十一

賊は4人捕縛して11人は斬り殺された。

その凄惨な数字と、血塗れで宿所に帰る私達の姿から、吠狼隊は鬼の集団と呼ばれる事になるが、トウが放火に合う瀬戸際だったと知れると、街の住民達はむしろ好意的に見てくれた。

労いの品が届いたり、入隊希望者も現れ始めた。

勝手に行動した事へのお咎めは無かったが、その代わりに仕事が増えた。

嫌がらせの様な雑務ばかりだったが、タケヤは認められてきたんだと豪胆に笑った。

そのタケヤも、役所に呼ばれる事が多くなり、吠狼隊は活動の場を広げていく事になる。

すっかり空気が冷えてきたある日の夕方。数人の若い隊員が声をかけてきた。

キツタの事件以降呑みに誘われる事が増えてきて、隊員達とも打ち解けて来ていた。


「ミズキさん、今日は俺達と良い所、行きましょうよ」


呑みに誘われるのは嫌いじゃなかった。いつもは幹部の誰かが一緒で、今日は若い隊員ばかり。その事に少しだけ不安に思うも、せっかく誘ってくれた彼らに断る理由も見つからず、夕飯の片付けを終えてから出かける事にした。

歩いてく内にいつものヨウカの居る呑み屋とは道が違う事に気づく。

尋ねても「いいからいいから」と行く先を教えてくれない隊員に訝しがりながらも付いていく。

腕を引かれて辿り着いた先は、華屋だった。

女性がその身体を売って身を立てている場所であると、先日ヨキが懇切丁寧に教えてくれた。

幹部連中もたまに出掛けてるらしかったが、私ももう21歳だ。

高校生の時に彼氏がいた事もあったが、その時はプラトニックな関係で終わっている。

若くて健康な男ならば当たり前の事で、自分には関係ないと思っていたのに…。

まさか、こんな形で此処に訪れる事になるとは。

一気に顔面が紅潮して来たので、クルリと背を向けて歩き出すも、両手をそれぞれの隊員が掴んで拘束される。


「やっぱり」

「?」

「ミズキさん…」


顔を近づけて来る隊員。女である事がバレたのだろうか。息をゴクリと飲み込んだ。


「まだ女を知らねぇッスね」

「…え?」

「隠さなくったっていいんスよ!」

「いや…違っ」

「まぁまぁまぁ。俺達、ミズキさんには男になって貰いたいんスよ!」

「ちょっ…俺、困る」

「ミズキさんモテるのに、そっちの話が出来なくって寂しかったんスよね〜」

「さっ、今日は俺達が奢りますから!」


そのまま店内に引きずり込まれてしまった。

店内は灯りの数が少なく、怪しい雰囲気が漂っている。

それぞれの席でお酒を楽しんでいる男女。キスを交わしたり、女性の胸元に手を突っ込んでいる客も居る。


(イヤイヤイヤ、駄目でしょ!)


もう一度逃亡を図るがあえなく失敗。両腕を隊員に抱えられて席に座らされてしまった。

1人の隊員が得意気に教えてくれる。


「酒を楽しんだ後、気に入ったら2階の部屋に行くんスよ」

「…だから、俺、いい」

「駄目ッス!」


1人の隊員が小声で囁く。


「此処だけの話、ミズキさんには男色の気があるんじゃないかって噂が出てるんですよ」

「え?」

「言い寄る女を尽く振ってるでしょ」

(それはそうでしょ!)

「俺、許せないですよ。ミズキさんにそんな不名誉な噂をたてられるのが」


そう言ったのは、先日の捕物で腕に軽い怪我を負った隊員だった。その包帯はまだ取れていない。

どうやら、この世界では同性愛がタブー視されていて、それを払拭すべく私を華屋に連れ込んだという事が解った。


「だから、此処は一発キメて!正真正銘の男だって事を見せつけてやりましょう!」


グッと握り拳を作る。


(ありがたいけど、ありがたくない…)


そうこうしてる内に、こちらの人数と同じ数の女性達が現れた。合わせた着物の胸元は広くはだけ、谷間が見えている。


(…どうしよう…)


