美少女なお姫様をやることにしましたー2
王城のきらびやかな
ゆるく波打つ金の
空色のドレスは
その
月光を集めたかのような銀の髪は、
姫と騎士が並ぶことで完成する、最高の美がそこにあった。
「お初にお目にかかります。北方、ハウゼンランド王国より参りました、リノルアースと申します」
北方ハウゼンランド国のリノルアース姫。その名は
──それが、
「ようこそ、スフェラ国へ。リノルアース姫」
アドルの
黒い髪に
「
賛美の言葉に、アドルは
もちろん本当に恥じらっているわけではない。アドルは姫君の仮面をかぶったままカルヴァという男を観察していた。
「きっと姫にもスフェラ国での
そう、ここは南方スフェラ王国。アドルの祖国、北のハウゼンランド王国とは共通点を見つけるのが難しいくらい、
大陸の南西部、海に面したスフェラ王国はハウゼンランド国よりもはるかに国土も広く、気候も文化も
「ありがとうございます、スフェラ王。こちらで学んだことを祖国に
にっこりアドルは微笑んだ。大輪の花を思わせるその微笑みはスフェラ国の文官たちが思わず見惚れてしまうほどだ。
予定している滞在期間は十日間ほど。
アドルにとっては、勝負の十日間だ。
──アドルは、つい先日十五歳になった。
ハウゼンランド国では王の血に連なる子ども達が十五歳になると、立太子の試練を受ける資格を与えている。元老院の出す五つの試練を無事に終えた
大人と認められる十八歳にはまだ届かない。けれど、社交界への参加も認められる十五歳は大人とも子どもとも区別されない
ゆえに、ハウゼンランド国では十五歳を一つの区切りと考えている。
試練のために、アドルはすぐに元老院のもとを訪ねた。
広い部屋の中では七人の男性が
「アドルバード王子には、スフェラ国へ
試練の内容を告げたのは、元老院でも一番年若いマディスだ。年はもうすぐ四十代のはずだが、常に気難しそうな顔をしているからかさらに老け込んで見える。アドルとはあまり
「スフェラ国……」
「左様、我が国と交流のある国ではないがの。だがしかし現王の
にやにやと笑うのは最長老である
(おとぎ話に出てくる悪い
子どもを連れ去り若返りの秘薬の材料にする──なんていう魔法使いがおとぎ話にいたのだ。にんまりと笑う顔なんてまさに想像していた魔法使いにそっくりだ。
アドルはヴァイゼルがその悪い魔法使いだと信じ込んでいたので、小さな
「もちろん、試練が
どんな試練であれ、アドルには関係ない。ただ乗り
決意に満ちたアドルの目に、元老院の面々は静かに注目する。
「そうでなくては
ヴァイゼルが髭を
ハーラントはアドルの四つ年上の
(……面白くないって、このジジィ。こっちは人生かかってんだぞ……!)
ヴァイゼルの
「今から試練を始めるアドル王子には、まず彼に追いついてもらわねば話にならない」
「そうじゃの、そうでなければつまらん」
アドルはジジィどもを楽しませるために試練に
王に
七人の視線を受け止めながら、アドルは決意に満ちた目で告げる。
「もちろん、すぐ彼に追いついてみせますよ」
「……よろしい。
マディスの言葉にしっかりと
「──と、いうことなんだけど」
自分の部屋に
ハウゼンランド国とスフェラ国にはこれまで強い
なんといっても相手は国だ。こちらの事情だけを押しつけて話が進むわけではない。
「……どうしようか?」
「試練というだけあって、そう簡単にはいかないみたいですね」
レイもすぐに良い方法は
アドルも頭を
「試練の話、聞いたわよ!」
ゆるく波打つ金の
「リノル、ノックだけはしろっていつも言っているだろ」
「恥じらう
「あるに決まってるだろ!」
「
「ある! ……だろ、
「本当に?」
重ねて問いかけられると、アドルもだんだんと不安になってくる。
「……あれ? 言われてみると別にないような?」
「アドル様、いつものように言いくるめられていますよ」
「そういえばおまえは? 試練受けないのか?」
資格を得るのは男女関係なく、王の血に連なる者だ。もちろんリノルもそのうちの一人に
アドルは王になるつもりだったし、一秒でも時間は
「お・バ・カ。わたしが試練を受けたらあんたなんて差し置いてさっさと全部終わらせちゃうわよ? ハウゼンランドに女王が誕生するわよ?」
つん、とリノルはその細い指先でアドルの鼻をつついた。
「……おまえのその
「アドル様も少し見習ったほうがいいかもしれませんね」
小さく笑うレイに、アドルは
自分でもちょっと思ったけど、あえて言わないでいてくれてもいいじゃないか……!
