四
何日眠っていたのだろうか。
起き上がろうにも、身体が硬直して上手く動かない。
意識もまだ朦朧としている中、何人かが代わる代わる部屋を訪ねてきたようだが、私はまた深い眠りの底へと落ちていった。
意識がハッキリとし出したのは何日か後の夕方だった。
やっと起き上がれるようになった所、あのお婆さんがまたお風呂に入れてくれた。
熱もあったのかベトついた肌に、数日ぶりのお風呂が酷く気持ち良く感じた。
漸くお礼の言葉を口にした。
「ありがとうございます…」
お婆さんはうんと頷いて笑った。
まるで通じているのかと錯覚するくらい、真っ直ぐにこちらを見ている。
またさらしの様に布で胸を潰す。
さっぱりした身で部屋に戻ると、ハルマとライタが待っていた。
『おっ、帰って来たな』
『なぁミズキ。動けるならちょっと庭にでも出てみないか?』
理解出来ず小首を傾げる。
『病み上がりなんだ。無理さすんじゃないよ』
『解ってるよ、婆様。ちょっとそこら辺を歩くだけだ』
『部屋に籠もってばかりじゃ元気にもならねぇよ』
小さく息を吐くお婆さんを他所に、2人は片方ずつ私の手を掴んで、ゆっくりと庭に導いた。
此処に来てから初めて外に出ると、夕方の風が火照った身体に心地良い。
庭は綺麗に手入れされていて、幾つかの花も植えられている。
私は薄紫の花弁を広げた小さな群集の前で座り込む。
(…綺麗…何て名前の花かな…)
2人を振り返って、花を指差してみた。
ハルマが覗き込む。
『…その花が気に入ったのか?ヨナギ草って言うんだ。結構そこら辺に咲いてるよ。ヨ·ナ·ギ·草』
私に解るようにゆっくりとした口調で話すハルマ。そのスッキリとした細身の目を見ながら、私もゆっくりと口を開く。
「…ヨナギ…ソウ?」
2人は笑顔でうんうんと頷く。その時、部屋からお婆さんが声を張り上げた。
『湯冷めする前に戻ってきな!』
私はお婆さんを指差して2人を見た。
今度はライタが答える。
『あれは婆様。バ·バ·サ·マ、ね。ウチの占者でって…解かんねぇか。兎に角、婆様だ』
「婆様…」
と、ハルマが促す。
『取り敢えず戻ろうぜ。婆様が睨んでる』
2人は軽く背中を押した。どうやら私を散歩に連れ出してくれたらしいと理解する。
部屋に戻るや否や、座る間もなく私は初日に通された大部屋に連れて行かれた。
大部屋には10数人の男達が座している。
一斉に私へと視線が集まった。
上座には中央にタケヤと右隣にキリト。左隣に涼しげな顔の男が居て、向き合うように男達が並び、ハルマとライタもその中に座した。
私は上座の端の婆様の隣に座らされると、徐ろにキリトが口を開く。
『皆知ってると思うが、俺達は導きを手に入れる事に成功した。名をミズキと言う娘だ。今の所、どういった力の持ち主かは解ってねぇ…。取り敢えず手元に置いておいて、様子を見ることにした。でだ、婆様が言うには、導きが若い娘でエン国に居ることは、占者によって他国にも自国にも知れてるらしい。せっかく手に入れた導きだ。奪われねぇ為にミズキには男になってもらう。30日後にはトウの街に下るが、隊員の増強も控えてる中、情報漏洩の危険がある為、ミズキが女である事も導きである事も、此処の皆以外に漏らす事を禁じる。自然に振る舞え。…いいか、コイツはただのか弱い娘じゃねぇぞ。導きなんだ。俺達の、否この世界の命運がかかってる!浮ついた考えは今すぐに捨てろ!ミズキを女扱いする事は許さねぇからな!』
そこで、涼しげな顔の男がクスリと笑った。
『キリト、そんなに声を荒らげなくても、お前以上に女性の扱いに長けた男は此処には居ないよ』
『…ケイキさん、茶化さねぇでくれ』
ハンがそのスカイブルーの瞳を細めて吹き出した。
