第32話 ハプニング起きちゃいました! Bパート

 え、なに?


 どうしたんだ?


「いや、そういうわけじゃなくて、いいから出てけ! 今いいところなんだ! 事情はあとで説明するから、出てけよ!」


 つい先ほどまで俺達を見下ろしていたブラックローズの様子がおかしい。


 杖を投げ捨てて、虚空に向かって叫びだしたではないか。


「おいブラックローズ……?」


「違っ、だからこのスーツは私の趣味じゃなくて! 魔力を伝えるためにな! もういいから、早く出てってくれ!」


 手足をバタバタ動かして何かを訴えているようだが……。


「テンちゃん……」


「いやこっちを見るなハナ。俺にだって分かんねーから」


「あの、これ攻撃しちゃっていいんですかね……?」


 一応武器を構えているユキだが、そりゃ躊躇もする。


 とうとう何か大声で叫びながら、手で空中を払い出した。


「アレかな? 魔力操作に失敗しちゃったのかな?」


 首をかしげるハナ。


 エーテルスライムのゲームでも、ごくたまに起きる。

 魔力の制御ができなくて、変な挙動をしてしまうのだ。


「ブラックローズほど強くて繊細なエーテルスライムは操作も難しそうだしな。うん、制御ミスって事にしとくか」


「じゃあ、やっちゃっていいんですか?」


 嬉しそうに尋ねるユキ。


「……もういいか。やっちゃうか」


 俺達三人、同時に頷く。


 そして俺は“魔眼”に、ハナは剣に、ユキは槍に、ありったけの魔力を込める。


「いやだから怒るなって! 邪険にするとかそういう事ではなく――おい、お前もコイツになんとか言ってやれ――え? なに? 避けろ?」


「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 最大出力の魔力を、三方向からブラックローズに放出した。

 眩い光がエーテルスライムの全身を包み込み、さらに魔力同士の激突が大爆発を生んだ。


 強い音と衝撃波に一瞬だけ目を閉じるが、再び目を開いた時には全て終わっていた。


 精霊の加護を受けた魔力の爆発に飲まれたブラックローズは、跡形もなく消滅していた。地面にエーテルスライムの残滓があるが、それも浄化されて消えていく。


「……勝ったの?」


 気を抜かず、剣を構えたままのハナ。


「勝った……んじゃないか?」


「勝ちました……よね?」


 俺もユキも首をかしげながらブラックローズが消滅した地点を凝視する。


「多分、倒した……んだろう」


「倒した、と思う……けど、なんでこんなにモヤモヤするの!?」


「だって、こんな勝ち方って……そもそもブラックローズに何があったんですか!?」


「ああ、なんか納得いかないぞチクショウ!」


 世間を騒がせていたバーチャル勇者を倒したっていうのに、釈然としない!


 もっとこう、いかにも“勝った!”って言えるような勝ち方をしたかったのに!


「テンちゃん! ユキちゃん!」


 剣を鞘に戻すと、ハナはこう宣言する。


「もっぺんやろう!」


                    *


それじゃ……撮影開始。


「ゆー! つー!」

「ばー!」


「こんにちはみなさん! 勇者アマリリスチャンネルのアマリリスです! さっそくですが、今日は伝えたい事がありますっ!」

「スノードロップです! おそらくこの動画を観ているでしょう、ブラックローズさん!」


 近い近い、二人とも俺に近づきすぎだ。


「ちゃんと決着つけようよー! 戦いを挑んだのはそっちでしょー!?」


「私達、せっかく戦ったのにすっごくモヤモヤしちゃってるんです!」


「で、で、私達が勝ったら、もう悪い事しないって約束してください!」


 どんどん俺に近づいてくる二人。

 互いの頬がくっつくくらい寄り添って、俺に迫ってくる。


「視聴者さんには分からないと思うので、ここから先は今の戦いのダイジェストをお送りします! 全部録画できてないので、ほんの一部ですけど!」


「この戦いがまた見たいと思ったら、コメントで応援してくださいね!」


 よし……あとは、俺が戦いの途中でなんとか撮った映像で繋ごう。

 宿屋に戻ったら、また編集作業だ。


「よしっ、終わり! 二人ともお疲れさま!」


「ふぁ~……疲れたぁ」


 撮影が終わると、途端に気が抜ける勇者達。


 もともとあれほど強力な敵と戦ったんだ。疲れて当然である。

 一歩間違えば全滅していたかもしれない、恐るべき敵だった。


 とはいえ――


「次は勝てるさ」


 俺は自信を持ってそう告げる。


 戦闘技術や魔力の問題ではなく――ハナが笑っているから、そう思ったのだ。


 最初はブラックローズの所業に怒っていたハナだけど、あれほどの戦いを経てなお笑っている彼女を見ていると、こちらも笑顔になってくる。


 その心の余裕こそが、ハナの強みなのだ。


「テンちゃん! 宿屋に戻ろう! 私、もうおなかすいちゃったよ」


「ああ、そうだな。今日はもう休もう」


 町までの道を戻ろうとすると、“ぐぅ~”と大きな腹の音が聞こえる。


「よっぽどハラ減ってるみたいだなハナ」


「あ……ごめんなさい、私です……」


 頬を赤らめているのは、ユキ。


 照れている彼女を見て、俺もハナも同時に吹き出してしまうのだった。

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