「試練については保留にしているわ。まぁわたしは今のところ女王になるつもりはないし? 権利を
リノルが王座に興味がないのは、アドルもうすうす感づいていた。なぜすぐに放棄しないんだろう、と首を
アドルが
「それで? 手に持っているソレはなんだ?」
見ると、リノルの手には一通の
近頃はリノルのもとに
彼女はたいてい、どの求婚にも首を縦に
「一つ目の試練って、スフェラ国に行かなきゃいけないんでしょ? あの女好きで有名な国王んとこ」
どこで情報を手に入れてきたのか、リノルは当然のように試練の内容をすべて
つい先ほどアドルに告げられた内容を、なぜリノルが早くも知っているのかは
深くは考えまい、とこくりと頷いたアドルの向かいに座りながら、リノルは「それでね?」とマイペースに話を続ける。
「ろくな繫がりがないから
「まさしくそうなんだけど、そこまでわかっているリノルが
アドルが顔を引き
ひらひらと、持ってきた招待状らしきものをアドルに思わせぶりに見せつける。
「これ、なーんだ?」
「いやだから、こっちがそれを聞いているんだけど」
面白みのないアドルの反応に、ぷくっとリノルは
「んもう、察しなさいよバカね! これ、スフェラ王国から届いた招待状なのよ」
「はぁ!?」
思わずアドルは
何がどうしてどうなって、リノルのもとにスフェラ国からの招待状がきているというのか。
「だからね? これを使ってあんたがスフェラに行けばいいんじゃない?」
名案だと言いたげなリノルに、アドルは首を傾げた。
「は? だってそれ、おまえ
そんな双子の兄にむかって、リノルは大げさにため息を
「ほんっとうにおバカね。あんたが、わたしとして行けばいいのよ。なんのための双子なの?」
「いや双子なのは生まれつきだろ、こんなことのために双子に生まれたんでもなければ、おまえの兄になったわけでもないぞ?」
(……ん?)
まてよ、今こいつは変なことを言わなかったか?
「……俺が? おまえとして?」
確かめるように
「そう、アドルが、リノルアース
強調するかのようにゆっくりとリノルが告げる。だがアドルの理解はまだ追いつかなかった。
リノルが
だって、アドルが、リノルとして?
