吠狼隊に与えられた仕事はトウの街の警備警戒と情報収集だった。

街を見回り、情報収集も兼ねて怪しい人間を取り締まって行く。

日本で言うところの"お巡りさん"の様な存在だ。

また、街の外での諜報活動もあったりする。

そして、有事の際には戦場に赴くのだ。

トウの街に新居を構えてから1ヶ月程が経つ。

此処での生活にも慣れた頃にその事件は起こった。

陽が真上を指す頃だった。俄に表が騒がしくなる。

庭の掃除をしていた私が門を覗いてみると、コウが血塗れの新入隊員を抱えて入って来た。


「アツキ!しっかりしろ!着いたぞ!」


4人の新入隊員も血相を変えてアツキの名を呼んでいる。

私は慌てて駆け出した。


「コウ!どうした!」

「ミズキ!部屋に布団を用意しろ!急いで手当しないとヤバイ!」

「うん!」


私は走り出して個室に布団を用意すると、急いで婆様を呼んだ。

新入隊員のアツキは肩から胸にかけて大きく切られている。

私は大量の出血と傷跡に息をつく間もなく、夢中で婆様の手当の手伝いをした。

一応の手当てを終えた頃、部屋にはキリトとケイキ、タケヤも来ていた。


「今夜が山だね…」


桶で手を洗いながら、婆様は静かに言った。


「正面からの傷だな…コウ、何があった」


キリトの問いにコウが答える。


「それがよ…俺にもよく解らねぇんだ。…見回りしてて、アツキは一番後ろを歩いてた。小物屋の角を曲がった時に突然叫び声が聴こえて…角を戻るとアツキが…」

「…犯人は?」

「走り去る男の後ろ姿を確認したが、顔までは…。2人に追わせたが、撒かれちまったらしい…」

「…ただの物取りがわざわざ剣を挿して集団で歩いてる俺達を狙うのはおかしい…」


タケヤが腕組みをして溜め息を吐いた。


「…目的が見えん…皆にも警戒を強めるように伝えねばな」

「今夜、全員を集めよう。ミズキ、アツキの様子を見ててくれるかい?何かあったら直ぐに呼んで」


ケイキに頷くと、私と荒い呼吸のアツキを残して全員が部屋を出ていった。

皆も心配なのだろう。部屋には訪問者が後を絶たなかった。

夜半過ぎ、コウが饅頭を持って訪れる。

コウは班長で、ハルマと共に先発していた1人だ。

男らしい顔つきに似合わないオレンジ色の優しげな瞳を持った人だ。

この世界の人は皆黒髪なのに、瞳の色が色々と違う。

最初は不思議に思ったものだが、もう慣れてしまった。


「ミズキ、お前もちょっと休めよ。ほら食え」

「ありがと」


私は饅頭に齧り付いた。


「…良く眠ってるみたいだな…」


自分の班員が怪我を負ったのだから、コウも辛いのだろう。

その横顔に、私は皿に乗ったもう1つの饅頭を差し出した。


「元気出る…食べて」

「ハハッ、気遣ってくれんのか?…ありがとうよ、ミズキ」


コウは私の頭をポンポンと軽く叩き、おどけた様に饅頭を頬張った。

2人でクスリと笑い合った時、布団から掠れた声が届く。


「は…班長…」

「アツキ!気がついたか!」


私は少しだけアツキの頭を抱えあげ、急須の様な形の水飲みをその口に当てた。

一口飲んだのを確認して、額の手拭いを変えた。


「ミズキさん…すみません…」


私は微笑んで首を左右に振った。

傷が痛むだろうに、私にまで気を遣うアツキに胸が傷んだ。彼は直ぐにまた眠りに落ちて行く。


アツキが息を引き取ったのはその日の明け方だった。

一晩中付き添っていたコウは、無言で拳を床に叩きつける。

私は溢れる涙を抑える事が出来ずにアツキの亡骸を見つめていた。

ショックだった。

人が死を迎える所を見たのも初めてだったが、昨日まで元気にご飯を食べて話をしていた若者の呆気ない死が衝撃だったのだ。

日本で平和に慣れ親しんだ私には経験した事のない出来事に、ただ泣く事しか出来なった。

しめやかに葬儀が執り行われ、敷地内に最初の墓標が建った。

苦しい中で私にまで気遣いを見せた優しい若者を想うと、息が出来ないくらいの慟哭が襲ってくる。

墓標に小さな花を添えた。

後ろに佇むコウは、泣いてはいなかった。


「…アツキ…絶対に犯人は捕まえる…待ってろ!」


それから3日後、次に狙われたのはトキの班員だった。やはり後方を歩いていた所を突然に斬りつけられたとの事。

彼は腕を大きく斬られたが命に別状は無く、皆を安堵させた。

立て続けに吠狼隊が狙われたこの事件が動いたのは、その翌日の事だった。

犯人を捕らえたのはハルマだ。班長のハルマだが、その日は1番後ろを歩いていた。

これはケイキの案で、後方を警戒する為の作戦だ。

そこに、何も言わずに突然振り上げられた剣を受け止め、犯人捕縛に成功したという事だった。

しかし、尋問しようと牢をキリトが訪れると、犯人は奥歯に仕込んでいた毒を含んで死んでいた。

結局、犯人の目的も正体も解らず、曖昧なままに後味の悪さだけを遺してこの事件は一応の終わりを迎えた。

その日の夜、広間に全員が集められると、タケヤが静かに話し出した。


「…アツキが死んで、キシヤが重症を負った。犯人は捕らえたが…自決した。…解った事と言えば、隣国カイの手形をも持っていた事位だ……。それについてはのライナの班に調べさせる。…カイとは元から仲良くねぇが、先日はクレがエンとの条約を反故にして国境沿いでひと悶着あったらしい。アギも軍備を増強していると聞く。……いよいよ、この国はきな臭くなってきたって事だ。エン国第二の街、トウに俺達が役目を貰ったのも、戦争が近いからだと思う。…いいか、俺達はただの雇われ兵士として国に使われる為に此処に集まったんじゃねぇ。俺達は俺達の意思で剣を握って戦う。それが自分の為でも誰かの為でも構わねぇ。己の剣に命を懸けろ。だが、死に急ぐなよ。…俺からは以上だ」

自分達の役目の重さを知り、決意を新たにした夜だった。

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