『違ぇねぇ。キリトさん以上のタラシは居ねぇやな』
クタニも穏やかに続く。
『確かに。1番気をつけなきゃいけないのはキリトさんだよ。なにせミズキの裸も見てるし』
ライタが身を乗り出した。
『何それ!聞いてねぇよ!ズリ〜!』
『それは不可抗力だろ!大体、素っ裸で居たコイツが悪い!』
奥の方から誰かが声を発する。
『…キリトさん…』
『何だよ…』
『…どうだった?』
『なっ!』
そこで婆様が人差し指を立てながら呟いた。
『乳は立派だよ』
一同のおぉ〜という感嘆と視線が刺さった。
私は訳が解らずにたじろぐ。
『って、おぉ〜じゃねぇよ!婆様も余計な事言ってコイツ等を惑わせねぇでくれ!』
婆様はカッカッカッと嘲笑っている。今度はタケヤが静かに口を開いた。
『話しがズレてしまったな…。取り敢えずミズキは俺の甥っ子という事にする。歳は18位で良いだろう。俺の世話役兼隊の雑用係。病で長い間異国に居たという設定だ。言葉が通じないのはこれで誤魔化せるだろう。しかし、今後を考えると日常会話位は出来なきゃな。そこで、街に下りる迄の30日間でミズキに言葉を叩き込む。皆にも協力して欲しい』
ヨキがニカッと笑う。
『タケヤさん、キリトさんも心配しねぇでくれ。ミズキは俺達がしっかり守ってやるからよ』
『うん、頼んだぞ』
会議らしい話し合いの中、私はというと…。
始めのうちは懸命にヒアリングを試みたが、堅そうな話にすぐ挫折してしまっていた。
その後は暇なので、男達の顔を眺めたり人数を数えたりしていた。
総勢13名。屈強な男達は皆若々しかった。
30代はタケヤと涼しげな顔の男位だろうか。その中に女性の姿を見つける事は出来ない。婆様と自分だけだ。
ふと、一番後ろの影が気になる。
良く見ると、黒猫だと解った。他の男達と同じ様に服を着て座っていた。
私は目が離せなくなり、ジッとその黒猫を見つめていると、一瞬その金色の瞳と合った。
黒猫は直ぐに視線を外して前を向く。ちょうどキリトが声を荒げた時だった。
何が話し合われてるのだろうか。時折聞こえる自分の名。
彼等の正体と目的は?自分は何故この世界に?
考えると途方に暮れてしまうが、グジクジと悩むのは性に合わなかった。
解らない事を考えても仕方がない。右も左も解らないこの世界で、頼る事が出来るのは今の所此処だけ。
現状で自分に出来る事は何だろうかと考えて、やはり言葉を覚えるのが先決だと思い至る。
私の決意を他所に、会議はいつの間にか終わったらしい。
婆様が入り口の戸を開けて、男達に何やら声をかける。
数人が腰を浮かし、帰って来たその両手には大皿の料理を抱えていた。
一斉に移動し、円を作って座った。
次々と運ばれてくる料理に、酷く自分が腹を空かせていることに気づく。
ヨキが私の手を引き、自分の右隣に座らせる。左隣にはハンが居た。
『ミズキ、飯だ。腹減ってるだろ?』
初めて見る顔もあったが、誰もが笑顔だった。
自然、自分も笑顔になる。
母方の祖母の口癖だった。笑顔は笑顔を作る。女の子は何時でも笑ってなさいと。
"笑顔"は私の座右の銘だった。
此処の主食は米のようだ。日本の米よりも少しだけ痩せていてパサパサしている、タイ米の様な感じだ。
あれもこれもと取皿に料理が盛られる。私は残しては失礼になると、懸命に食べ進めた。
この人数の料理を婆様が1人で作ったのだろうか?
私にも手伝えるだろうか。言葉もそうだが、此処の生活習慣を早く覚えたかった。
1つ1つ、不安を消していこう。
きっと何かが見つかるはずだから…。
と言う事で、ここから吹き出しは1重になります。
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