美少女なお姫様をやることにしましたー2

 王城のきらびやかなえつけんの間に現れた少女に、だれもが息をんだ。

 ゆるく波打つ金のかみが、風にれるたびに赤みがかった光を放つ。処女雪のように白いはだき通り、ほおがほんのりとももいろに色づいていた。伏せられた金のまつの下ではサファイアのような青く大きなひとみが、きんちように揺れている。

 空色のドレスはすそへ向かうに従って色をくしていく。それはまるで季節によって移ろう空を写し取ったかのようなうつくしさだった。少女の髪をいろどるレースのリボンも、細い首にかけられたサファイアのネックレスも、すべてが彼女を飾ることをほこるようにそこにある。

 そのひめの後ろに、一人の騎士がかげのように寄りっていた。

 月光を集めたかのような銀の髪は、するどやいばの色にも似ている。背筋のびた立ち姿は凜々しく、姫の後ろでひざまずく姿は芸術品のような印象をあたえていた。

 姫と騎士が並ぶことで完成する、最高の美がそこにあった。


「お初にお目にかかります。北方、ハウゼンランド王国より参りました、リノルアースと申します」


 いろくちびるつむいだのはすずの音のようにかろやかで愛らしい声だ。

 北方ハウゼンランド国のリノルアース姫。その名はれんな容姿とともに近年では評判となっている。その姿はなるほど、北国の雪を解かし春を呼ぶようせいのように可憐でうつくしい。

 ──それが、ふたの兄であるアドルバード王子が女装している姿だなんて誰も思わない。

「ようこそ、スフェラ国へ。リノルアース姫」

 アドルのあいさつこたえたのは、玉座に座す一人の青年、二十八歳になるスフェラ王国の若き王カルヴァだ。

 黒い髪にかつしよくの肌、引きまった身体からだは男性特有の色気をかもし出している。

貴女あなたのようなうつくしい姫君と出会えたことをうれしく思う」

 賛美の言葉に、アドルはじらうように目をせた。

 もちろん本当に恥じらっているわけではない。アドルは姫君の仮面をかぶったままカルヴァという男を観察していた。

「きっと姫にもスフェラ国でのたいざいを楽しんでいただけるだろう。ハウゼンランド国にはないものがたくさんあるのでね」

 そう、ここは南方スフェラ王国。アドルの祖国、北のハウゼンランド王国とは共通点を見つけるのが難しいくらい、えんどおい国だ。

 大陸の南西部、海に面したスフェラ王国はハウゼンランド国よりもはるかに国土も広く、気候も文化もちがう。

「ありがとうございます、スフェラ王。こちらで学んだことを祖国にかせたらと思います」

 にっこりアドルは微笑んだ。大輪の花を思わせるその微笑みはスフェラ国の文官たちが思わず見惚れてしまうほどだ。

 予定している滞在期間は十日間ほど。

 アドルにとっては、勝負の十日間だ。




 ──アドルは、つい先日十五歳になった。

 ハウゼンランド国では王の血に連なる子ども達が十五歳になると、立太子の試練を受ける資格を与えている。元老院の出す五つの試練を無事に終えたゆうしゆうな者が次代の王となるのが長年の習わしだ。

 大人と認められる十八歳にはまだ届かない。けれど、社交界への参加も認められる十五歳は大人とも子どもとも区別されないねんれいだ。

 ゆえに、ハウゼンランド国では十五歳を一つの区切りと考えている。

 試練のために、アドルはすぐに元老院のもとを訪ねた。

 広い部屋の中では七人の男性がえんたくを囲んでいる。年はアドルの父である現王より上のろうが多い。

「アドルバード王子には、スフェラ国へおもむき天然しんじゆの交易権を持ち帰っていただきたい」

 試練の内容を告げたのは、元老院でも一番年若いマディスだ。年はもうすぐ四十代のはずだが、常に気難しそうな顔をしているからかさらに老け込んで見える。アドルとはあまりみがない男だ。

