第31話 ハプニング起きちゃいました! Aパート

 正体がバレたところで、ブラックローズは困らない。


 エーテルスライムから生まれた存在とはいえ、勇者だ。

 その行動に人間は熱狂し、腹を立てる。

 スライムの動きに目を奪われ、感情を揺さぶられるのが“勇通部”の面白さ。


 勇者アマリリスチャンネルを滅ぼした後は、堂々とスライムの勇者を名乗れば良い。


『死になさい』


 ブラックローズが手をかざすと、掌の前に杖が出現した。


 その杖を握り締めると、強く念じる。


 杖の先端から花が散った。


 炎で作られた花が辺り一面に咲くと、その花を突っ切って走り出す。


『ぐっ!』


 アマリリスの剣を弾き、スノードロップの槍をかいくぐる。


 その向こうにいる“勇通部”のスタッフに目がけて、松明を突きつける。


『させる……かっ!』


 スタッフの目が光る。


 魔法陣が眼球に描かれるのと同時に、松明から炎が吹き出した。


『……!』


 その炎が“魔眼”によって消去された。


 カウンターのように繰り出した“魔眼”――ブラックローズが炎を繰り出す事を予見していたかのようだ。恐ろしい魔法の展開速度である。


『見事な腕です』


 杖を回転させ、槍部分でスタッフを突く。


『おわぁっ!』


 スタッフは身をよじって避けるが、バランスを崩す。

 が、地面に手を突くと、土に描かれた魔法陣が起動し、スタッフの身体を大きく吹き飛ばした。

 反発する魔法で自らを飛ばすことで回避したよだ。


『やっぱり速さじゃ勝てねーか……!』


『小細工はそちらの方が上手なようです』


 細かい作業が得意なようだが、持久戦に持ち込むのも得策ではない。

 あのスタッフの魔力の貯蔵量は、おそらく勇者以上だ。


 きっとそれだけ地獄のような訓練をしてきたのだろう。


 優秀なスタッフだ――だからこそ、脅威なのだ。


『テンちゃんを殺させはしないっ!』


 ブラックローズの背後から、アマリリスが斬りかかる。


 こちらは至極単純な一撃。


『上方からの一撃――直撃は危険ですね』


 ブラックローズは身を逸らし、後方に回転しながら攻撃を避けた。


 妖精のような軽やかな回避をするブラックローズの横を、ほんのわずかに遅れて剣が通り過ぎる。

 地面に叩きつけられたアマリリスの一撃は、爆発を生んだ。


 魔力を込めた剣が引き起こす巨大な爆発は、周囲の空気を破裂させ、瓦礫を吹き飛ばしてゆく。


 その瓦礫のスキマに、スノードロップの槍が見えた。


『そこですっ!』


 爆発の勢いに乗ったスノードロップの跳躍。


 バック転をして攻撃を避けたブラックローズを待っていたのは、鋭い槍の一撃。


『いいえ、ここではありません』


 ブラックローズの身体を、槍が突き抜けた。


 その細い胴に丸い穴が空き、槍を素通りさせたのだ。


『私の身体がスライムでできていると、ご存じだったのでしょう?』


 そしてブラックローズは手を伸ばし、槍の柄を掴むと、思い切り振り回した。


『きゃあっ!』


 槍を持っていたスノードロップが地面に叩きつけられる。


 勇者の中でも怪力な方である彼女だが、それでもブラックローズの魔力で上乗せされた膂力には勝てなかったようだ。


『ROPちゃん!』


 助けに行こうとするアマリリス。


 彼女を見ながら、ブラックローズは背後に手を伸ばした。


 その手が鋭利な刃物に変形する。

 魔力を帯びた刃が、真後ろから魔法を放とうとしていたスタッフの腹に突き刺さった。


『ぐ……っ!』


 いや、胴を刺したつもりだが、また避けられた。

 ほんのわずかに脇腹を傷つけたにすぎない。


 だが――出血は免れない。


 膝をついたスタッフが魔法で即座に治癒を試みる。


『テンちゃん!』


 叫ぶアマリリスは、スノードロップを抱き起こそうとしている。

 つまり、無防備。


 ブラックローズは再び杖をかざすと、二人に向けて高熱の炎を噴射した。


『きゃああああああああっ!』

『きゃあああああっ!』


 身をよじって炎から逃げるアマリリスとスノードロップ。


『くそ……強い!』


 後ろのスタッフも、前の勇者達も、どちらも致命傷には至っていない。

 しかし、それでもブラックローズひとりに傷を負わせられない。


『三人とも、恐るべき魔力量です。さらに魔導士に限っては、加護もないのによく頑張ったと言えるでしょう』


 勇者達を見下ろしながら、ブラックローズは淡々と語る。


『ですが、戦いの経験が違います。たかだか一年にも満たない実戦経験では、このブラックローズを枯らせるどころか、花びら一枚散らす事もできないでしょう』


『強い……! でも、負けないよ!』


 立ち上がるアマリリス。


『諦めませんか。そうですね、それでこそあなたは美しい。勇者アマリリス――だからこそ、ここで滅ぼしておかなくてはならない』


 ブラックローズが杖を持つ。


『私だって……!』


 槍を杖代わりにして立ち上がるスノードロップ。


 そして血を止めて再び“魔眼”を展開させるスタッフ。


『全員、諦めが悪い。それも勇者の資質と言われていますね』


 先端が燃える杖を持ち、ブラックローズは微笑んだ。


『いいでしょう、ならば全員まとめて――』


                    *


「魔王様、失礼するッスよー! 今日の晩ごはんなんですけど――」


「……………………え」


「え、魔王様、何やってんスか? そんなカッコで……え、なんの魔法使ってるんですか?」


「ちょっ、デモーニア! お前!」


「そのタイツ、ブラックローズの格好ッスよね……? ちょっと魔王様、ディテュレイオスと二人で何やってんスか!?」

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