美少女なお姫様をやることにしましたー4

 スフェラ王国たいざい二日目も、見事な晴天だった。

 中庭にほこる南国の色とりどりの花々は、アドルがけてしまいそうなほどの暑さにも負けずにうつくしさをきそい合っている。残念ながら女装中のアドルには花のうつくしさを楽しむようなゆうはないが。

「お待ちしておりました、ひめ

 レイのエスコートで向かった中庭には、すでにスフェラ国王カルヴァの姿があった。とうちやくが予定していた時間ぴったりになったのはわざとだ。

 リノルからたたき込まれた『淑女として生きるための百の作法』のなかに、女は少しらすくらいのほうがいい、とあったので。

「申し訳ありません、陛下。お待たせしてしまいまして」

 カルヴァの姿を見つけると、アドルは小走りでけ寄った。申し訳なさそうにまゆを下げるアドルに、カルヴァは「いや」と微笑ほほえみ返した。

「うつくしい姫を待つ時間が苦になるはずもないな。お手をどうぞ、姫」

 しまった……!

 可愛かわいらしい姫君を演じるあまりにカルヴァにエスコートをさせる機会をあたえてしまった。たとえ二人で会うことになっても、接触は極力けるつもりだったのに。

(くっそ……女装に集中していると、ほかへの判断力がにぶる……!)

「……ありがとうございます」

 しかしここでエスコートをこばむのはおかしい。アドルは引きつりそうになるほおみの形にしたままくずさずにカルヴァの手を取った。

 興味の無い花を見ていたところで心がき立つことはない。むしろじりじりと照りつけてくる日差しが痛いくらいだ。

「──花はきらいかな?」

「え? いえ……」

(やばい、顔に出てた!?)

 カルヴァの声でアドルはわれに返った。心ここに在らずなアドルにカルヴァはすぐに気づいたようだった。苦笑するカルヴァにアドルは言葉をにごした。

「浮かない顔をしている。……殿どのがそばにいなければ不安かな?」

 すぐそばに、とは言わないがこちらから見えるはんでしっかりと付きっているレイを見てカルヴァは告げた。アドルにとっては完全に図星だ。

「そ、それは……わたしの──わたしだけの、騎士ですから」

 答えになっているような、いないような──そんな返答になってしまう。

 失敗が許されないじようきようで、カルヴァと至近きよで話しているというのはアドルにかなりのきんちよういている。

 その緊張をやわらげてくれるのは、レイだけだ。

「……わたしだけの?」

「ええ。わたしにけんちかいをたててくれました。しようしんしようめいの、わたしの騎士です」

 剣の誓いと呼ばれるそれは、騎士がしようがい独身をつらぬき、たった一人のあるじに剣をささげるというものだ。今やだいぶすたれてしまった風習で、剣の誓いをたてる騎士はそういない。

