何日眠っていたのだろうか。

起き上がろうにも、身体が硬直して上手く動かない。

意識もまだ朦朧としている中、何人かが代わる代わる部屋を訪ねてきたようだが、私はまた深い眠りの底へと落ちていった。

意識がハッキリとし出したのは何日か後の夕方だった。

やっと起き上がれるようになった所、あのお婆さんがまたお風呂に入れてくれた。

熱もあったのかベトついた肌に、数日ぶりのお風呂が酷く気持ち良く感じた。

漸くお礼の言葉を口にした。


「ありがとうございます…」


お婆さんはうんと頷いて笑った。

まるで通じているのかと錯覚するくらい、真っ直ぐにこちらを見ている。

またさらしの様に布で胸を潰す。

さっぱりした身で部屋に戻ると、ハルマとライタが待っていた。


『おっ、帰って来たな』

『なぁミズキ。動けるならちょっと庭にでも出てみないか?』


理解出来ず小首を傾げる。


『病み上がりなんだ。無理さすんじゃないよ』

『解ってるよ、婆様。ちょっとそこら辺を歩くだけだ』

『部屋に籠もってばかりじゃ元気にもならねぇよ』


小さく息を吐くお婆さんを他所に、2人は片方ずつ私の手を掴んで、ゆっくりと庭に導いた。

此処に来てから初めて外に出ると、夕方の風が火照った身体に心地良い。

庭は綺麗に手入れされていて、幾つかの花も植えられている。

私は薄紫の花弁を広げた小さな群集の前で座り込む。


(…綺麗…何て名前の花かな…)


2人を振り返って、花を指差してみた。


ハルマが覗き込む。


『…その花が気に入ったのか?ヨナギ草って言うんだ。結構そこら辺に咲いてるよ。ヨ·ナ·ギ·草』


私に解るようにゆっくりとした口調で話すハルマ。そのスッキリとした細身の目を見ながら、私もゆっくりと口を開く。


「…ヨナギ…ソウ?」


2人は笑顔でうんうんと頷く。その時、部屋からお婆さんが声を張り上げた。


『湯冷めする前に戻ってきな!』


私はお婆さんを指差して2人を見た。


今度はライタが答える。


『あれは婆様。バ·バ·サ·マ、ね。ウチの占者でって…解かんねぇか。兎に角、婆様だ』

「婆様…」


と、ハルマが促す。


『取り敢えず戻ろうぜ。婆様が睨んでる』


2人は軽く背中を押した。どうやら私を散歩に連れ出してくれたらしいと理解する。

部屋に戻るや否や、座る間もなく私は初日に通された大部屋に連れて行かれた。

大部屋には10数人の男達が座している。

一斉に私へと視線が集まった。

上座には中央にタケヤと右隣にキリト。左隣に涼しげな顔の男が居て、向き合うように男達が並び、ハルマとライタもその中に座した。

私は上座の端の婆様の隣に座らされると、徐ろにキリトが口を開く。


『皆知ってると思うが、俺達は導きを手に入れる事に成功した。名をミズキと言う娘だ。今の所、どういった力の持ち主かは解ってねぇ…。取り敢えず手元に置いておいて、様子を見ることにした。でだ、婆様が言うには、導きが若い娘でエン国に居ることは、占者によって他国にも自国にも知れてるらしい。せっかく手に入れた導きだ。奪われねぇ為にミズキには男になってもらう。30日後にはトウの街に下るが、隊員の増強も控えてる中、情報漏洩の危険がある為、ミズキが女である事も導きである事も、此処の皆以外に漏らす事を禁じる。自然に振る舞え。…いいか、コイツはただのか弱い娘じゃねぇぞ。導きなんだ。俺達の、否この世界の命運がかかってる!浮ついた考えは今すぐに捨てろ!ミズキを女扱いする事は許さねぇからな!』