「スフェラ国……」

「左様、我が国と交流のある国ではないがの。だがしかし現王のゆいいつの王子に課す試練、生半可なものでないことくらいはかくの上じゃろ?」

 にやにやと笑うのは最長老であるしらひげのヴァイゼルだった。このこうこうは人をからかうのが三度の飯より好きな変人である。そろそろ天にされてもおかしくないほどこうれいのはずだが、この場の誰よりも生き生きとしていた。

(おとぎ話に出てくる悪いほう使つかいみたいなんだよな、このジジィ……)

 子どもを連れ去り若返りの秘薬の材料にする──なんていう魔法使いがおとぎ話にいたのだ。にんまりと笑う顔なんてまさに想像していた魔法使いにそっくりだ。

 アドルはヴァイゼルがその悪い魔法使いだと信じ込んでいたので、小さなころにいたずらをすると、彼のところへ連れて行くぞとおどされたくらいだ。

「もちろん、試練が容易たやすいものでないのは覚悟の上です」

 どんな試練であれ、アドルには関係ない。ただ乗りえていくだけだ。

 決意に満ちたアドルの目に、元老院の面々は静かに注目する。

「そうでなくてはおもしろくないからのぅ。オイレンベルクこうしやくの子息、ハーラント様はすでに試練を二つ終えておる」

 ヴァイゼルが髭をでながらアドルをげきするように笑う。

 ハーラントはアドルの四つ年上の従兄いとこだ。現国王の姉の子であり、次期国王としてもっとも期待を集めている。

(……面白くないって、このジジィ。こっちは人生かかってんだぞ……!)

 ヴァイゼルのちようはつにアドルは頰の筋肉をぴくぴくとふるわせながらもどうにかがおを作った。

「今から試練を始めるアドル王子には、まず彼に追いついてもらわねば話にならない」

「そうじゃの、そうでなければつまらん」

 アドルはジジィどもを楽しませるために試練にいどむわけではないのだが、ここで短気を見せたらそれこそ王者たる資格なしと判断されてしまいそうだ。

 王に相応ふさわしいかどうか。それはもう、この場からためされ始めているのだろう。

 七人の視線を受け止めながら、アドルは決意に満ちた目で告げる。

「もちろん、すぐ彼に追いついてみせますよ」

「……よろしい。われわれは試練の行く末を見守るのみ。おのれの力で王に相応しいのだと証明してみせなさい」

 マディスの言葉にしっかりとうなずくと、アドルは一礼して退室した。


「──と、いうことなんだけど」

 自分の部屋にもどるとアドルはすぐにレイに試練の内容を告げた。

 ハウゼンランド国とスフェラ国にはこれまで強いつながりなどない。すぐに試練に取りかるわけにもいかなかった。

 なんといっても相手は国だ。こちらの事情だけを押しつけて話が進むわけではない。

「……どうしようか?」

「試練というだけあって、そう簡単にはいかないみたいですね」

 レイもすぐに良い方法はかばないようだった。苦い表情で考え込む。

 アドルも頭をひねっているとバァン! と大きな音をたててとびらが開いた。

「試練の話、聞いたわよ!」

 ゆるく波打つ金のかみを背に流したまま、ずかずかとアドルの部屋に入ってくるのはふたの妹のリノルだ。ノックなんて親切なものはない。

「リノル、ノックだけはしろっていつも言っているだろ」

 えでもしていたらどうするつもりだ。

「恥じらう乙女おとめでもないアドルがとつぜん扉を開けられて困ることなんてあるの?」

「あるに決まってるだろ!」

可愛かわいい可愛い双子の妹であるわたしにも見せられないようなことが?」

「ある! ……だろ、つう?」

「本当に?」

 重ねて問いかけられると、アドルもだんだんと不安になってくる。

「……あれ? 言われてみると別にないような?」

「アドル様、いつものように言いくるめられていますよ」

 あきれたようなレイの声にアドルはハッとして気持ちを切りえる。リノルはいつもことたくみにアドルをゆうどうするのだ。

「そういえばおまえは? 試練受けないのか?」

 資格を得るのは男女関係なく、王の血に連なる者だ。もちろんリノルもそのうちの一人にふくまれている。

 アドルは王になるつもりだったし、一秒でも時間はしかったのですぐに試練を受けると表明したわけだが、リノルはその場にいなかった。双子だから誕生日はもちろんいつしよだ。リノルもアドルと同時に、試練を受ける資格を得たはずなのだが。

「お・バ・カ。わたしが試練を受けたらあんたなんて差し置いてさっさと全部終わらせちゃうわよ? ハウゼンランドに女王が誕生するわよ?」

 つん、とリノルはその細い指先でアドルの鼻をつついた。

「……おまえのそのあふれる自信はすごいよな」

「アドル様も少し見習ったほうがいいかもしれませんね」

 小さく笑うレイに、アドルはかたを落とす。

 自分でもちょっと思ったけど、あえて言わないでいてくれてもいいじゃないか……!

