第30話 勇通部の覇権争いです! Bパート
前回は背後から攻撃を受けたが、今回はもう不意打ちは効かない。
何しろ、今の俺は動画を撮影していない。
スキなどどこにもないのだ。
本当ならば、ハナとユキがバーチャル勇者を倒す姿を撮影したい。
だが、バーチャルといえども勇者だ。
その姿が暴かれ、殺される姿を配信して喜ぶ者がどれだけいるか。
それよりもブラックローズを倒し、二度と悪事を配信させない事が重要だ。
「“勇通部”のスタッフを侮っていました。予想以上の魔力です。そして私の攻撃を防ぐだけの反応速度――実戦経験もある」
「バーチャル勇者に褒められたところで、嬉しくはねーな!」
俺は地面に魔法陣を展開させる。
ハナとユキの反応速度を高め、俺自身も魔力障壁を張る。
ここは俺がサポートに徹し、ハナとユキが前衛として戦うのが一番だ。
精霊の加護を持った勇者なら、簡単には傷つけられない。
しかしブラックローズは真っ先に俺を狙う。
その杖の先から炎の弾が撃ち出された。
「ちっ!」
まだ完全に魔法陣を展開しきっていない。
俺は炎の弾を避けながら、“魔眼”を発動させ、弾を消しさる。
「はぁっ!」
ハナが剣で斬りかかるが、ブラックローズは素早く剣の間合いから飛び退き、高く跳躍する。まるで鳥のように軽やかに浮遊するブラックローズの手から、炎の刃が生み出される。
「死になさい」
空中にいるのに、誰かに押されたかのような急激なターン。
方向を変えたブラックローズが突撃したのは、ユキ。
「くっ!」
炎の刃がユキのハンマーと激突。
力ではユキが勝るが、徐々に押されている。
「……う……っ!」
「スノードロップ!」
すぐに横からハナが跳んだ。
タックルでブラックローズを突き飛ばし、ユキを救出する。
「はぁ……っ!」
炎の刃と撃ち合ったユキは、その場にハンマーを落としてしまった。
魔法の金属製のハンマーが真っ赤に染まっている。
ブラックローズの熱によるものだ。
「スノードロップ! 大丈夫!?」
「へ、平気……でも……別の武器を……!」
加護による魔法防御だが、限度がある。
純粋な熱による攻撃は、誰だって長時間耐えられるものではない。
「炎の使い手――勇者を名乗るだけあって、やっぱり強いな。スノードロップ!」
俺は折りたたみ式の槍を取り出し、ユキに向かって投げる。
「ありがとうございます!」
ユキはこちらを見ずに槍を受け取ると、畳まれた槍を伸ばし、構える。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ユキの槍は、まっすぐにブラックローズに伸びる。
しかし――
「フッ……」
ブラックローズが杖をかざすと、先端の松明から炎が吹き出した。
真っ赤な炎がユキの顔に近づく。
「…………っ!」
急激にユキの速度が落ちた。
炎が直接当たったわけではないのに、顔を背けてしまう。
「ユキ!」
いくら精霊の加護があっても、それは仕方のない事。
人間は炎に対して根源的な恐怖を持つ。
いかに最高の防具を身につけようとも、それは本能に刻まれているのだ。
精霊の加護で強化され、恐怖心が薄れていたユキだったが、先ほどの熱で思い出してしまったのだ。
炎がどれだけ恐ろしいものなのか。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのユキの背後から、ハナが飛び出していった。
盾を構え、ブラックローズが繰り出した炎に、まっすぐ飛び込んでゆく。
「わーーーーーーーっ!」
炎の中で叫びながら、盾でブラックローズの杖を弾き飛ばす。
「くっ!」
「あっついなぁもう!」
そのまま剣でブラックローズに斬りかかるハナ。
彼女は炎が怖くなかったのか。
――いや、怖いに決まっている。
だから目を背け、盾で視界を隠し、それでも炎に突っ込んだのだ。
思い切り愚痴を叫びながら。
「おの……れっ!」
杖を失ったブラックローズ。
ハナから距離を置こうとするが、わずかに遅い。
「やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ハナの剣の切っ先が、ブラックローズの右手首を切断した。
彼女の手が宙を舞い、地面に落ちる。
その傷口からは――血が出ていなかった。
「……やっぱり、そうか」
疑問が確信に変わる。
「ブラックローズ……お前は人間じゃない」
「…………」
「だが、魔族でもないな?」
ずっと気になっていた、ブラックローズの正体。
これだけ悪行をはたらいているのだが、確実に魔王の手先だとは思っていた。
しかし人間だとしたら、精霊の加護がないとこれほどの強さは持てない。精霊の加護を悪用すれば“凍結”されてしまう。
では魔王の手先である魔族なら――
いいや、それでも精霊は見逃さない。
“勇通部”に動画をアップロードした以上、精霊はその存在を許さないだろう。
精霊の追跡を逃れつつ、“勇通部”に動画を流す、勇者並に強い存在。
「お前は……誰かから強力な魔力をもらっているはずだ。それも魔王か、あるいは魔王に匹敵する将軍レベルの」
「――ええ、そうです」
ブラックローズも認めた。
「それだけ強力な魔力を持ち、かつ精霊から“凍結”されない存在――俺が考えたのは、二つの可能性だ。“はなから死んでいる”か“何度もでも死ねる”か」
「…………」
「――どうやら後者みたいだな」
魔族から魔力をもらって動く、人形。
「えっ……てことは、ブラックローズって……生きてないの?」
ハナとユキも驚いて俺を見る。
俺もこの瞬間まで分からなかったから、彼女達にとっても初耳だろう。
「ブラックローズ、お前はただの粘土細工――いいや、“エーテルスライム”で作られているんだな?」
魔力で動かせる、自在に変形するスライム。
その見た目は制作者のセンスに委ねられ、卓越した魔法操作で人間と同じ動きができる。
「あ、そっか! エーテルスライムなら精霊様から“凍結”されても、また作り直せるもんね!」
「でも……そんなに上手くいくんですか? 魔力の痕跡などを調べられたら」
ユキの懸念ももっともだ。
「だから現場から離れて撮影していたんだ。魔王の支配する場所なら、精霊の追跡も逃れられるさ」
ここから遠く離れた場所で、粘土細工を魔力で操り勇者に仕立て上げたわけだ。
すべては“勇通部”に投稿するために。
「そっかぁ……大変だったろうねぇ」
「なんでハナが感心してんだよ! 敵だぞ!」
「いやでもさぁ、私達の人気を削ぐために、わざわざ別の勇者を用意したんだよ? 精霊様の目をかいくぐるために、たくさん準備したんだよ? それに動画のクオリティもとっても高かったし――」
ひとしきり褒めた後、ハナはため息をつく。
「真面目に勇者してれば、本当に私達を超えられたかもしれないのに」
「…………!」
正体がバレても無表情を貫いていたブラックローズの顔が、初めて曇った。
――ハナの言う通りかもしれない。
ここまで強くて美しくて、画質も綺麗で、何事にも一生懸命な勇者は他にいなかった。
悪事ではなく、本当に人助けをする動画を配信していれば、最初こそ地味かもしれないが、いずれ再生数は伸びたはずだ。
人の悪意を焚きつけるような動画は、最初こそ人が集まるが、やがて消える。
それこそ、燃やすものがなくなって消えていく炎のように。
「――正体が分かったところで、私には勝てません」
切断されたブラックローズの右手が生えてくる。
さすがスライムだ。
「私の行動も変わりません。あなた方全員を、この場で殺します。勇者アマリリスチャンネルは、ここで終わりを迎えるでしょう」
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