第29話 勇通部の覇権争いです! Aパート

 白い空間。


 巨大なドーム状の部屋の中央に魔法陣が描かれており、そこに私達が立っている。


「ディテュレイオス、準備は良いか」


「はっ、いつでも。しかしよろしいのですか魔王様」


「こちらの準備はできている」


「いえ、そうではなく――デモーニアの事です。魔王様を手伝いたいと言っていたではありませんか」


「……デモーニアは関係ない。あやつはあやつの仕事をすれば良い。これは魔法に長けたディテュレイオス、お主の力が必要だから頼んだまでだ」


「は……はっ。そういう事でしたら」


「ゆくぞ。ブラックローズを出陣させよ」


 私は目の前に立つ部下に合図すると、魔法を展開させた。


 白い壁が発光すると、その全てが変化する。


 それはとある廃墟の景色。

 かつて魔族と人間の戦いによって破壊された砦の残骸。


 そこに我々は立っている――ように見えている。


 周囲の景色を投影しているのは、このディテュレイオスの技。

 彼が放った“魔眼”を持つ魔物が見た景色を全方位に渡って映し出しているのだ。


「魔王様……いつでも」


「では、始めるか。我らがブラックローズの撮影を。ゆけい、ブラックローズ! 勇者の息の根を止めるのだ!」


                        *


『こんにちは。あなた達を殺しに来ました』


 崩れ去った瓦礫の上に立つ、勇者二人。


 アマリリスとスノードロップは、すでに武器を構えて臨戦態勢だ。


 そんな彼女達に対して、ブラックローズは一礼する。


『勇者と称して、呑気な旅の動画しかアップロードせず、ろくに人類を救おうともしない怠惰な存在。よって私は正義の名の下に、あなた方を燃やします』


 松明のような杖を構えるブラックローズ。


『正義とか、勇者とか、もうそんな言葉には騙されないよ! あなたは勇者じゃない! バーチャル勇者なんて、絶対に認められないんだから!』


『お互いの存在を認めないのはいいとして――だったら、どうします? あなた方は私を殺しますか? 殺せるんですか?』


 勇者による勇者の殺害。

 それはどんな動画よりも視聴者を沸き立たせるだろう。


『そういうそっちは、殺せるんですか? 勇者には精霊の加護があるんですよ?』


 槍を向けるスノードロップ。


 彼女の言う通り、精霊の加護がある限り魔族が殺すのは困難だ。


 だが、難しいだけであって、不可能ではない。

 どれだけ強固な鎧があろうとも、スキマは必ずあるのだ。


『いくら精霊の加護に守られていようと、その加護を破るほどの魔力を一点に集中させれば、勇者でも殺せます。ましてやあなた方には弱点が多すぎる』


『うっ……!』


 なぜかたじろぐアマリリス。


 うん、アマリリスに欠点が多いのは私も知っている。


 そんなアマリリスを超えるためにブラックローズという存在があるのだ。


『じゃ、弱点があっても、正義の心は負けないから!』


『その正義の心で、私を殺せばいいでしょう。同じ人間である私を殺して、その様子を世界中に配信すればいい。きっと賞賛の嵐でしょうね。フフフ……』


『いいえ、あなたが予想したような事にはなりません』


 首を横に振るスノードロップ。


『なぜなら、あなたの仕掛けは全てお見通しですから』


 ――ほう。


『あなたはどんな場所にも現れ、どんな場所からも消えている。様々な方法を使って、“その場にいるかのような”状況を作り出せるんです』


『エルフの森や、宿屋さんの部屋とか、景色を“魔眼”で撮影して、別の場所にその背景を映してたんでしょ!』


 その通りだ。


 この魔王城の撮影スタジオに、ディテュレイオスが放った魔物が録画してきた背景を映し出した。

 ブラックローズの撮影は、ここで行っていたのだ。


 ブラックローズがエルフの森に火をつける映像を流すのと同時に、本物の森の上空から火を放つ。


 視聴者には、地上で火をつけたように感じられるはず。

