第19話 禁断の方法教えちゃいます! Aパート

『フフフ……ゆー、つー、ばー! 愚かな皆さん、こんにちは。勇者ブラックローズです。初回の動画から今回の動画をアップロードするまでに、視聴者数が二〇〇万人を超えました。フフ……ありがとうございます』


 礼を述べながら、勇者ブラックローズは蔑むように笑っている。


『ええ、コメントもたくさんいただきましたとも。「今すぐ動画を消せ」、「森を燃やす大罪人」、「通報した」、「死ね」――とても温かいコメントの数々、全てに目を通しました。皆さん熱心に動画を観てくださって、本当に嬉しいです』


 満面の笑み。


 一礼をしながらブラックローズは画面の向こうに手を振っている。

 曇りのない笑顔こそが、一番の挑発だ。


『フフ、皆さん本当に真面目で熱い方々ばかり――勇者に影響されちゃったのかしら? だけど、あなた方は何もしていない、ただ動画を観ているだけの平凡な人々。世界を救えるのは、選ばれた勇者だけ』


 今日はエルフの森ではなく、どこかの宿屋の一室。

 ブラックローズの前にある机には、何か箱のようなものが置いてある。


『そんな真面目な皆さんを蝕む――悪がこの世にあるとしたら、どうします?』


 その箱を開けるブラックローズ。


 中から出てきたのは、植物の葉。

 それから筒。


『最近、マイオー大陸の貧民街でとある薬が流行しているんですって。どうして貧民街なのかといえば、まぁモラルが低いから、というのも理由に入りますが、一番の原因は“簡単に手に入る”からなんです』


 ブラックローズが植物をカメラに近づける。

 萎れた緑色の葉をクルクルと回して見せつける。


『ご覧ください、これは針葉樹林に生えている“ブッキカズラの葉”です。どこにでもある葉っぱで、特に薬草でも毒草でもありません。ですが、これに“レッドバジリスクの血”をかけることで、強力な麻薬になるんです』


 萎れた葉を切り刻み、筒に詰め込む。


 そうしてブラックローズが指先を近づけると、魔法の火が筒を燃やした。


『こうする事で、誰にでも簡単に麻薬が手に入る――ただし強烈な幻覚症状に襲われるので、使い続けると死に至ります。どうですか? なんて愚かしい“悪の所業”ではありませんか?』


 煙が部屋に充満する。

 白い煙の向こうで、勇者ブラックローズは微笑み続けている。


『私は悪を断罪する、正義の勇者。この世の悪を皆さんに知ってもらうために戦っています。いいですか、絶対にマネをしていはいけませんよ――』


「クククク……なんとひどい勇者だ」


 私はブラックローズと同じ笑みを浮かべる。


「これが魔王様の策略ッスか。えげつないッスね」


「その通りだデモーニアよ。“悪を断罪する”ことを名目に、犯罪手段を世界中に広める――これで何も知らない者も、麻薬の作り方を知ってしまった」


 おそらく数日で世界中に情話が蔓延するだろう。

 ただし討伐方法が知られてしまったとはいえ、レッドバジリスクの血は手に入れるのが困難だ。麻薬そのものを広めるには、もう少し時間がかかる。


「人間に悪の手ほどきをする偽勇者……魔王様の差し金なんスよね?」


「そうだが、何か問題が?」


「いや問題はいっぱいあるでしょ? そもそもどうしてこんな回りくどい事をするんスか?」


「回りくどい? とんでもない、これこそが“正攻法”だ。勇者アマリリス達が受けている精霊の加護は、動画の再生数によって上下する。ならばアマリリスよりも人気のある勇者を用意して、視聴者を奪えばいい」


「勇者の人気がなくなれば、加護も減る――ま、確かにそうッスけど。でも、そんなにうまくいきます? この子、人気出るんスか?」


「間違いなく出る。事実、もうすでに最初の動画は再生数が五〇〇万を超え、チャンネル登録者数も二〇万に近い」


「へぇ……悪い勇者なのに、人気でるんスね」


「悪い勇者だから人気が出るのだ。森や社会を“炎上”させるような、派手な悪事は人間の正義感と嗜虐感の両方に火を付ける。“こんな事は良くない”と思う反面、“こんな事をしてみたい”と思う。それが人間というものよ」


 どこかの国の言葉で“水は低きに流れる”というものがある。


 人間など、口では正義を謳っておきながら、その本質は悪に惹かれる。


 見るな、と言われたものほど見てしまう――そういう性質なのだ。


「そうして悪い評判が流れ続ければ、勇者の、ひいては“勇通部”そのものの存在意義が疑われるわけだ」


「さっすが魔王様! 悪いッスね!」


「魔王だからな!」


「あと残る問題は“凍結”なんスけど……これディテュレイオスのインチキで“勇通部”に流してるんスよね? バレたらヤバくないスか?」


「その点も抜かりはない。対策は打ってある」


「完璧なんスね! それじゃ、もう勇者アマリリスに用はないと!」


「バカを言え、これからではないか。勇者アマリリスが慌てふためき、落ちぶれてく様を動画で追い続けるのだ。ククク……あの可愛いMARIRINの顔が歪むところを、早く動画に撮るが良い……!」


「ゲスい趣味ッスね」


「魔王だからな!」

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