 ──レイは。

 彼女は、二年前にアドルに剣の誓いをたてた。おのれの命とその剣のうでを、アドルのためだけに使うと。アドルを守る剣になると。

「だから、だれよりもしんらいしています。おかしいでしょうか」

 レイについてのことだったから、アドルはの自分として答えていた。

 今の自分はリノルなのだという意識すら消えて、ただ素直にアドルは言葉をつむぐ。

「……剣の誓い、ね……」

 ぽつりと呟かれたカルヴァの言葉に、アドルは顔を上げた。南国にはあまりみのないものだが、一国の王ともなれば知らないということはないだろう。

 ふくみのある声に、アドルは何か変なことでも言っただろうかとあんに駆られた。

「あ、の……?」

 どうかしましたか、と問いかけようとしたところで、ぐらりと視界がゆがんだ。

 足に力が入らなくなって、アドルは浅く息をき出した。わずかにこぼれる息に熱がこもる。目を開けようとしてもまぶたが重くてぴくりとも動かない。

「姫っ?」

 カルヴァがいち早くアドルの異変に気づいた。その声に、レイもあわてて駆け寄ってくる。

「ア……リノル様!」

 二人の声がアドルの耳にぼんやりと届いて、返事をしなければ──と考えたけれどくちびるは短い息を吐き出すばかりだ。

 ぐらりとかしいだアドルの身体からだを、カルヴァがきとめる。はなれなければ、と頭ではわかっているのに身体は動かなかった。

 息苦しい。熱が身体の中をい回っているようで気持ち悪い。

「向こうにあずまがある。そこで休ませよう」

 瞼が重くて目を開けることができない。カルヴァがそう言う声が聞こえると、身体がふわりと抱き上げられた。

 それから少しすると、どこかに下ろされる。まぶたしに感じていた暑い日差しが遠ざかり、首筋を冷たい何かでぬぐわれる。

「う……」

 どうにかして目を開けると、そこには心配そうにアドルを見つめるレイがいた。その手にはれたハンカチがあって、先ほど感じていた冷たいかんしよくはそれだろうとわかる。

だいじようですか? 吐き気や眩暈めまいは?」

「……だいじょうぶ、だと思う」

 ながから起き上がろうとして、レイに身体を支えられる。すぐに冷たい水の入ったグラスを口元に運ばれた。

「水分をとってください」

 もともと、庭の散策のあとでこの東屋で休息をとる予定だったらしい。アドルの意識がもうろうとしているうちに飲み物や身体を冷やすための水などが運び込まれていた。

 心配そうなレイに、アドルは南国の気候を甘く見ていたことを反省する。

「……さて、ひとばらいもすんだことだし」

 数回にわけて水分をとり、意識もはっきりしてきたらしいアドルを見てカルヴァが口を開いた。

「どうして君がここにいるのかね、アドルバード王子?」

 紡がれるはずのない本来の自分の名前に、アドルはさっと青ざめた。

 たおれかけたときに抱きとめられたおくもある。そのあと抱きかかえられたということも覚えている。しかし、それだけならわからないかもしれない──と楽観視していたのだが、そうもいかないらしい。

「な、なんのことでしょう? なぜ兄の名前が?」

 どうにかごまかそうと笑顔で首を傾げてみせるが、どうようのあまり演技も空々しくなる。

(バ、バレた……!?)

 きように似たあせりがアドルの頭の中を駆けめぐっていた。

「もうリノルアース姫のフリをすることはないぞ。男か女かくらい、さわればわかる」

「さ、さわっ……!? どこ触りやがった変態!」

 とんでもない発言に焦りも動揺もき飛んだ。

 思わず少女のように自分の身を抱きしめてさけぶ。

「失礼な。男女で骨格はちがうのだからわかって当然だろう?」

 何をバカなことを言っているんだ、と言いたげな様子にアドルは身の危険を感じてカルヴァから離れた。

 いやいやだって、骨格だけで断言できるほどはっきりわかるわけないと思う。

「あとは、そうだな。剣の誓い、かな」

「へ?」

 くすりと笑うカルヴァに、アドルは首を傾げた。

「ハウゼンランド国の王子に剣の誓いをたてた騎士がいる、と聞いたことがあるが姫だとは聞いていない。まして、ここ数十年どこかの王族へ誓いをたてた騎士は他にいないだろう」

 しまった、と叫びだしそうな顔でアドルは表情をこわらせる。

 ハウゼンランド国で起きたことなどスフェラ国までくわしくは届いていないだろうと、完全に油断していた。

「アドル様……」

 あきれたようなレイの声に全力で言い訳したいところだが、どう考えてもアドルのミスだ。

(や、やらかしたー!)

 もちろん、バレる可能性がゼロだと思っていたわけではない。だがこれだけ気合を入れてやってきたのだ、こんなに早くバレてしまうなんて思ってもみなかった。

(俺の努力は!? こんだけ女装に力を入れてきたのに全部ムダ!?)

 血のにじむようなリノルかんしゆうの特訓はなんだったのか!

「いやしかし見た目はかんぺきだな。すっかりだまされるところだった」

「それ、あんまりうれしくないんですけどね……」

 たいそう感心した様子のカルヴァにアドルはかたを落としながらため息を吐き出した。

 カルヴァはどこか楽しげで、腹を立てているわけではなさそうだ。

 腹芸のできないアドルは、これ以上騙すことなどできない。ならば、誠意をもつて謝るべきだろう。

「──まずは、謝罪を。申し訳ありませんでした、国王陛下」

 立ち上がってきちんと頭を下げようとするアドルを、カルヴァが片手で制する。

「かまわん。男だろうが目の保養になったことに変わりないしな! うつくしいものは好きだぞ」

「はぁ……」

(男でもれいならいいって……どんだけしゆはばひろいんだよこいつ)

