第22話 間違った情報を正したい! Bパート

「よし、今日の撮影おわりっ! 二人ともおつかれ!」


「はーい! ありがとねテンちゃん!」

「おつかれさまでした」


 緊張を解いて、気の抜けた笑顔になる二人。


 ところが三人目はいまだに緊張したままだった。


「あ、あのぉ……本当にOKでした? 私、変な事言ったりしてませんよね?」


「大丈夫ですよご主人。ちゃんといい感じに撮れてました。料理の手際も素晴らしかったと思います」


 ゲストを撮るのは久々だが、料理中はちゃんと集中していたので良い動画になった。

 テーブルには勇者達の食べ残しがあるが、すでにハナもユキもそれを再び食べ始めている。よほどおいしかったのだろう。


「どれどれ、ちょっと俺も……」


 ハナにパスタを一本だけ分けてもらって口に入れる。

 すると、本当に目を見開くほどうまかった。


「おいしい……! これ、本当においしいな」


「あ、あの、テンジクさん。本当にありがとうございます、レシピを教えてくださって」


 頭を下げる宿の主人。

 このレシピは彼が考えたものではない。俺が考案したものだ。


 いや、考案というのも少し違うかもしれない。


 ブッキカズラの葉という、本来ならば何の変哲もない葉を、麻薬以上に素晴らしいものに変えるのは至難の業だった。

 味ひとつで麻薬の依存症を超えられるかどうか、本当に不安だった。


「麻薬といっても、粗悪で気持ち悪くなるだけのものでしたから」


 とあるサボテンの実を使った麻薬は、国によっては合法である。

 その理由は、医療で使うというのもあるが、快楽目的に使うにはあまりにも不快な麻薬だったからだ。


 このブッキカズラの麻薬もその類だ。


 だから超えるのは容易かった。


「だけど……さすがに疲れた……ああ、気持ち悪い」


 俺も緊張の糸が切れたようだ。


 撮影中は“魔眼”に全神経を集中しているので、まったく気にならなかった。

 しかし、今は――


「テンちゃん、大丈夫?」


「すまんハナ、今だけは少し休ませてくれないか……」


「テンジクさんが弱音を吐くほど――そんなに大量に食べたんですか……」


 口元を押さえるユキ。


「テンジクさん、ブッキカズラの新しい効能を調べるために、あらゆる食材と混ぜて食べてましたからね。錬金術の薬から、そのへんに生えてる草まで」


「虫をすり潰したものも試してたよね……」


 その通りだ。


 魔術や錬金術の基本中の基本。

 成功するまで実験する。


 それをやっただけだ。


「魔法で身体を浄化しながら実験を繰り返したけど……それでも残った成分が混ざって……ううう……」


 めまいがしてきた。


 たまらず客室のベッドに座る。


「す、すみません……ちょっとだけ休んでいいですか…………」


「もちろんですとも! 今日はこの部屋に宿泊してください!」


「でも……ご主人…………勇者は泊めちゃダメだって」


「病人を追い返したとなれば、宿屋の恥です! それにあなた方はウチの宿の悪評を払拭するためにがんばってくれた恩人です! 泊めない理由がありません!」


 男らしく言い放つ主人。


 かっこいい……宿屋の鑑だ。


「あ、ありがとうございます……それじゃ……俺……少し…………休みます」


 ベッドに横になろうと、身体を倒した時だった。


 俺の身体を受け止め、柔らかい場所に乗せてくれる腕。


「テンジクさん……」


 ユキだった。


 彼女の膝の上に、俺の頭が乗っている。


「少し休んでください。テンジクさんはいつも働き過ぎです」


 膝枕なんてされたの、いつ以来だろう……。


 そして、膝枕の良さを久々に思い出した。


 ただ柔らかいだけじゃないんだ。

 ユキの優しい声と匂い、温かい太股の感触――


 それらが俺の頭を包み込み、気持ち良くてだんだん眠くなってくる。


「……むー…………!」


 次第にブラックアウトする視界の端っこに、むくれているハナが見えた。


 な、なんだ、何を怒っているんだ。


 俺がユキに膝枕されているのが、そんなに嫌だったのか――


                    *


 気がつけば、朝だった。


「ん…………」


 どうやら俺はあれから朝まで眠りこけていたらしい。

 おかげで体内の毒はすっかり抜けたようだ。


 動画の編集もせずに、こんなに長く熟睡していたのは初めてだ。

 後で埋め合わせをしなくては……。


「ん?」


 ベッドから起きると、まずユキが目に入った。


 俺に膝枕をしてくれていたはずのユキが、ベッドの隅で座ったまま壁にもたれて眠っている。


 そこから視線を下に降ろすと、ユキに膝枕をされたハナが寝ていた。


「ふぁ……テンジクさん……おはようございまふ」


「あ、ああ、ユキ、その、なんだこれ?」


「テンジクさんが眠った後……ハナちゃんが『私もしてほしい』って言うから……ふぁ……」


「わ、わかった、とりあえずユキも寝てくれ。今日は出発を遅らせるから」


「ぁぃ…………」


 まだ寝ぼけ眼のユキを横にするのだが、ハナがユキの太股から離れてくれない。


「おいハナ、ユキを寝かせてやれよ」


「んにゃ…………テンちゃんばっかりずるい……私も膝枕……」


 強引にユキから引き剥がそうとするのだが、ハナは太股に頭を突っ込もうとしている。


 それでもなんとかユキを寝かせると、今度は俺の太股にすり寄ってきた。


「ちょ、ハナ!?」


「むに…………」


 俺の膝に頭を乗せ、再び眠りにつくハナ。


 おい、これどうするんだよ。


 なんで俺がハナを膝枕してるんだよ。


「こ、これも男女平等ってヤツなのか……? いやしかし……」


 俺も寝るまでユキに膝枕してもらったし、お返しだと思えば――いや、だったらユキに膝枕すべきだろう。ハナは関係ないだろう。


「えへへ……テンちゃん……」


 ………………………………。


 しょうがないな、まったく……。

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