その頃、宿所でもちょっとした騒ぎになっていたらしい。


[キリト目線]


「ミズキを華屋に連れて行っただぁ!」


叫んだ俺に若い隊員はびっくりして、何がいけないのかと戸惑っていた。

その様子にしまったと思った。


「…否…何でもねぇ…。ま、まぁ、アイツも男だ…たまには…いいか…」


苦しい言葉を残してその場を後にすると、平静を装いながら廊下を進み、そのまま門を出ようとした所でハンとクタニに遭遇する。


「どうしたんだ?そんな険しい顔して」

「おぅ、お前ら良いところに。若い連中がミズキを華屋に連れて行ったらしい」

「えぇ!それマズイよ!」

「クタニ!でけぇ声を出すな!アイツ等の金で行ける華屋はせいぜい3軒位だろ。手分けして探すぞ」

「でもよ、探し出したとして、どうやって連れ出すんだ?」

「理由は何でもいい!兎に角バレねぇようにしねぇと」

「だね。華屋なんて噂話の宝庫だし、一気に街中に広がっちゃう」


俺達は頷き合って駆け出した。


[キリト目線終わり]


一方の私はと言えば、異様に近づいて来る女に四苦八苦していた。彼女はユタと名乗った。


「嬉しい。噂のミズキさんが店に来てくれるなんて」

「ははは…」


乾いた笑いしか出ない。腕を絡ませて胸を押し付けてくる。


(あんまり密着されると…バレないかな…)


ユタは誘うように、私の首筋から胸元へとその指を滑らせる。その手を優しく制した。


(勘弁して〜)

「あら、照れ屋さん」

「ミズキさんはな、こう見えて俺達の医者なんだぞ」

「い、否…まだ見習い」


この世界での医者はかなり地位が高い。きちんとした医者は大きな街にしかおらず、おまけに金持ちしか診ない事が多い。

一般的には、病気になっても怪我をしても寝て治すしかないのが現状だった。

皆が慕ってくれる1つの理由も、応急処置しかしてないがキツタの件があったからだろう。

婆様がどうやって医術を身に着けたのかは知らないが、教えを乞う師匠が居ることは幸運だったと言えた。


「凄〜い!あたしの事も診てくれない?先生」

「…先生じゃない、から」

(これ以上近づかないで〜)


どうにも打開出来ない現状に途方に暮れていると、俄に店内が騒がしくなる。

騒ぎの方を見やると、キリトがそれぞれの席を確認しながらズカズカと乗り込んで来ていた。


「キリト?」


立ち上がった私を見止め、キリトが怖い顔で近づいて来る。

瞬間、怒られると思った程その形相は切迫していた。

ところが、キリトは私の手を掴むなり「帰るぞ」の一言だけ。

戸惑う隊員達がおずおずと質問する。


「キリトさん?…一体どうしたんです?」

「…タケヤさんが呼んでる。急用らしい」


助かったと思った。これでこの場から逃げられる。

ポカンと口を開けた隊員達に「ごめん」と謝って、私はキリトと店を後にした。


「キリト、急用って?」

「…嘘だ」

「え?」

「ああでも言わないと逃げられねぇだろ」


また助けられた。


「…ごめんなさい。ありがとう」


キリトはブッと吹き出した。


「ハハッ!ったく!次から次に。…お前程目の離せねぇ奴も居ねぇよ」


その言葉に身体が熱くなった。

気にかけていると言われたようで、恥ずかしくなって俯く。

骨張った大きな手がまだ私の手を引いていた事に、更に心臓が煩くなる。

私を引いて歩く広い背中を眺めながら、この人をもっと知りたいという想いに駆られた。

普段はクールだけど本当は優しくて、でもそれを悟らせない様に冷めた言動が多かったりする。

胸にはいつも熱い夢を追っていて、その為には自他共に厳しい面も。

対外的な事なら大体解るが、私が知りたいと想ったのはもっと内面的な事だった。

キリトが何を感じて何を思っているのか…。

そこまで考えて、頭を振った。


(…何を考えてんだろ……あたし…キリトの事が…気になってる…)


夜気が火照った頬を撫でた。

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