プロローグ/美少女なお姫様をやることにしましたー1
二年前のあの日を、アドルは忘れることがないだろう。
少し前から雪が降り始め、窓に
不安に
はらりはらりとレイの白い手のひらから
「──この
物語のなかの
幼い
女性の命ともいえる髪を切り落とし、レイが剣を
ただ一人のために剣を
──ああそうか、彼女は本気なのか。
「……守られてばかりだと思うなよ」
ずっしりと重いそれは、レイの決意の重さを
「俺だって、おまえを守れるんだからな」
今はまだ、アドルが望む通りにレイのすべてを守りきることはできないかもしれない。
それでも。
◆◆◆
南のスフェラ王国、その王城の一室で、アドルは鏡の前に立っていた。
鏡に映るのは赤みがかった金の髪の、うつくしい少女である。ドレスはこの日のためにわざわざ用意したもので、
「あっついんだよこんちくしょおおおおお!」
南国特有の
足元まであるドレスのスカートは、
「……リノル様、はしたないですよ」
「
それは少女の愛らしい声とはまったく
振り返りながら
「忘れるはずがありませんよ、アドルバード様」
レイは忘れていないことを証明するように、一音一音はっきりと主人の名前を告げる。
うつくしいドレスを着た少年は
「そもそも、あなたが
文句を言わないでください、とこの暑さなど
アドルより二つ年上の彼女は、まだ十七歳だとは思えないほど冷静で大人びている。
「し、仕方なくだからな!? 俺には女装
何が悲しくてこんなふりふりのドレスを着て、コルセットで
髪というものは長いと重量があるのだとアドルは近頃初めて知った。
「わかっていますよ。よくお似合いです」
似合っていても
アドルはギリギリと奥歯を
「……レイ、俺は女に見えるか」
鏡に映っているのは文句なしの美少女。ただ
「どこからどう見ても立派に姫君ですよ」
どこから。どう見ても。
「ええ!
「これならきっと、本当は王子だなんて誰も思いませんよ!」
賞賛の言葉が、
「でも……私まで男装する必要はありますか?」
レイは自分の服装を見下ろして首を
いつもレイが着ているものよりも、体形をごまかせるようなつくりの騎士服に、
男性のように髪を短くしているレイは、それだけでうつくしい青年に見える。
「必要。すっごく必要」
アドルはこれでもかというくらいに何度も
余計な虫をつけないためにも、アドルの心の
(レイが口説かれたりしても、今の姿じゃうまく
アドルが女装に集中するためにはレイに男になってもらわなければ!
アドルとレイのやりとりに、侍女たちはくすくすと笑っている。
「レイ様が本当に男性だったら、
男女問わず
うるわしく誠実そうな姿は、あちこちの
「ありがとうございます」
アドルなら賛辞と受け取ってもよいのか
これだからアドルも心配になるのだ。
「いいかレイ、ここはハウゼンランドじゃないんだからな? 男相手に
じとりと睨みつけながら口うるさくアドルが忠告すると、レイは
「私がいつ隙を見せたっていうんですか……そもそもこんな男みたいな女を相手にする男性はいないと思いますよ?」
女性の
だがしかし、男であろうと女であろうと、誰もが目を
(これだから無自覚は! 困るんだよ!)
「おまえはもう少し自分の顔が
天を
「はぁ」
興味なさそうなレイの返答にアドルは頭が痛くなった。レイはアドルのことになるとこれでもかと
アドルがうーうーと唸っている隣で、レイは淡々と時間を
「そろそろですね」
ここで長々とレイに説教している場合ではない。
アドルは目を閉じ細く息を
「それじゃあ
レイや侍女からもお
「では参りましょうか、リノルアース様」
差し出されたレイの手に、
自分のものではない名前に内心で
「──ええ、行きましょうレイ」
そう、これはアドルにとっては戦いだ。
コンプレックスである愛らしい容姿も、とことん使わせてもらおうじゃないか。
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