 まさか勇者達も上空から火を放ったとは思うまい。


『だけど、今はあなたはここにいる! 私達でもちゃんと倒せる!』


 強く言い放つアマリリス。


『大した自信ですが、本当に倒せますか? 勇者殺しの汚名は変わりませんよ?』


『それでも! 私は悪い事をするあなたを許さない!』


 剣を構え、跳ぶ。


 アマリリスの斬撃はブラックローズの杖によって阻まれた。


 そちらが精霊の加護によって守られているのなら、こちらは魔王の呪いがある。


『フフフ――』


 ブラックローズは杖の先をアマリリスの顔面に近づけると、魔力を放った。


『あっつ!』


 噴水のように吹き出す炎が勇者の顔を焼くが、すぐに払われる。

 本来であれば人間など炭も残らないほどの高温だが、アマリリスの髪の毛すら焦がせない。よほど強力な加護があるのだろう。


 だが――


『魔法が効かないのであれば、直接刺すまで』


 ブラックローズの杖の下、鋭利な槍のように尖った部分をアマリリスの太股に突き刺す。

 が、間一髪で避けられた。


 それでも掠った太股から、血が流れた。


『っ……!』


 魔力を集中させた一撃ならば、勇者でも傷をつけられる。


 さらに――


『!?』


 今まさにアマリリスと戦っていたはずのブラックローズが、高く跳躍する。


 まるで瞬間移動のように空中で消えたかと思うと、アマリリスとスノードロップから遠く離れた場所に現れた。


 そこにいたのは――“勇通部”のスタッフ。


『なにっ!?』


『お仕事ご苦労さまです、“勇通部”の方』


 その心臓に、杖の先端を突き刺そうとしたが――


『ぐっ!』


 強い衝撃に、ブラックローズが弾かれる。


 とっさに“勇通部”のスタッフが生み出した魔法障壁の反発だ。

 魔法が生み出す衝撃が、ブラックローズとスタッフの両方を弾き飛ばす。


『今度はちゃんと避けましたか。なかなか優秀ですね』


『もう心臓を刺されるのはこりごりだからな……!』


 精霊の加護がないスタッフ。

 彼を狙うのは、勇者対策として至極当然のこと。


 撮影スタッフがいなくなれば、“勇通部”は終わる。


 だからこそ“勇通部”の魔導士は全員訓練をしているのだ。


 それでも、魔王の力があればこのような人間など簡単に殺せる。


 ――だというのに、のこのこと戦場にやってくるとは。


『死の危険があっても、撮影したいというわけですね』


『当たり前だろ……! 俺は“勇通部”のスタッフだ』


『その仕事ぶりには感心しますが、今は勇者の足手まといですね』


 この魔導士がどれだけ強いのか知らないが、仮に勇者と同等の強さを持っていたとしても、ブラックローズは彼を先に殺すだろう。


 殺しやすい方と、殺しにくい方。


 どちらを先に叩くのかは明白だ。


『……足手まといなんかじゃ、ありません!』


 頭上に、影。


 ブラックローズが素早く避けると、地面に巨大なクレーターが生まれた。


 空中から振り下ろされたスノードロップの巨大ハンマー。

その衝撃はブラックローズだけでなく、スタッフにまで影響している。

 吹き飛ばされて瓦礫に身体を打ち付けるスタッフ。


『い、いてて……』


『ごめんなさい! 助けようと思って、つい!』


『い、いや、グッジョブだ。ありがとう』


『テンちゃん!』


 そこへアマリリスも戻ってくる。


『許さないよ……私のテンちゃんを殺そうとしたら!』


 アマリリスの声色が変わった。


 身に纏う魔力にも変化が生じている。

 まっすぐなのは変わらないが、より殺意に満ちている。


『おいブラックローズ。あとで俺の顔にモザイクかけといてくれよ。一応、顔出しNGなんだからな』


 親指を立てて立ち上がるスタッフ。

 彼を守るように立ちはだかる、勇者二人。


 殺すのは困難だ。


 ――だからこそ、殺した時に視聴者が盛り上がりそうだ。

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