 いっそいさぎよいくらいに変人っぷりをひけらかすカルヴァに、アドルもすっかり毒気をかれてしまった。

 居住まいを正しながらアドルはカルヴァを見る。

「改めまして、ハウゼンランドより参りました。リノルアースの兄、アドルバードと申します」

 すっと背筋をばすアドルの姿に、カルヴァも王の顔となる。

「それで、なぜ王子である君がやって来たのかな。招待したのはひめだったはずだが」

 正体が知られたら、必ず聞かれるであろう問い。

 もともと、うそをつくのは得意ではない。バレてしまったのなら、正直に話すだけだ。

「……それは、私にどうしてもスフェラ国に来なければならない事情があったんです」

「ほお? ……事情か。それを私に話していいのかね?」

「陛下を騙していた以上、しんに話すべきだと判断しました」

 きっぱりと答えるアドルに、カルヴァは興味深げに目を細める。

「ハウゼンランド国では立太子において試練が課せられます。私に課せられた一つ目の試練が、スフェラ王国のしんじゆの交易権を得るというものでした」

 立太子の試練については周辺諸国でも知られていることだ。

 アドルが話さなければならないのは、試練の内容である。

「なるほど? だがそれならそうと、正式に訪問を申し入れてくれれば良かったのでは?」

 それも言われるだろうと思っていた。

 アドルはしようしながら、正直にありのままを話す。

 ここでカルヴァを味方にできなければ、今回の試練はおしまいだ。

「おっしゃる通りです。ですが立太子の試練は、従兄いとこきそい合っているので……時間がしかったんです」

 答えながら、アドルは従兄のハーラントを思い出した。四歳上の彼は、まさしく理想の貴公子だ。武芸にひいで、頭脳めいせき、人当たりもよく背も高い。

 アドルはそんな、アドルのほしいと望むものを当たり前のように持っている従兄が少し苦手で──うらやましくて、仕方なかった。けれど、今は違う。うらやむだけはやめた。

 ほかだれかになんてならなくていい。そのままでいいんだと言ってくれる人がいる。

 だからアドルは、アドルとして王になりたいと思えた。

 ハーラントはえなくてはいけないかべだ。倒さなければならないライバルだ。

「そうまでして王になりたいと? 別にならなくてもいいだろう?」

 カルヴァはアドルを観察するように見つめながら、うでを組む。問いかける声には興味とこうしんが滲んでいた。

 アドルはひざの上でぎゅっとこぶしにぎる。そしていつしゆん、レイを見た。彼女は護衛らしくすみひかえたまま、口をはさむ気配もない。

「私には王になりたいと思う理由がありますから」

 きっぱりと言い切り、アドルの青いひとみくような強さをもってカルヴァを見る。

 その様子に、カルヴァがにやりと笑った。


「ではアドルバード王子、私と取引をしようじゃないか」


 それは決して厳しい口調ではないのだが、自然とアドルの背筋が伸びた。

「……取引、ですか」

 何を提案されるかわからない以上、そくうなずくような真似まねはできない。しんちようなアドルの返答に、カルヴァは満足げに笑った。

 その顔は、本当に王になるかくはあるか、と──そう言っているようだ。

「我が王国の真珠は、確かに近年では知名度も上がり人気がある。だがそうそう量産できなくてね、簡単に流通できるものではない」

 もとより真珠が量産できるものではないのは知っている。だがそれではいそうですかとあきらめるわけにはいかないのだ。

 カルヴァは指先でこつり、とテーブルをたたく。

「しかも真珠の産地はバーグラスという貴族の領地でね。やつと私はあまり仲が良くない。私の一存でハウゼンランド国へ真珠を輸出することは決められないのだよ」

「なるほど。では私はそのバーグラスきようの何をさぐればいいんですか?」

 問いかけると、カルヴァは目を丸くした。予想外の反応だったのだろうか。

 ここまでまわりくどい話をしているのは、アドルに何かしらの役回りを求めているからだと思ったのだが、どうやら正解だったらしい。だてにごろからリノルにきたえられていない。

「話が早くて助かる」

 楽しげに笑うカルヴァに、アドルは内心でむねで下ろした。

「こちらとしてもそれで事が進むならありがたいくらいなんですよ」

 な時間は一分一秒とてない。アドルは、早くこの試練を終えなければならないのだ。まだ試練が四つも残っているのだから。

「ちょうど、真珠の産地への視察が予定に入っていただろう? そこで、バーグラスの弱みを握るなりして断れなくしてくれれば、ハウゼンランド国へ真珠を輸出しよう」

「……弱み、ですか?」

 なかなかぶつそうな話に、アドルは顔色をくもらせた。

 人を騙すこともだが、おどすことも得意ではない。

「あれはめんどうな男でね、先王の頃からちまちまと裏で悪さをしている」

「先王の頃から……」

「私のそくのときに、はいしていた貴族たちはほとんどしよばつしている。だが奴はなかなか尻尾しつぽを出さず──今に至る、というわけだ」

「本当に尻尾をつかまなければならないほどの相手なんですか?」

 わるだくみをしているような相手なら手加減はいらないかもしれない。だがそれがカルヴァの思い込みである可能性はぬぐい切れなかった。

きたない金をめこんでいるのははっきりしている。あまりよろしくない連中と付き合いがあるのもかくにん済みだ」

「だが確たるしようがないということでしょう?」

「そういうことだ。今あるのはじようきよう証拠のみ。もちろん、領民からの評価はよくない。ずいぶんと金を巻き上げているようだからね。腹の底まで真っ黒なたぬきだ」

 悪事に手を染めている、と断言できるほどのものではない。

 限りなく黒に近いグレーといったところだろうか。

「状況証拠のみ、というのはいささか説得力に欠けると思いますが」

「そこはかれると痛いな。君が見てから判断してくれてもかまわないが……」

 カルヴァは「だがね」と意味ありげに笑う。

「同類にはわかるものだよ、アドルバード王子」

 ──それはつまり、カルヴァも腹黒の狸だと思っていいということだろうか?

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ウチの王子が可憐すぎる!/青柳 朔 角川ビーンズ文庫 @beans

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