第28話 コラボのお誘い! Bパート

 寝てる間に、色々と分かった。


 まず俺が心臓を貫かれたのに即死しなかった理由。

 単純にギリギリ心臓を外れていたらしい。

 これは紛れもないラッキーだ。


 次にあんな状態でも撮影を続けられた理由。

 単純な気合いだけではなく、どうも興奮剤のようなものを投与されていたらしい。


 普段、薬なんか飲まない俺だが、心当たりはある。

 ブッキカズラの葉で色々試した時のアレだ。


 一晩寝れば完全に抜けると思っていたが、長時間残る効果もあるようだ。


 無害なはずの葉だが、研究次第で様々な薬になるんだな……。

 これは魔法学校で研究すべき案件だぞ。

 今度、別の動画でやってみよう。


「……で、ハナ。いい加減泣き止めよ」


「だっでぇぇぇぇぇ! わ、私のせいでテンちゃんが、テンちゃんが、テンちゃんが」


「違うって。ハナのせいでもユキのせいでもない。悪いのはブラックローズだろ」


「ぞ、ぞうなんだけどぉぉぉぉ! でも、私が、私がもっとちゃんと見てればぁぁ!」


「仕方ないって。ハナは村の人を火事から助けてたんだ」


 ちり紙でハナの鼻水を拭く。


 もうずっとこうやってベッドにしがみついている。


 おかげで俺がベッドでゆっくり眠れないのだが。


「それに……わ、私、ユキちゃんにも怒っちゃったの! 『なんで助けられなかったの!』って! ユキちゃんは悪くないのにぃぃぃぃ! 私、サイテーだよぉぉ!」


「……えっ」


 ハナが誰かに理不尽にあたるのは、初めてかもしれない。


 ……それだけ取り乱したって事か。


「ハナ」


 上体を起こして、ハナの頭を撫でる。


「ありがとうな、心配してくれて」


「テンちゃん……」


 鼻をすすり、ハナは目を擦る。


「今回の事件は全部ブラックローズが悪い。あいつはとにかく悪事で再生数を稼ごうとする偽物の勇者だ。“勇者殺し”なんて、その中でも最高の悪事だろう」


「悪い事で再生数を稼ぐなんて、許せないよ……!」


「ああ。だからヤツは倒さなくちゃならない」


「うん……でも」


 またハナは泣きそうな顔になる。


「戦ってる時は私、斬るって言ったけど、やっぱり人を斬るのは怖いよ。テンちゃん、なんとか殺さないで済む武器とかないかな?」


「魔法があるだろ。敵を無力化する魔法――それにハナ、昔は人間相手の動画も撮ってたじゃないか。ほら、山賊を全滅させたとき」


「あの時の山賊は、まだ私よりずっと弱かったから。魔法で簡単に捕まえられたよ。だけど、今回は――」


 殺す気でかからないと倒せない敵、というわけか。


 偽物とはいえ、勇者を名乗った相手だ。


「それでも、戦うつもりなんだな、ハナ」


「うん」


 そこだけは迷いがなかった。


「絶対に倒さなきゃダメ。そうしないと――“勇通部”そのものが悪く見られちゃう。テンちゃんがやってる事が、悪い事だって思われちゃう」


「バカ……それは俺だけじゃないだろ」


 ハナやユキ、それに他の勇者や“勇通部”のスタッフだってそうだ。


 そういう頑張っている人々を汚すようなヤツだから、戦わなくちゃならない。


「分かった。なら、戦おう」


「うん、私、頑張るよ」


「いや、俺も戦う。みんなで“バーチャル勇者”を倒すんだ」


 頷くハナ。


 目は真っ赤で、鼻水で汚れた彼女の笑顔は、それでも美しい。


 どれだけ汚れた顔でも、その目の奥に正義の心があるからだ。


「でも、また来るかな? ブラックローズ」


「来るだろ。動画であれだけ煽ったんだから」


 悪の勇者を気取るブラックローズにとって、正義の行いは“恥”になる。


 もちろん悪の勇者と組んだと分かれば、こちらも疑いの目で見られるかもしれない。

 あのブラックローズと一緒に動画を撮ったんだ、俺達まで悪の勇者だと思う輩も現れるに違いない――


 コメント欄を逐一見ているが、今のところそういう意見はないようだ。

 視聴者も理解が早いのか。


 ならば、それまでに決着をつけよう。


「相手が挑発に乗ってくるなら、おそらく俺達を狙い撃ちにして、次の動画あたりで襲撃してくるはずだ。それまでに準備を整える」


「うん! 何か作戦はあるの?」


「もう作戦はない。と言うより、正攻法でアイツを打ち破るのが作戦だ」


 小細工なしでバーチャル勇者を倒し、その様子を動画で配信する。


 それが一番の方法だ。

 ハナの人気も、ブラックローズの悪評も、これで決まる。


「あ……あのぉ…………」


 ドアの外から、ユキの声。


「テンジクさん……ハナちゃん…………今回は……本当にごめんなさぁい……!」


 部屋に入ってきたユキの手には、巨大なトレイが。

 その上に乗っているのは、トレイギリギリのサイズの大きなケーキ。

 誰かの結婚式にでも持っていくのだろうか。


「わ、私、このくらいしかできないけど…………元気に……ううう」


 滝のような涙を流すユキ。


 ハナが泣き止んだと思ったら、今度はユキか……。


「私こそゴメンねユキちゃん! 私、ひどい事言っちゃったよぉぉぉぉぉ!」


「ハナちゃぁぁぁぁぁん!」


 トレイを持ったユキに抱きつき、一緒に泣き出すハナ。

 せっかく泣き止んだと思ったのに。


「ところでユキちゃん、このケーキは?」


「うん、あのね、ハナちゃんケーキ好きって聞いたから、私、作って……」


「本当に!? 嬉しい!」


「あと、テンジクさんにも元気になって欲しかったから……栄養のつく薬をいっぱい配合して……」


 待て、ケーキに何を入れたんだ。

 なんだか“錬金術っぽい匂い”がすると思ったら、それか!


「そうだね! テンちゃんにいっぱい食べてもらおう! というわけでテンちゃん、ケーキ食べよ!」


「いや待て、瀕死の重傷から回復したばかりでケーキはさすがに……」


 断ろうとするが、ユキは悲しそうな目で俺をじっと見つめる。


 ハナなど俺の言葉をガン無視で、ケーキを俺の近くに持ってくる。


「はいテンちゃん、あーんして!」


 フォークで切り取ったケーキが近づいてきた。


 いったいどういう力学で支えているのか、切り取ったケーキは五人分くらいの量だった。ホールケーキほどのサイズを丸ごと支えるフォークとは、どんな魔道具なのか。


「待てハナ、それ絶対に食べられ――」


「はい、あーん!」


「テンジクさん、早く元気になってくださいね!」


 強引にケーキを口に押し込むハナと、後ろで応援するユキ。


 問答無用の拷問に再び死にかけた俺だが、まぁ、二人に笑顔が戻ったからよしとするか……。

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