第26話 炎上しちゃってます! Bパート

「あ…………!?」


 なんだ?


 何が起きた?


 誰かが背中から俺を刺した――!?


「ぐ……ガハッ!」


 なんで?


 どうして――


「テンジクさん!?」


 ユキがこちらを見る。


 俺はノイズキャンセルの魔法が途切れていない事を確認し、叫ぶ。


「続けろ! まだゴーレムは倒れてないっ!」


 喉の奥に血が溜まっている。


 だが、咳き込むことすらできない。


 なぜなら少しでもカメラを動かすとユキの勇姿がブレてしまうから。


 俺は右手で胸のあたりを探る。


 背中から胸まで一直線に通された槍のようなものに手が触れた。


「あら……それでも倒れないんですね。心臓を外したのかしら?」


 背後から聞こえる声。


 この声……聞き覚えがある。


「ブラック、ローズ…………!」


「正解です。ずいぶんとタフなのですね」


 喋るたびに血が溢れてくる。


 これは……マズい。

 肺を貫かれたか、あるいは心臓に傷が……?


 スノードロップを撮影しながら、魔法で体内をスキャンしなければならない。患部を探すよりも、全身の治癒力を高めて少しでも死から遠ざける。


 視線すら動かせない状況で、俺は背後の刺客に呼びかける。


「少し……待てよ。今、スノードロップが戦ってるんだから」


「この状況でそう言えますか。たいしたものです。“勇通部”のスタッフは魔法だけが取り柄だと思っていましたが、勇者のような気概を持った方もいるのですね」


「なんで……俺を……!?」


「なぜかと問われれば――勇者アマリリスのスタッフだから、としか言えません」


 その答えで、全て察した。


 やはりこいつは勇者なんかじゃない。

 魔王の手先――世界を滅ぼすための、悪の化身。


「勇者のスタッフを殺せば……もう、勇者の動画がアップロードされる事はない……そう思ったのか……?」


「その通りです。精霊の加護を減らすためには、動画そのものを見られなければいい。動画が更新されなければ、やがて勇者アマリリスの存在も忘れられ、加護も薄れるでしょう」


「ハッ……バカだな。俺を殺しても、次のスタッフが派遣される。動画はまた更新される……!」


「いいえ、それも違います」


「!?」


「勇者アマリリスチャンネルの人気の秘訣は、もちろんアマリリスとスノードロップの活躍ですが、それだけではない。彼女達の活躍を克明に記録し、編集している優秀なスタッフがいるからです」


「……そりゃどーも…………!」


「他のスタッフも皆殺しにすれば、もうあのクオリティで動画を作る事はできなくなる。それは“勇者アマリリスチャンネル”そのものの死を意味します」


 正解だ。


 俺以外の誰だって、ハナとユキの活躍は撮れない。


 彼女達の最高の瞬間を切り取れるのは、この世で俺しかいない。


「ふざけた動画ばかり撮ってると思いきや……真面目にそういう事も考えてるんだな」


「それはどうも」


 本当に真面目な悪人だ。


 そんな真面目なヤツを、どこかで見たような気がするんだが……。

 今はそんな事を考えているヒマはない。


 なんとかこの状況を――しかし、ユキがゴーレムと戦っている姿を収めなければ。

 だが、このままでは俺が死ぬ。

 ハナはどこで何を――


「うああああああああああああっ!」


 突如、ユキが叫んだ。


 そして何を思ったか、槍を投げ捨てたではないか。


 徒手空拳になったユキの拳に魔力の光が宿る。


「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 そしてユキは真っ赤に燃える手で氷のゴーレムを掴むと、思い切り持ち上げた。


 自分の数十倍の大きさはあるゴーレムをリフトアップして――

 なんと、俺に向かって投げつけた!


「なぁぁ!?」


 これにはたまらず俺も避けざるを得ない。

 身体を捻った衝撃で、身体の中に激痛が走る。


 が、槍のようなものは抜けた。


 普通の人間なら致死量の鮮血が胸から噴き出るが――なぁに、大した事ではない。


「ゲホッ! ゴハッ!」


 大量の血を吐いてうずくまる俺。


 まだ、生きてる。

 それなら治せる。


 ユキから視線が外れた瞬間、俺は全ての魔力を胸の傷口に集中させる。

 失った血の代わりに魔力の疑似血液を流し、胸の穴を塞ぐ。


 間一髪だった。


 ユキが俺に向かってゴーレムを投げてくれなければ、あのまま“撮影死”していただろう。


「…………!」


 怒った顔でこちらを見るユキ。

 これはブラックローズに対してではなく、俺に怒ってるんだよなぁ……。


 そうだ、ブラックローズは!?


「勇者スノードロップ――変幻自在の力を持ち、あらゆる状況に対応できる万能の勇者。アマリリスとは違い、やりにくい相手ですね」


 氷のゴーレムを片手で受け止めるブラックローズ。


 すでにゴーレムは動きを停止している。

 ユキが投げた時点で、動力の魔石は破壊していたようだ。


「フン……!」


 このゴーレムを投げ捨て、改めてこちらに向き直る。


 俺とスノードロップを相手に、戦うつもりか。


 マジで勇者を殺そうとしてるんだな、こいつ。


 ならば、俺のやるべき事は、ユキの盾になって少しでも――


「あーっ!」


 その時、素っ頓狂な声が横から飛んできた。


 燃えた避難所からまっすぐ戻ってきたのだろう、息を切らしながら走ってくるハナ。


「ブラックローズ! ここにいたんだね!」


 剣を構えているハナ。


「……って、あれ? なんでゴーレム?」


 んん?

 ハナはなんで首をかしげているのだろう。


「ブラックローズって、悪い人なの? でも、ゴーレムを投げてたね?」


 あ、そうか、ハナは現在起きている事しか見てないのか。

 ユキがゴーレムを投げる前のことは知らないわけだ。


 てことは――だ。


「くっ……スタッフを殺し損ねた上に、精霊の加護を持った勇者が二人……これは少々不利なようですね」


 ブラックローズも躊躇している。


「おいブラックローズ。今戦ってもロクな結果にならないぞ。ここは引いた方がお互いのためじゃないか?」


 俺がダメ押しすると、彼女は悔しそうに頷いた。


「……そのようですね。あなた方を消すのは、次の動画にするとします」


 ブラックローズの背中に大きな翼が生える。


 そして天高く飛び上がると、ものすごいスピードで飛び去っていった。


「テンちゃん! どうしたのそれ!?」


 駆け寄ってくるハナ。


「テンジクさん……私……!」


「待て……!」


 ユキも戸惑っているが、俺は二人を制する。


「ケガはだいたい治した……それよりも、俺にいい考えがある。すぐに休める所に連れて行ってくれ……」


「だけどテンちゃん!」


「頼むハナ! すぐにでも取りかかりたいんだ!」


「テンちゃん…………」


 時間がないんだ。


 一刻も早く動画を作って、世界中に届けないといけないんだ。

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