「試練については保留にしているわ。まぁわたしは今のところ女王になるつもりはないし? 権利をほうしてもいいんだけど──それはもう少し様子を見てからね」

 リノルが王座に興味がないのは、アドルもうすうす感づいていた。なぜすぐに放棄しないんだろう、と首をかしげたが、リノルのことだから何か理由があるのだろう。

 アドルがなやんでうなっているようなとき、リノルはいつだってバカねぇと笑いながらあれこれと相談に乗ってくれる。今回もそのつもりで来たにちがいない。

「それで? 手に持っているソレはなんだ?」

 見ると、リノルの手には一通のふうとうがある。

 近頃はリノルのもとにきゆうこんの手紙がよく届いているようだが、それをわざわざ双子の兄のもとへ持ってくるわけがない。

 彼女はたいてい、どの求婚にも首を縦にらず、一度も会ったことのないような相手ならば定型文で作った返事を送り返して、手紙は焼き捨てているからなおさらだ。

「一つ目の試練って、スフェラ国に行かなきゃいけないんでしょ? あの女好きで有名な国王んとこ」

 どこで情報を手に入れてきたのか、リノルは当然のように試練の内容をすべてあくしている。

 つい先ほどアドルに告げられた内容を、なぜリノルが早くも知っているのかはなぞだ。

 深くは考えまい、とこくりと頷いたアドルの向かいに座りながら、リノルは「それでね?」とマイペースに話を続ける。

「ろくな繫がりがないからとつぜん訪問するわけにもいかないし、かといって時間は惜しいし、どうしたらいいのかってあんたは頭をかかえていたんでしょ?」

「まさしくそうなんだけど、そこまでわかっているリノルがこわい」

 アドルが顔を引きらせていると、うふふ、とリノルは楽しげに笑った。

 ひらひらと、持ってきた招待状らしきものをアドルに思わせぶりに見せつける。

「これ、なーんだ?」

「いやだから、こっちがそれを聞いているんだけど」

 面白みのないアドルの反応に、ぷくっとリノルはほおふくらませる。

「んもう、察しなさいよバカね! これ、スフェラ王国から届いた招待状なのよ」

「はぁ!?」

 思わずアドルはとんきような声をあげた。

 何がどうしてどうなって、リノルのもとにスフェラ国からの招待状がきているというのか。

「だからね? これを使ってあんたがスフェラに行けばいいんじゃない?」

 名案だと言いたげなリノルに、アドルは首を傾げた。

「は? だってそれ、おまえてなんだろ? 俺が行くのはおかしいじゃん?」

 そんな双子の兄にむかって、リノルは大げさにため息をき出した。

「ほんっとうにおバカね。あんたが、わたしとして行けばいいのよ。なんのための双子なの?」

「いや双子なのは生まれつきだろ、こんなことのために双子に生まれたんでもなければ、おまえの兄になったわけでもないぞ?」

 なげかわしいと言いたげなリノルに、アドルは静かにつっこんだ。

(……ん?)

 まてよ、今こいつは変なことを言わなかったか?

「……俺が? おまえとして?」

 確かめるようにり返すと、リノルは満足げに笑った。

「そう、アドルが、リノルアースひめとして」

 強調するかのようにゆっくりとリノルが告げる。だがアドルの理解はまだ追いつかなかった。

 リノルがとつぴようもないことを言い出すのはいつものことだが、今回のこれは過去最高かもしれない。

 だって、アドルが、リノルとして?

