第18話 エルフの森に突撃してみた! Bパート

 エルフの集落の住民は思いのほか温かく迎えてくれた。

 

 俺が子供の頃から聞いていた話では、高潔で人間嫌いで怒りっぽいという評判だったのに、いざ尋ねてみると歓迎してくれた。


「ああ、それは偏見ですよ。エルフだから、人間だからと種族で差別なんてしません。人間だってそうでしょう?」


 俺と一緒に撮影準備を手伝ってくれたエルフの青年はそう語る。


「ただ、原因は分かるんですよ。人間はよく森を荒らすんです。メスの動物を乱獲したり、森を汚したり――領土権なんて主張した事はないですが、それでも自分達が住む場所にそんな事されたら怒るでしょ? もちろんエルフが同じ事したって怒りますよ」


「あー、確かにそりゃそうだ。じゃあ、エルフの価値観も人間と変わらないんですね」


「そうですね、生活習慣もだいぶ人間と同じようになりました。数百年前ならいざしらず、魔法技術が発達した今はもう、どの種族も普通に連絡とれますしね」


 畑を荒らす泥棒をこらしめたら、泥棒が農家の悪い評判を吹聴したようなものだ。


「なので、今日の撮影はそういうエルフに対する偏見を取り除いて欲しいって願いもあるんです。なんたって勇者アマリリスが配信してくれれば、多くの人に観てもらえますから」


「任せてください、バッチリ撮ります!」


 こうして歓迎されたからには、その恩を返さねば。


 それに……今日はハナも気合いが入っている。


 昨日のユキとのアレは、もちろん誤解だってハナも理解している。

 いくら鈍いアイツもそのくらい分かる。


 ――それでもめちゃくちゃ動揺していたなぁ。


 それはどういう感情から来るものなのか……。

 うーん、分からない。


「しかし……アレですね。あの、すみません、気を悪くしたら申し訳ないんですが」


 エルフの青年が俺に耳打ちする。


「勇者アマリリスも、勇者スノードロップも……動画で観るより、なんというか、おとなしめと言いますか……普通の女の子と言いますか……」


「ああ、パッとしないでしょ」


「い、いや、けしてそこまでは!」


 俺は笑ってこう答える。


「そう思って当然ですよ。だって勇者じゃない時の彼女達は、勇者じゃないんですから」


「は……え?」


「アマリリスもスノードロップも、普段は普通の女の子です。楽しい時には笑って、悲しい時には泣いて――どこにでもいる、ただ精霊の加護を受けただけの女の子なんです」


 勇者だから常に強くなければならない、なんて決まりはない。

 精霊の加護はあれど、彼女達だって考えるひとりの少女。


 時にはやましい気持ちにもなるだろう。

 ズルをしたいと思う時もあるだろう。


 それでも、俺はハナとユキを勇者だと思っている。

 彼女達の心の奥底にある正義の心――それこそが俺が彼女達を撮りたいと思う理由。


「おーい、テンちゃ~ん!」


 フニャッとした笑顔で手を振るハナ。


「これ! エルフに伝わるジュース! これ紹介しよ! おいしいよ!」


 そんな俺達の気持ちも知らないで、ハナはエルフのジュースを飲んでいる。

 まったく、昨日あんな事があったっていうのに。

 アイツはいつもいつも――


「っ!」


 ハナが唐突に走る。

 精霊の力を持った脚力は、地面を蹴っただけで衝撃波が起きるほど。

 その力でエルフの集落を一足で飛び出した。


「ハナ!」


 そんなハナについていく俺。

 こちらも魔法で脚力を強化している。


「あっちだよテンちゃん!」


「分かってる!」


 誰よりも早くそれを“嗅いだ”ハナ。

 いや、おそらく知ったのは俺と同じくらい。


 そこから行動に移すまでの速さは俺より遙かに上だった。


 誰かが困っている――そう思ったら即座に行動できるのがハナの強み。


「ハナちゃん! テンジクさん!」


 そして俺達から僅かに遅れてユキ。

 彼女の手には巨大な筒のようなものが。


「助かるユキ!」


 叫びながら、俺達は現場へと向かう。


 探す必要はない。


 それはもう五感の全てで感じ取れる位置にある。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 燃えさかる森――


 木々を燃やす炎に向かって、ハナが飛び込んだ。


 それに合わせて俺は“魔眼”を発動させる。


 この炎を書き換える――“魔眼”の力を全開で発動させ、目に見える範囲の炎を全て消去した。


 しかし炎は視界の外にもある。


「いきますっ!」


 ユキが持ってきた筒。

 そこに小さく魔力を込めると、筒から大きな水が噴き出した。


 まるで世界一を誇るジョージョーの町の巨大噴水を横にしたような水流が炎をかき消してゆく。ただの水ではなく、魔力を帯びた水だ。かけるだけで炎は消える。


「よし、いいぞユキ! 今度の動画でその筒を紹介しよう!」


 ジョージョーの町の噴水職人の視聴者さん、本当にありがとう!

