第25話 炎上しちゃってます! Aパート

 燃える家屋。

 木造の二階建てが、まるで焚き火のように高い炎を放っている。


 その炎を背景にして、勇者が立つ。


『ゆー、つー、ばー――こんにちは、勇者ブラックローズです』


 彼女の背後で逃げ惑う人間。


 その姿にも悲鳴にもいっさい意識を向けず、淡々とカメラに向かって話し続ける。


『今日も私は正義を執行します。自らの力で道を拓こうとせず、通りすがりの勇者に全ての責任を押しつける愚かな集落――そんな正義のない村は、燃えて当然』


 そこでようやくブラックローズは振り返る。


 彼女の視線の先に、ひとりの人間がいた。


『私が“炎上”させるのは、罪のある者達――当然、あなたもその中に入っているんですよ、勇者アマリリス』


『なんで……なんでこんなひどい事するのっ!?』


 彼女の両腕には、老人と子供が五人抱えられていた。

 その人間を地面に降ろすと、頭を下げて炎の建物から逃げてゆく。


『勇者ブラックローズ……あなたが、この避難所を燃やしたの!? なんで!? なんでそんな悪いことするの!?』


『この村には罪があります。山で眠っていた古代のゴーレムを呼び起こしたのは、彼らによる無責任な森林開拓が原因です。自然のまま放っておけば良かったものを、村の領地を拡大するためにゴーレムの逆鱗に触れたのです』


『だからって、燃やすことないじゃない!』


『では勇者アマリリス、あなたもこの村の罪を認めるのですね? 認めた上でなお味方するというのなら――あなたも立派な悪です』


『違うよっ! あなたは――間違ってるよ!』


 剣を抜く勇者アマリリス。


 その姿は凛々しく、そして美しい。


『私に剣を向けますか、勇者アマリリス。人間であるこの私を斬りますか? 私の身体から鮮血が吹き出すのを、この動画に乗せて世界中へ届けますか?』


『それは……!』


 逡巡する勇者アマリリス。


 それはそうだろう。

 彼女の仕事は魔物を斬ることであって、勇者――つまり人間を斬ることではない。


 人間を脅かす魔物であれば、殺すところを配信しても賞賛される。

 では人間であればどうだ?


『――斬ります!』


 アマリリスは強く言い放つ。


『私は人の幸せのために戦っています! その幸せを奪う人は、絶対に許しません! たとえ血を流そうとも、戦うって決めたんです!』


 改めて剣を向けるアマリリス。


『そう――覚悟しているのね。自分がどれだけ汚れようとも、世界を救う覚悟』


 ブラックローズが武器を構える。

 先端に魔法の松明がある杖。


『では――殺してみたいと思います』


 ブラックローズが地を蹴り、上方から魔法の炎を繰り出した。


 巨大な砲弾のような火の玉が二つ、アマリリスを襲う。


『やぁっ!』


 アマリリスの剣はその火弾を二つとも切断し、ブラックローズに肉薄した。


 全力の斬撃。


『…………!』


 ブラックローズはそれを避け、素早く距離を取る。


『逃がさないっ! 絶対に!』


 今度はアマリリスが手のひらを前方に伸ばした。


 複数の光の弾丸が一直線に跳ぶ。


 それをブラックローズの杖が弾き飛ばす。闇雲に振り回しているように見えるが、ひと振りで三つ以上の光弾を弾いている。


『っ…………!』


 ブラックローズが杖を振りかぶった。


 先端には松明があるが、反対側は槍のように鋭利になっている。

 その尖った部分を向け、アマリリスに向かって投擲した。


『っと!』


 横に避けるアマリリス――


『あれっ!?』


 ブラックローズの背中に、カラスのような黒い巨大な翼が生えた。


 彼女が少し力を込めると、垂直に飛び上がる。


『勇者アマリリス――その力はおおむね理解しました。やはり精霊の加護がある以上、ただの炎では“炎上”させられないようですね』


『私は燃えないよっ! 絶対に!』


 空中のブラックローズの元に、杖が戻ってくる。

 その杖を手にすると、彼女はその場から離脱した。


『ちょっと、待って! どこへ行くの!? まだ戦いは終わってない!』


 追いかけようとするアマリリスだが、ブラックローズの翼はそれよりも早い。


 カメラはずっとブラックローズを追っている。


 燃える村、逃げ惑う人――その上空を飛ぶ影を。


『勇者は強いです。その力をカメラに収め、広める事で精霊の加護を受けられる。ほとんどの魔族では相手にもならないでしょう』


 ブラックローズはある地点を指さした。


 そこは村の外れ。

 スノードロップが氷のゴーレムと戦っている。


『では――カメラを失ったとしたら?』


 スノードロップとゴーレムの戦いから、少し離れた場所。


 そこに、“魔眼”を駆使して戦いを撮影している“勇通部”のスタッフがいた。


 どちらもブラックローズには気づいていない。


 無防備なスタッフの背中――


『悪は全て“炎上”させる――』


 飛来したブラックローズが、そこに杖の先端を全力で突き刺した。

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