「いや!? どう考えてもおかしいだろソレ!?」

 つまり、アドルが女装しリノルのふりをしてスフェラ国に行けと──そういうことだ。双子なんだから見た目は似ている。小さいころはリノルにせがまれて入れ替わっていたずらしたこともあった。だがそれは、あくまで小さな頃の話。

「いくらなんでも無理! 俺はもう立派な男だぞ!?」

「それを言うなら生まれたときから男でしょ。そんなに無理かしら? いけると思うんだけど」

 ねぇ? とあまり口をはさまずにひかえてきたレイにリノルが問いかける。

 じっ、とレイが見つめてきて、そのかすような目にアドルは落ち着かなくなる。

「……客観的に申し上げれば、問題ないと思いますよ」

 そして非情な現実を告げられて、アドルはさけんだ。

「そんなバカな!?」

「双子ですからそっくりですし、アドル様はきやしやですから」

 さらにざんこくついげきするレイに、アドルはさらに叫んだ。

「華奢って言うなー!」

 知っていてもてきされたくないことはある。確かにアドルは同年代の少年に比べればちょっとばかり、ほんの少しだけ、背は低いかもしれないが、少女とまがうほどではない、はず、だ!

「手段を選んでいるひまなんてないでしょう? 早くしないと、ハーラントがさっさと試練を全部終わらせちゃうわよ?」

「痛いとこついてくるな!?」

 ハーラントはすでに立太子の試練を始めていて、二つを終えている。それでも彼が試練を始めたのは十七歳からなのでアドルがおくれたのは二年で済んだのだ。

 ゆうしゆうなハーラントは次期国王の最有力候補として貴族たちから期待を集めている。……その期待は現王の子であるアドルよりも高いだろう。

「それに、あんたってほうっておいたら変な方向にがんばりそうだったんだもの。前にもあったじゃない」

 呆れた様子の中に心配そうな色も混じっていて、アドルは言葉を飲み込んだ。

 五年ほど前だろうか、ハーラントを真似まねてアドルは少々無茶をしていた。

 小さな頃から、アドルはハーラントが苦手だった。

 ハーラントと散々比べられ、彼のすばらしさばかりを聞かされてきたから。

 みんなが望むのはハーラントのような王子様なのだ。だからまだ十歳だったアドルは、十四歳の彼が出来ることを自分も出来るようになろうとふんとうしていたのである。

 もちろん、四歳も年下のアドルがハーラントのように何もかも出来るわけがない。

 同じけんを持つことすら出来なかったし、同じ量の勉強をこなすことだって出来なかった。

『どうせ皆、ハーラントが王子だったらって思ってるんだろ!? ハーラントみたいになれば喜ぶんだろ!?』

 そう言って泣き叫んだこともあった。

 アドルが不出来なのではない。ハーラントが優秀すぎただけだ。

 けれど絵にいたような王子様が身近にいて、知らず知らずのうちにアドルにはかなりの重圧がかかっていた。

 それでもアドルが自分を見失わずにいられたのは、レイがいたからだ。

『……ほかだれかになんて、ならないでください』

 ハーラントになりたいとこぼすアドルに、レイは悲しげに告げた。

『私は、そのままのアドル様が好きですよ』

 だから、無理に他人のようになんて、がんばらないでください。

 大きくなればハーラントのようになれる。がんばればハーラントに負けないくらい強くなれる。そう言ってなぐさめる人はたくさんいたが、アドルはアドルのままでよいのだと言ってくれたのは、レイだけだった。

 だからアドルは、アドルのまま王になろうと思えた。

 幼い頃から寄せていたしんらいが、こいになるには十分すぎるほど、レイの言葉はアドルをすくいあげてくれた。

「あとね、アドル」

 リノルがとつぜんめ寄ってきてとなりに座り、ないしよばなしをするようにアドルの耳元でささやく。

「あんた、のんびりしていたら一生このままよ? レイに俺もやればできるんだってところ見せたいでしょ?」

 自分の耳にしか届かないほどの小さな声で告げられた内容に、アドルは頰を赤らめた。アドルの恋心は、ふたの妹にはずかしいくらいにバレバレだ。

「そ、そりゃかっこいいところは見せたいけど……!」

 さといレイは聞かれたくない内緒話なのだろうと、そっときよをとって紅茶をれ始めている。

 もし聞かれたら、恥ずかしくて死ねる。

「このままじゃいつまでたっても意識してもらえないかもよ? 試練はいい機会じゃない」

 それはつまり、今はさっぱり男として意識してもらえていないってことだよな?