「いや!? どう考えてもおかしいだろソレ!?」
つまり、アドルが女装しリノルのふりをしてスフェラ国に行けと──そういうことだ。双子なんだから見た目は似ている。小さい
「いくらなんでも無理! 俺はもう立派な男だぞ!?」
「それを言うなら生まれたときから男でしょ。そんなに無理かしら? いけると思うんだけど」
ねぇ? とあまり口を
じっ、とレイが見つめてきて、その
「……客観的に申し上げれば、問題ないと思いますよ」
そして非情な現実を告げられて、アドルは
「そんなバカな!?」
「双子ですからそっくりですし、アドル様は
さらに
「華奢って言うなー!」
知っていても
「手段を選んでいる
「痛いとこついてくるな!?」
ハーラントは
「それに、あんたって
呆れた様子の中に心配そうな色も混じっていて、アドルは言葉を飲み込んだ。
五年ほど前だろうか、ハーラントを
小さな頃から、アドルはハーラントが苦手だった。
ハーラントと散々比べられ、彼のすばらしさばかりを聞かされてきたから。
もちろん、四歳も年下のアドルがハーラントのように何もかも出来るわけがない。
同じ
『どうせ皆、ハーラントが王子だったらって思ってるんだろ!? ハーラントみたいになれば喜ぶんだろ!?』
そう言って泣き叫んだこともあった。
アドルが不出来なのではない。ハーラントが優秀すぎただけだ。
けれど絵に
それでもアドルが自分を見失わずにいられたのは、レイがいたからだ。
『……
ハーラントになりたいと
『私は、そのままのアドル様が好きですよ』
だから、無理に他人のようになんて、がんばらないでください。
大きくなればハーラントのようになれる。がんばればハーラントに負けないくらい強くなれる。そう言って
だからアドルは、アドルのまま王になろうと思えた。
幼い頃から寄せていた
「あとね、アドル」
リノルが
「あんた、のんびりしていたら一生このままよ? レイに俺もやればできるんだってところ見せたいでしょ?」
自分の耳にしか届かないほどの小さな声で告げられた内容に、アドルは頰を赤らめた。アドルの恋心は、
「そ、そりゃかっこいいところは見せたいけど……!」
もし聞かれたら、恥ずかしくて死ねる。
「このままじゃいつまでたっても意識してもらえないかもよ? 試練はいい機会じゃない」
それはつまり、今はさっぱり男として意識してもらえていないってことだよな?
ぐさぐさと
試練は確かにチャンスかもしれない。ここでいっちょ男らしい一面を見せれば、レイもドキッとしてくれるんじゃないだろうか!
「……それにしても、ハーラントがいい王様になるなんて、皆は本当に思っているのかしらね?」
意味ありげなリノルの
「うん?」
「本当にいい王様って、どういう人のことなのかしらね。
「……うん?」
なんだか少し
その
「ま、いいわ。アドルはまったくさっぱり人を疑えないところが美点と言えなくもないし」
「……なんかバカにされている気がする」
レイがティーカップを
「スフェラ王は女好きって有名な話だもの。女として行ったほうが効果ありそうじゃない?」
そんなに簡単にいくだろうか、と
「……そもそもなぜリノル様に招待状が?」
レイが不思議そうに問いかけると、リノルは「さぁねぇ」と知っているような、いないような思わせぶりな顔をしている。
「わたしの美少女っぷりがついにスフェラ国にまで伝わったってことじゃない?」
たいした自信だと
アドルも目的があって王になろうとしている。
一刻も早く試練を終えて、自分が王に
「……本気でいけると思うか?」
「乗ってきたわね? 疑うならとりあえずやってみればいいのよ!」
ぱちんっとリノルが指を鳴らすと、いつから待機していたのだろうか、
「おっまえ……! ここまで用意していたな!? っていうか俺で遊びたいだけだろ!?」
「当たり前でしょ!」
侍女たちに取り囲まれてあっという間にアドルは愛らしい
着せ
ようやく終わったか、と目を開けると目の前に鏡が用意されている。
「──は? リノル?」
鏡に映っているのは
「バカ言わないでよ、わたしがそんなアホ
冷ややかなリノルの声に顔をあげれば、もちろんそこには本人がいる。そもそも、鏡に映るのは鏡の前にいる人間なわけで……。
「え? これ俺?」
「紛れもなくアドル様です」
断言するレイの声に、アドルはもう一度鏡を見た。ぱちぱちとアドルが
「大っ変! お
「どこからどう見ても姫君です!」
ぐさぐさと刺さる言葉の数々によろめきながらも、アドルは認めざるを得なかった。
まったく不可能な話でもない、ということを。
(でもこれ、男としては喜んじゃダメだよな!?)
あまりにも完璧すぎる自分の女装姿に、正直、ちょっぴり泣きたくなった。
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