第20話 禁断の方法教えちゃいます! Bパート

「本当に申し訳ない……町長の指示なもので」


「あっ、大丈夫です。慣れてますから」


 俺はこういう時のために伸縮自在の魔法の毛布を広げる。

 馬小屋で寝るのは久々だが、なんだか旅に出た時の事を思いだしてワクワクする。


「テンちゃん、私達こっちで寝るね!」


 文句を言うかと思ったが、ハナは元気だ。

 問題はユキなのだが……。


「私も平気です。わらのベッドって意外とフワフワしてるんですね。寝るのは初めてですけど、野宿と思えば全然平気です」


「本当にすみません……」


 頭を下げる宿屋の主人。


「勇者は二度と泊めるなと、町長が激怒しておりまして……あ、いえ、皆様が悪人だとは私も思っておりません。ですが、その、先日の事件で、どうしても……ねぇ」


 口ひげに触れながら何度も頭を下げる宿屋の主人。


 事情は全て彼から聞いた。


 つい先日、勇者がこの宿屋で麻薬を扱った動画を撮影したのだという。


「そんな事があったら、誰でもそうなります。町長の判断について納得はしています」


 俺はそう答えるしかない。


 個人の性格など千差万別だと、普通はみんな知っている。

 それでも何か事件があれば同郷の人間全てがそう見られるのは当然。


 勇者が悪い事をすれば、勇者全体が悪く見られる。

 それも当然。


「ただ、事件そのものが納得できないんですよね」


「はぁ、それは我々としても同じでして」


 困り顔のご主人。


「だって事件のあった日、ウチで勇者を泊めた記録はないんですよ?」


 との事らしい。


 宿帳はおろか、全ての宿泊客の顔を覚えている主人の記憶にすらない。


 魔法などで記憶を操作された可能性も考えたが、食事の備蓄やシーツの数などに異変はないというのだ。


「なのに怪しげな薬を使う宿だとか、変な噂を流され、こうしてお客様も馬小屋で寝かせなきゃならない……まったく商売あがったりですよ」


 ため息をつくご主人。

 彼もまた被害者なのだ。


「あの……」


 手を挙げたのは、ハナ。


「泊まるのはダメですけど、宿の中を見せてもらう事ってできますか?」


 そうだ。

 誰かが困っていたら、真っ先に助けようと思うのはハナなんだ。


                       *


 俺も勇者ブラックローズの動画は観た。

 あれだけ話題になっているのだから、当然だ。


 エルフの森を“炎上”させたあの勇者、速攻で凍結されるのかと思いきや、二つ目の動画でもやらかした。

 宿屋の中で麻薬の生成方法を広めるなんて。


 奇しくもその翌日、俺達が訪問した町の宿屋が現場だったわけだ。


「……やっぱり、何もない」


 犯行現場に踏み込んだ俺達が見たものは、何の変哲もない客室だ。


「この部屋、犯行からずっとこのままなんですか?」


 ユキが宿屋の主人に尋ねると、


「いえ、まったく異常がなかったのでシーツを取り替え、掃除をしました。もちろん麻薬なんて出てきませんよ?」


 とのこと。


 俺が“魔眼”で撮影してみても、魔力の痕跡すら見当たらない。


 それどころか麻薬の煙が壁や天井に染みこんだ形跡すらない。


「前に泊まったお客さんは、どんな人だったんですか?」


 今度はハナの質問だが、主人は即座に答える。


「はい、ビキニアーマー同好会の四人組のお客様でした。彼らはとても気さくな方々で、ビキニアーマーを着たまま夕食にお酒と骨付き肉をたくさん召し上がっておられました」


「ちょっと待って、今“彼ら”って言いませんでした?」


 もの凄く気になる団体客だが、逆に記憶には残る。


 勇者ブラックローズは細身の女性だから、絶対に当てはまらない。


「もちろんそれ以前のお客様を宿帳で調べてみましたが、それらしい方はおりませんでした。やはり――皆様も変だとお思いですよね?」


 ご主人の質問に、俺達は全員で頷く。


 俺の“魔眼”でも、ハナとユキの魔法でも、この部屋に麻薬を扱った痕跡はない。

 今よりずっと前から、この部屋は清潔だ。


「こんなに綺麗な部屋なのに……悪い評判がつくなんて許せないよ」


 ハナの呟きはもっともだ。


「そりゃさ、危ない薬を広めるのは悪い事だよ。だけど、この宿屋さんまで悪者にされるのは絶対に間違ってると思うんだよ」


「悪いのは勇者ブラックローズだけで、この宿屋さんは悪くない――テンジクさん、そういう動画を撮りませんか?」


 ユキの提案に、俺は大きく頷いた。


「この宿屋は悪くない、っていうのを広めるのは大賛成だ。勇者ブラックローズに負けない動画を撮る自信はある」


「さっすがテンちゃん!」


「だが、それだけじゃダメだ。もっと強い、視聴者に訴える何かが必要だ。それをこれから考えたい。ハナもユキも――あと、ご主人も協力してくれますか?」


「わ、私は……」


 一瞬だけ考え、宿屋の主人はこう答えた。


「町長から“勇者を泊めるな”と厳命されております故――」


「ですよね」


「ですが、“動画を撮る協力をするな”とは命じられておりませんので」


「わぁ……ありがとうございます、ご主人さん!」


 ご主人の手をとってブンブン振り回すハナ。


「――とりあえず、今分かっている事は二つ」


 俺は二本の指を立てる。


「ブラックローズとかいう偽勇者は、明らかに俺達の“敵”だ。“勇通部”そのものの存在を脅かそうとしている。そのために、あえてセンセーショナルな動画を撮っている」


 あいつは偽勇者だと断言できる。


 本物の勇者とは――笑顔が違うんだ。


「そしてもうひとつ――ブラックローズには実体がない」


「まるで幽霊みたいだもんね。痕跡を残さずに犯罪をするなんて」


「いいやハナ、肉体の問題だけじゃないんだ。本来ならあんな動画を流したら、精霊に“凍結”されるだろ? そもそもあんな悪い奴に精霊が加護を与えるはずがない」


「という事は、何らかの手段で強引に動画を流しているんですね」


 ユキの答えに、俺も同意する。


「世界を覆う魔力網にもぐりこんで、動画さえアップロードできるなら、誰だって勇者になれる。どんな悪い奴だろうが――“実質的なバーチャル勇者”になれる」


「“実質的なバーチャル勇者”――」


 得体の知れない敵。


 “勇通部”そのものの敵。


「戦うぞ。本物の勇者として」


「うん!」

「はい!」


 姿のない敵にも恐れる事はない。

 その勇気こそ、本物の勇者の証だ。

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