 ぐさぐさとさる言葉に胸を押さえながら、アドルは小さくうなずいた。

 試練は確かにチャンスかもしれない。ここでいっちょ男らしい一面を見せれば、レイもドキッとしてくれるんじゃないだろうか!

「……それにしても、ハーラントがいい王様になるなんて、皆は本当に思っているのかしらね?」

 意味ありげなリノルのつぶやきにアドルは不思議そうな顔をする。

「うん?」

「本当にいい王様って、どういう人のことなのかしらね。かんぺきな人間なんて、いるのかしら?」

「……うん?」

 なんだか少しこわいことを言っている気がする。

 そのしように、背筋がこごえるように寒い。おかしい、今は夏だぞ?

「ま、いいわ。アドルはまったくさっぱり人を疑えないところが美点と言えなくもないし」

「……なんかバカにされている気がする」

 レイがティーカップをそろえて並べたところで、リノルは向かいのソファに移動した。双子だけの内緒話は終わりらしい。

「スフェラ王は女好きって有名な話だもの。女として行ったほうが効果ありそうじゃない?」

 そんなに簡単にいくだろうか、といぶかしみながらアドルは紅茶を飲む。

「……そもそもなぜリノル様に招待状が?」

 レイが不思議そうに問いかけると、リノルは「さぁねぇ」と知っているような、いないような思わせぶりな顔をしている。

「わたしの美少女っぷりがついにスフェラ国にまで伝わったってことじゃない?」

 たいした自信だとしようしながらアドルはテーブルに置かれた招待状に目を落とした。

 アドルも目的があって王になろうとしている。

 一刻も早く試練を終えて、自分が王に相応ふさわしいのだと示さねばならない。

「……本気でいけると思うか?」

「乗ってきたわね? 疑うならとりあえずやってみればいいのよ!」

 ぱちんっとリノルが指を鳴らすと、いつから待機していたのだろうか、じよたちが数名部屋にやってくる。その手にはドレスやしよう道具までしっかり準備されていた。

「おっまえ……! ここまで用意していたな!? っていうか俺で遊びたいだけだろ!?」

「当たり前でしょ!」

 侍女たちに取り囲まれてあっという間にアドルは愛らしいひめぎみへと変身していく。長いきんぱつかつらに、もえいろのドレス、くつまでアドルのサイズが用意されているあたりリノルはいつから準備していたのだろうと不思議で仕方ない。

 はだはもとより少女のように白くなめらかで、少しほおべにをのせるだけでれんさが増した。くちびるにはいろの紅を、まなじりにはほんの少しあわいピンクの色をのせる。

 着せえ人形のように大人しくしていると、侍女が「完璧です!」と満足そうに告げた。

 ようやく終わったか、と目を開けると目の前に鏡が用意されている。

「──は? リノル?」

 鏡に映っているのはまぎれもなく妹だった。しかしなんとけな顔をしているのだろう。ぽかんと口を開けて目を丸くしている。

「バカ言わないでよ、わたしがそんなアホづらをするわけないじゃない」

 冷ややかなリノルの声に顔をあげれば、もちろんそこには本人がいる。そもそも、鏡に映るのは鏡の前にいる人間なわけで……。

「え? これ俺?」

「紛れもなくアドル様です」

 断言するレイの声に、アドルはもう一度鏡を見た。ぱちぱちとアドルがまばたきすると、鏡の中のリノルも同じように瞬きをする。侍女たちはきらきらと達成感に満ちた顔をしていた。

「大っ変! お可愛かわいらしいです!」

「どこからどう見ても姫君です!」

 ぐさぐさと刺さる言葉の数々によろめきながらも、アドルは認めざるを得なかった。

 まったく不可能な話でもない、ということを。

(でもこれ、男としては喜んじゃダメだよな!?)

 あまりにも完璧すぎる自分の女装姿に、正直、ちょっぴり泣きたくなった。

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