 絶対に宣伝してみせるから!


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 そしてハナが剣を抜き放つと、燃えている木を全て切り倒した。


 燃えさかる巨木たちが倒れてゆき、まるで薪のように積み重なっていく。

 オークの胴のように太い木が何本も重なってゆき、炎が集まる。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 そこへユキの水流と、ハナの魔法が撃ち出された。

 国ひとつ滅ぼせる魔法を凝縮した力の奔流が、炎のオブジェを一瞬で消滅させる。

 その衝撃で風がおこり、残り火を吹き飛ばす。


 さらに残った燃えかすと炎を、俺の“魔眼”で消去した。


「テンちゃん! 他に火は!?」


 俺の魔力感知と勇者のカン、どちらもフル動員して火を探す――


「大丈夫……みたいだ」


 火はもうない。


 代わりに生まれたのは、火種を中心とした巨大な空き地。

 エルフの集落くらいの広さになったが、それでも森の百分の一ほどだ。

 この森が全焼するよりずっといい。


「おーい! 勇者様!」


 遅れて走ってくるエルフ達。


「火、火は――」


「大丈夫です! 完全に消し止めました! ただ……ご覧の通り、少しだけ森を壊してしまいました」


「おお! たったこれだけで……ありがとうございます! ありがとうございます!」


 頭を下げるエルフ達。


 森に住む彼らなら、火事がどれほど恐ろしいものかを知っている。

 これだけで済んだのは、ラッキーとしか言いようがない。


「テンジクさん」


 話しかけてきたのは、先ほど一緒に準備をしていたエルフの若者。


「あの……さっきはすみません、失礼な事を言って。今のアマリリスさんとスノードロップさん、めちゃくちゃカッコいいですね……別人みたいだ」


「でしょう?」


 なぜか俺が嬉しくなる。


 誰かを助ける時のハナ達は世界で一番カッコいいんだ。


「けど、どうして……ここが燃えたんだ?」


 別のエルフの若者が首をかしげる。


「落雷があったわけでもないのに……火種になるものは何ひとつないんだが」


「それどころかこの森には“火除けのまじない”をあちこちに施してある。なぜ火事が起きたんだ?」


「考えられるとすれば……放火だが」


 誰かが呟いた瞬間、全員の目がこちらに向けられる。


 まさか俺達が疑われているのか。


 視聴者数稼ぎのために、わざと火をおこしたとでも?


「――いや、失礼しました。皆さんが火をつけたとは思えません。というのも、我々はアマリリスチャンネルをずっと観続けていました。皆さんがそんな卑劣な事をするような勇者じゃないと、分かっています」


「……それはどうかしら」


 異論を挟んだのは、別のエルフの女性。


「今までの動画でも、カメラが回っている時だけいい顔して、裏ではそういう事をやっている可能性だってあるわよ」


「おい、勇者様に対してなんて事を!」


 口論になりそうな雰囲気だが、そのエルフの女性は手でそれを制した。


「だからちゃんと調べようって言いたいのよ。私達の技なら、森がこうなっても痕跡を調べられるでしょう?」


「ああ……確かに」


 どういう事だろう。


「あの、痕跡を調べるって?」


「ええ、我々エルフが狩りをする時に使う薬があるんです。地面に使う事で、“足跡”を探せるんですよ」


 なるほど、森を燃やした犯人がいるとすれば、その足跡がある。

 火種があった場所まで誰かが歩いた痕跡が見つかれば、それを俺達と照らし合わせる事ができるってわけか。


「それ、お願いします。俺達の無実を証明するためにも」


「分かったわ」


 エルフの女性は腰に提げていたビンから薬を取り出す。

 それを地面に丁寧に撒いていく。


 他のエルフもそれを手伝い、痕跡を探すのだが――


「ない……」


 作業開始から一時間ほど経過しても、痕跡はなかった。


 念のため、やり方を聞いて俺も“魔眼”で何かの痕跡を探したが、まったくない。


「痕跡がないって事は……じゃあ、ここには今まで誰も足を踏み入れてないって事か?」


「人やエルフはおろか、動物の痕跡もない……いたのは虫くらいだが、虫に火がつけられるとは思えない」


 口々にぼやくエルフ達。


 じゃあ……誰がこの森に火をつけたんだ?


 いったい何が起きたっていうんだ?

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