そこで、涼しげな顔の男がクスリと笑った。


『キリト、そんなに声を荒らげなくても、お前以上に女性の扱いに長けた男は此処には居ないよ』

『…ケイキさん、茶化さねぇでくれ』


ハンがそのスカイブルーの瞳を細めて吹き出した。


『違ぇねぇ。キリトさん以上のタラシは居ねぇやな』


クタニも穏やかに続く。


『確かに。1番気をつけなきゃいけないのはキリトさんだよ。なにせミズキの裸も見てるし』


ライタが身を乗り出した。


『何それ!聞いてねぇよ!ズリ〜!』

『それは不可抗力だろ!大体、素っ裸で居たコイツが悪い!』


奥の方から誰かが声を発する。


『…キリトさん…』

『何だよ…』

『…どうだった?』

『なっ!』


そこで婆様が人差し指を立てながら呟いた。


『乳は立派だよ』


一同のおぉ〜という感嘆と視線が刺さった。

私は訳が解らずにたじろぐ。


『って、おぉ〜じゃねぇよ!婆様も余計な事言ってコイツ等を惑わせねぇでくれ!』


婆様はカッカッカッと嘲笑っている。今度はタケヤが静かに口を開いた。


『話しがズレてしまったな…。取り敢えずミズキは俺の甥っ子という事にする。歳は18位で良いだろう。俺の世話役兼隊の雑用係。病で長い間異国に居たという設定だ。言葉が通じないのはこれで誤魔化せるだろう。しかし、今後を考えると日常会話位は出来なきゃな。そこで、街に下りる迄の30日間でミズキに言葉を叩き込む。皆にも協力して欲しい』


ヨキがニカッと笑う。


『タケヤさん、キリトさんも心配しねぇでくれ。ミズキは俺達がしっかり守ってやるからよ』

『うん、頼んだぞ』


会議らしい話し合いの中、私はというと…。

始めのうちは懸命にヒアリングを試みたが、堅そうな話にすぐ挫折してしまっていた。

その後は暇なので、男達の顔を眺めたり人数を数えたりしていた。

総勢13名。屈強な男達は皆若々しかった。

30代はタケヤと涼しげな顔の男位だろうか。その中に女性の姿を見つける事は出来ない。婆様と自分だけだ。

ふと、一番後ろの影が気になる。

良く見ると、黒猫だと解った。他の男達と同じ様に服を着て座っていた。

私は目が離せなくなり、ジッとその黒猫を見つめていると、一瞬その金色の瞳と合った。

黒猫は直ぐに視線を外して前を向く。ちょうどキリトが声を荒げた時だった。

何が話し合われてるのだろうか。時折聞こえる自分の名。

彼等の正体と目的は?自分は何故この世界に?

考えると途方に暮れてしまうが、グジクジと悩むのは性に合わなかった。

解らない事を考えても仕方がない。右も左も解らないこの世界で、頼る事が出来るのは今の所此処だけ。

現状で自分に出来る事は何だろうかと考えて、やはり言葉を覚えるのが先決だと思い至る。

私の決意を他所に、会議はいつの間にか終わったらしい。

婆様が入り口の戸を開けて、男達に何やら声をかける。

数人が腰を浮かし、帰って来たその両手には大皿の料理を抱えていた。

一斉に移動し、円を作って座った。

次々と運ばれてくる料理に、酷く自分が腹を空かせていることに気づく。

ヨキが私の手を引き、自分の右隣に座らせる。左隣にはハンが居た。


『ミズキ、飯だ。腹減ってるだろ?』


初めて見る顔もあったが、誰もが笑顔だった。

自然、自分も笑顔になる。

母方の祖母の口癖だった。笑顔は笑顔を作る。女の子は何時でも笑ってなさいと。

"笑顔"は私の座右の銘だった。

此処の主食は米のようだ。日本の米よりも少しだけ痩せていてパサパサしている、タイ米の様な感じだ。

あれもこれもと取皿に料理が盛られる。私は残しては失礼になると、懸命に食べ進めた。

この人数の料理を婆様が1人で作ったのだろうか?

私にも手伝えるだろうか。言葉もそうだが、此処の生活習慣を早く覚えたかった。

1つ1つ、不安を消していこう。

きっと何かが見つかるはずだから…。



と言う事で、ここから吹き出しは1重になります。

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