように波が引き、バグパイプの音が遠くからかすかに聞こえると、曲はエンディングを迎える。汗だくになって、肩で息をするAとBの二人は、音楽のフェードアウトに合わせて動きを緩やかにして、やがて互いに背を向けて終わる。

 Aは両手で目を覆って俯き、Bは片手で喉をおさえながらもう片方の手のひらを天に向けている。

 万雷の拍手と共に、二人はステージを降りた。

 その後のプログラムも呆然として眺めて文化祭は終了したが、ついに僕らは卒業まで、二人の演技について一切触れなかった。


 ※


「あの後、AもBももう学校に来なかったんだよな」

 友人は、もう何杯目か分からない焼酎のグラスを、中の氷を弄ぶように傾けた。

「出席日数は足りていたようだし、大学に進学できれば、って感じだったんだろうね」

 焼酎の飲めない僕はずっとビールを飲んでいる。テーブルの上のつまみはあらかた消えてしまった。当たり前だ、僕たちはもう十回はそのダンスの動画を繰り返し見ているのだから。

「文化祭が終わったら、元からそうするつもりだったんだろうな」

「どうしてそう思ったのさ」

「この動画のタイトル、見てみろよ」

 一般アカウントではあるが、この動画が消されていない、ということは、少なくともどちらかの許可が下りているということだ。どちらかが目にして、その動画の意味深長なタイトルに訂正がなされない、ということは、少なくともそういう意図があったのだろう。

 あるいは、そのアカウントが本人である可能性もある。

「永訣のWAACKDANCE?」

 永訣。それは永遠の別れ。

 二人は、このダンスを通して、あの男子校から訣別したかったのだ。訣別して、二度と顔を見せない。そういう決意で演技をしたのかもしれない。

 ワックダンスは、二人のダンスの種類だ。しなやかな動きを基本として、バレエの動きを取り入れるなど、美しさと激しさを併せ持つダンス。

「あいつら、成人式来るのかな?」

「……多分来ないんじゃないかな」

「だよなァ……」

 心底残念そうな顔をして、友人は溶けた氷で薄まった焼酎をぐいと飲み干すのだった。

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永訣のWAACKDANCE 雷藤和太郎 @lay_do69

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